第31話「SS級魔物の撤退」
朝日が地平線から顔を出す。その光は優しく、世界を照らしていく。だが、その光の中に、巨大な影があった。SS級魔物が、動いている。
慎吾、陽菜、桐生の三人は、避難所の前に立っていた。武器を手に取り、準備を整えている。遠くから、SS級魔物の足音が聞こえる。地面が揺れる。ビルが軋む。まるで、世界が終わりを告げるかのような、そんな音だった。
避難所の中では、人々がパニックに陥っていた。子供たちが泣き叫び、母親たちが必死になだめている。冴が拡声器を持ち、指示を出している。
「落ち着いてください!避難の準備を!西へ向かってください!」
長谷川が物資を配っている。水、食料、毛布。皆が手に取り、荷物を背負う。その光景は、まるで難民のようだった。
慎吾は、左腕に意識を向ける。
『準備はいいか』
『ああ。だが、勝てるとは限らない』
『分かっている』
陽菜が杖を握る。その手は震えていない。修行を重ね、多くの戦いを経験した。だが、今日の相手は違う。SS級魔物。今まで戦ってきた魔物とは、次元が違う存在だった。
桐生がライフルを構える。
「柊、無理するな」
「分かっています」
「生きて帰れ。約束しろ」
慎吾は、桐生を見る。その目は真剣だった。
「…努力します」
「それじゃダメだ。約束しろ」
慎吾は、少しの間、黙っていた。そして、小さく頷く。
「約束します」
桐生が微笑む。その笑顔は、いつもの無表情とは違う、温かな笑顔だった。
三人は、SS級魔物に向かって走り出す。街の瓦礫を越え、崩れたビルの間を抜け、広場へ向かう。その先に、SS級魔物がいた。
巨大だった。体長は五十メートルを超える。黒い鱗に覆われ、四本の脚、三本の尻尾、頭には角が生えている。その目は赤く、まるで地獄の炎のように、光を放っている。
慎吾は立ち止まる。陽菜と桐生も、その隣に立つ。三人は、魔物を見上げる。その巨体は、まるで山のようだった。いや、山よりも大きい。空を覆い尽くすほどの存在感だった。
「…これを、倒すのか」
陽菜が呟く。その声は小さく、震えている。
桐生が銃を構える。
「時間を稼げばいい。皆が逃げるまで」
慎吾は、左腕の力を解放する。紋様が光り、黒い炎が溢れ出す。体全体を覆い、視界が歪む。だが、意識は保っている。
SS級魔物が、こちらを見た。その目が、慎吾を捉える。まるで、虫けらを見るかのような、無関心な視線だった。
そして、魔物が動いた。
いや、動いていない。
魔物は、立ち止まった。
慎吾は、目を見開く。魔物が、動きを止めている。まるで、何かを感じ取ったかのように、その巨体が静止している。
『何だ、これは』
左腕が言う。その声には、困惑が滲んでいる。
「分からない」
魔物が、首を傾げる。その動きは、まるで人間のようだった。何かを考えているかのような、そんな仕草だった。
そして、魔物が振り返った。
こちらを見るのをやめ、広場の方へ向かって歩き始める。その歩みはゆっくりとしていて、まるで散歩をするかのように、悠然としている。
「え…?」
陽菜が呟く。
桐生も、困惑している。
「どういうことだ」
慎吾は、魔物を見ている。魔物は、亀裂の方へ向かっている。そして、亀裂の前で止まる。
そして、魔物が亀裂の中に入った。
その巨体が、亀裂に吸い込まれるように、消えていく。まるで、水の中に沈むかのように、ゆっくりと姿を消していく。
そして、完全に消えた。
静寂が訪れる。
風が吹き、埃が舞う。だが、それ以外に、何も聞こえない。
「…終わった?」
陽菜が呟く。
慎吾は、亀裂を見る。亀裂が、縮小し始めている。まるで、傷口が塞がるかのように、少しずつ小さくなっている。
『何が起きた』
左腕が言う。
「分からない」
三人は、しばらくそこに立ち尽くしていた。何が起きたのか、理解できない。SS級魔物が、撤退した。なぜ。理由が分からない。
桐生が、無線機を取り出す。
「こちら桐生。SS級魔物が撤退した。亀裂に戻った」
無線機から、冴の声が聞こえる。
「本当ですか?」
「ああ。間違いない」
冴の声が、安堵に満ちている。
「分かりました。避難を中止します」
三人は、避難所へ戻る。その道中、誰も何も言わなかった。ただ、黙って歩く。
避難所に着くと、人々が待っていた。冴が報告する。
「SS級魔物が撤退しました。亀裂も縮小しています」
人々が、歓声を上げる。子供たちが笑い、母親たちが涙を流す。その光景は、まるで戦争が終わったかのような、そんな喜びに満ちていた。
だが、慎吾は喜べなかった。何かが、おかしい。魔物が、なぜ撤退したのか。理由が分からない。
数日後、政府が調査団を派遣した。科学者たちが亀裂を調査し、報告書を作成する。だが、結論は出なかった。
「なぜ魔物が撤退したのか、分からない」
ある科学者が言った。
「ただ、亀裂が安定している。完全には閉じていないが、これ以上広がる様子もない」
人々は、それで満足した。魔物が去り、脅威が減った。それで十分だった。
だが、慎吾は不安だった。また来るかもしれない。次は、撤退しないかもしれない。
慎吾は、魔物狩りを再開した。だが、以前よりも激しいペースだった。一日に十体以上の魔物を倒す。D級、C級、時にはB級も。休む暇もなく、戦い続ける。
陽菜が心配する。
「柊さん、休んでください」
「まだだ」
「でも、体が持ちません」
「大丈夫だ」
だが、大丈夫ではなかった。慎吾の体は、限界に近づいていた。傷が治りきらないうちに、また戦う。血が流れ、骨が折れ、それでも戦い続ける。
桐生が止めようとする。
「柊、お前、死ぬぞ」
「死にません」
「嘘をつくな。お前の体、ボロボロだ」
「…分かっています」
「なら、なぜ」
慎吾は、桐生を見る。
「次に来る前に、強くならなければならない」
「お前一人で、何ができる」
「…分かりません。でも、やるしかない」
桐生は、何も言えなかった。ただ、慎吾を見ている。
夜、慎吾は部屋に戻る。体が重い。まるで鉛を背負っているかのような、そんな重さだった。ベッドに倒れ込む。すぐに眠りに落ちる。
だが、夢の中で、慎吾は見る。SS級魔物の姿を。あの巨体が、再びこちらに向かってくる。そして、全てを破壊する。街が燃え、人々が逃げ惑い、血が流れる。
慎吾は、目を覚ます。汗びっしょりだ。息が荒い。心臓が激しく鼓動している。
「まだ、足りない」
慎吾が呟く。その声は小さく、部屋に消える。
窓の外を見ると、星が瞬いている。その光は小さく、儚い。だが、確かにそこにある。遠くには、亀裂がある。縮小したが、まだ消えていない。その黒い穴は、まるで世界に開いた傷のように、夜空に浮かんでいた。
慎吾は、再び横になる。体が痛む。肋骨、腕、脚、全てが悲鳴を上げている。だが、それでも、手を握る。拳を作る。
風が吹き、窓が揺れる。その音は小さく、だが確かに、慎吾の耳に届いていた。
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