第32話「桐生の決意」
朝の光が、廃墟の隙間から差し込んでいる。
桐生要は、レッドゾーンの廃ビルの屋上に立っていた。双眼鏡を構え、遠くの街を見ている。
視界の先に、一人の男がいた。
柊慎吾だ。
黒いパーカーを羽織り、杖を手に、C級魔物と対峙している。魔物は巨大なトロール型だ。身長は三メートルを超える。
慎吾が杖を振る。火炎の魔法が発動する。炎が魔物を包む。魔物が咆哮する。だが、倒れない。再生能力があるのだ。
慎吾が再び魔法を放つ。今度は爆発系だ。魔物の頭部が吹き飛ぶ。
魔物が倒れる。動かなくなる。
桐生は、その一連の動きを見ていた。
戦闘は、鮮やかだった。無駄がない。慎吾の動きには、長年の経験が刻まれている。
だが。
桐生の目は、別のものを見ていた。
慎吾の体だ。
戦闘後、慎吾が壁に寄りかかる。息を整える。その動きが、微妙に鈍い。
桐生「……また、傷を無視している」
慎吾の右腕に、血が滲んでいる。戦闘中に負った傷だろう。だが、慎吾は治療もせずに、次の魔物を探し始める。
桐生が双眼鏡を下ろす。
一週間前から、慎吾を観察している。SS級魔物が撤退した後、慎吾の狩りのペースが異常になった。
一日に十体以上。
それも、C級からB級の大型魔物ばかりだ。
桐生「……あの子は、何を焦っている」
桐生は、刑事だった。人の動きを見れば、その心理が読める。
慎吾は、恐怖している。
SS級魔物が、再び来るかもしれない。その前に、強くならなければならない。
そう考えているのだろう。
桐生は、ため息をついた。
桐生「……無茶をするな」
だが、その言葉は届かない。
慎吾が次の魔物を倒した。
今度はオーク型だ。筋肉質の巨体が、地面に倒れている。
慎吾が杖を下ろす。呼吸が荒い。
左腕が語りかける。
左腕『疲れているな』
慎吾「……大丈夫だ」
左腕『嘘をつくな。お前の体は限界に近い』
慎吾「まだ、動ける」
左腕『……そうか』
慎吾が壁に寄りかかる。パーカーの袖が、少し上がる。
その時、桐生が双眼鏡で、ある変化に気づいた。
慎吾の左腕だ。
黒い紋様が、浮き出ている。
桐生「……あれは」
桐生は、以前にも慎吾の左腕を見たことがある。一ヶ月前、偶然、戦闘後の慎吾とすれ違った時だ。
あの時、紋様は肘までだった。
だが、今は違う。
肩まで伸びている。
桐生の目が細くなる。
桐生「……広がっている」
紋様は、まるで木の根のように、皮膚の下を這っている。黒い、有機的な模様だ。
桐生は、双眼鏡を下ろした。
これは、普通ではない。
桐生「……あの子の左腕……」
桐生は、第七班壊滅事件の調査を担当していた。その時、慎吾の左腕が「何か」に憑依されていることを知った。
だが、詳細は分からない。慎吾も語らなかった。
桐生は、手帳を取り出した。そこには、慎吾の観察記録が書かれている。
「一ヶ月前:紋様、肘まで」
「今日:紋様、肩まで」
桐生「……速すぎる」
桐生は、手帳を閉じた。
これは、報告すべきだろうか。
対策室は、慎吾を監視対象としている。桐生は、その任務を受けている。
だが。
桐生は、ビルの柱に背を預けた。
娘の顔が、浮かぶ。
十二歳だった。魔物に襲われて、死んだ。
桐生は、娘を守れなかった。
その罪悪感は、今も消えない。
桐生「……あの子も、同じだ」
慎吾も、誰かを守れなかった。第七班の仲間を。
だが、慎吾は戦い続けている。
桐生「……守れなかった者同士か」
桐生は、立ち上がった。
報告書のことは、後で考える。
今は、あの子を見守る。
それが、今の自分にできることだ。
数時間後。
慎吾が、レッドゾーンから戻る途中で休んでいた。
廃墟の壁に寄りかかり、水を飲む。
疲労が、体を重くしている。
今日だけで、十二体の魔物を倒した。
右手の指が、微かに震えている。
慎吾「……まだ、足りない」
左腕『無理をするな』
慎吾「お前が言うな」
左腕『……』
その時、足音がした。
慎吾が顔を上げる。
桐生が、近づいてきていた。
慎吾「……桐生さん」
桐生「柊」
二人の間に、数メートルの距離がある。
桐生が立ち止まる。
桐生「少し、話がある」
慎吾「……何ですか」
桐生「左腕の紋様。広がっているな」
慎吾の表情が、微かに変わる。
慎吾「……見えていましたか」
桐生「ああ」
桐生が一歩、近づく。
桐生「見せてくれ」
慎吾は、しばらく黙っていた。
だが、拒絶はしなかった。
慎吾が、パーカーの袖を上げる。
左腕が露わになる。
黒い紋様が、肩の手前まで伸びている。まるで血管のように、皮膚の下を走っている。
桐生が近づき、紋様を見る。
桐生「……一ヶ月前より、明らかに広がっている」
慎吾「……そうですね」
桐生「理由は分かるか」
慎吾「……分かりません。でも、魔物を倒すたびに、少しずつ広がっている気がします」
桐生「……そうか」
沈黙。
桐生が口を開く。
桐生「柊。無理があるぞ」
慎吾「……」
桐生「お前の体は、限界に近い。それは見れば分かる」
慎吾「分かっています」
桐生「なら、なぜ休まない」
慎吾「……休めません」
桐生「なぜだ」
慎吾が空を見上げる。
慎吾「SS級魔物が、また来るかもしれない」
慎吾「その前に、強くならなければ」
桐生「……」
慎吾「だから、休めません」
桐生は、何も言わなかった。
その気持ちは、分かる。
恐怖から逃れるために、戦い続ける。
それは、自分も同じだった。
桐生「……お前の判断だ」
慎吾「……はい」
桐生「だが」
桐生が慎吾を見る。
桐生「無理をしすぎるな。お前が倒れれば、誰が魔物と戦う」
慎吾「……」
桐生「お前は、必要な人間だ」
慎吾が桐生を見る。
慎吾「……俺は」
桐生「お前が何を思っていようと、事実は変わらない」
桐生「お前がいなければ、もっと多くの人が死んでいた」
慎吾は、何も言えなかった。
桐生は、それ以上何も言わず、背を向けた。
桐生「……行け。今日はもう、休め」
慎吾「……はい」
桐生が歩き出す。
慎吾が、その背中を見る。
慎吾「桐生さん」
桐生が振り返る。
慎吾「……ありがとうございます」
桐生は、微かに笑った。
桐生「礼を言うな。俺は、監視しているだけだ」
桐生が去る。
桐生は、一人でビルの屋上に戻った。
夕日が、廃墟を染めている。
桐生は、柱に背を預けた。
桐生「……あの子」
慎吾の顔が、浮かぶ。
疲れ切った顔。だが、戦い続ける目。
それは、かつての自分に似ていた。
いや、違う。
自分は、守れなかった。
だが、慎吾は、まだ戦っている。
桐生「……娘に、重なる」
娘も、強かった。
最期まで、諦めなかった。
だが、守れなかった。
桐生の中に、罪悪感がある。
それは、消えない。
だが。
桐生「……あの子は、自分で選んでいる」
慎吾は、自分の意志で戦っている。
それを、止める権利は自分にはない。
桐生「……尊重する。それが、今できることだ」
桐生は、立ち上がった。
報告書のことを考える。
「柊慎吾、左腕の紋様拡大」
それを書けば、対策室は動くだろう。
だが。
桐生は、報告書を書かないことに決めた。
今は、まだ。
桐生「……見守る」
それが、自分の選択だ。
桐生は、屋上から下りた。
遠くで、慎吾が歩いている姿が見える。
桐生は、その姿が見えなくなるまで、見ていた。
風が吹く。
廃墟の中に、静寂がある。
桐生「……頼むから、無理するな」
その言葉は、風に流れた。
読んで下さりありがとうございました!
★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!
Youtubeにて作品公開中!
http://www.youtube.com/@mizukara-h2z
ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。




