第24話「桐生の見守り」
桐生は、ビルの屋上から慎吾を見ていた。双眼鏡を覗き込むと、慎吾と陽菜の姿がはっきりと見える。二人はレッドゾーンで修行をしている。慎吾が魔物と戦い、陽菜が支援魔法を使う。その動きは、以前より洗練されている。無駄がない。まるで、二人が長年の戦友であるかのような、息の合った連携だった。
桐生は双眼鏡を下ろし、煙草を取り出す。火をつけ、深く吸い込む。煙が肺に入り、ゆっくりと吐き出される。煙が風に流され、消えていく。
慎吾は、成長している。それは間違いない。だが、桐生は心配だった。あの子は、自分の命を軽く見すぎている。死ぬことを恐れていない。いや、むしろ、どこかで死にたいと思っているのではないか。そんな気がする。
桐生は煙草を灰皿に押し付け、再び双眼鏡を手に取る。慎吾が左腕の力を解放している。黒い炎が体を包み、紋様が広がる。その姿は、まるで悪魔のようだった。だが、桐生にはそう見えない。慎吾の目には、まだ人間の光が残っている。諦めていない。生きようとしている。それが見える。
桐生は、娘のことを思い出した。
あれは、十年前のことだ。魔物パンデミックが始まる前、まだ世界が平和だった頃。桐生には、一人娘がいた。名前は、優花。明るく、元気で、いつも笑っている子供だった。
優花は、魔法使いになりたがっていた。まだ魔物が現れる前、ファンタジー小説や映画の影響で、魔法に憧れていた。
「お父さん、私、魔法使いになりたい」
優花が言った。その目は輝いていて、まるで星のようだった。
桐生は笑って答えた。
「魔法なんて、存在しないよ」
「でも、いつか現れるかもしれない」
「現れたとしても、お前には関係ない。危険なことはするな」
優花は頬を膨らませた。
「お父さん、心配しすぎ」
「当たり前だ。お前は、俺の大切な娘だ」
優花が笑う。その笑顔が、桐生の心を温めた。
だが、魔物パンデミックが起きた。
優花は、魔法に目覚めた。風の魔法だった。優花は喜んでいた。夢が叶ったと言っていた。だが、桐生は反対した。
「魔法使いになるな。危険すぎる」
「でも、お父さん、私、人を助けたい」
「お前が死んだら、俺が悲しむ」
「大丈夫だよ。私、強いから」
優花は、桐生の反対を押し切って、魔法使いとして訓練を受けた。そして、ある日、魔物との戦闘で死んだ。C級魔物に襲われ、逃げ遅れた避難民を守ろうとして、命を落とした。
桐生が駆けつけたとき、優花はもう冷たくなっていた。その顔は、まだ笑っていた。まるで、誰かを助けられたことに満足しているかのような、穏やかな笑顔だった。
桐生は、優花の遺体を抱いて泣いた。声を出さずに、ただ涙を流した。
それから、桐生は変わった。感情を表に出さなくなった。誰にも心を開かなくなった。ただ、生き延びるために戦い、人を守るために戦った。だが、それは義務だった。誰かを本当に守りたいという気持ちは、もうなかった。
桐生は、慎吾を見る。あの子は、優花に似ている。自分の命を顧みず、人を守ろうとする。そして、罪悪感を抱えている。だが、それでも戦い続ける。
桐生は、気づいた。俺は、慎吾に優花を重ねている。あの子を見守ることで、優花を守れなかった後悔を、少しでも癒そうとしている。
そして、それは悪いことではない。桐生は、慎吾を守りたい。本当に、守りたいと思っている。
修行が終わり、慎吾と陽菜が帰り道を歩いている。桐生は屋上から降り、二人に近づいた。
「柊」
桐生が声をかける。慎吾が振り返る。
「桐生さん」
「少し、話がある」
慎吾は陽菜を見る。陽菜が頷き、先に避難所へ向かう。二人きりになった。
桐生は煙草を取り出し、火をつける。
「お前、無理してないか」
「大丈夫です」
「嘘をつくな」
桐生の声は厳しい。慎吾は黙る。
「お前の体、傷だらけだ。治療魔法で治しても、限界がある」
「…分かっています」
「分かっているなら、休め」
「休めません。SS級魔物が、いつ動くか分からない」
桐生は煙草を吸い、煙を吐き出す。
「お前は、俺の娘に似ている」
慎吾が驚いて桐生を見る。桐生は続ける。
「娘も、お前と同じだった。人を守るために、自分を犠牲にした。そして、死んだ」
慎吾は何も言わない。ただ、桐生を見ている。
「俺は、娘を守れなかった。反対したのに、止められなかった。だから、後悔している」
桐生の声は、静かだった。だが、その言葉には重みがある。まるで、何年も抱え続けてきた痛みが、ようやく言葉になったかのような、そんな重さだった。
「だが、お前は違う。お前は、まだ生きている。だから、俺はお前を守る」
慎吾が目を見開く。
「なぜ、ですか」
「娘の代わり、というわけではない。お前は、お前だ。だが、俺は守りたい。それだけだ」
慎吾は、少しの間、黙っていた。そして、小さく頷く。
「ありがとうございます」
桐生は煙草を捨て、足で踏み消す。
「礼はいらない。ただ、無理するな。生きろ」
二人は並んで歩き始める。夕日が二人を照らしていた。長い影が地面に伸びている。まるで、父と子が並んで歩いているような、そんな光景だった。
しばらく歩いた後、二人は立ち止まった。夕日が地平線に沈もうとしている。空が、オレンジから赤へ、そして紫へと変わっていく。その美しさは、この荒廃した世界には似つかわしくないほど、穏やかで優しいものだった。
「綺麗ですね」
慎吾が呟く。桐生は頷く。
「ああ」
二人は黙って夕日を見ていた。風が吹き、髪を揺らす。どこかで鳥が鳴いている。平和な音だった。まるで、魔物など存在しない世界のような、そんな錯覚を覚える。
「桐生さん」
「何だ」
「俺、生きます」
慎吾の声は、小さかった。だが、その言葉には決意が込められている。
「そうか」
桐生は微笑む。それは、久しぶりの、本当の笑顔だった。
夕日が完全に沈み、夜が訪れる。星が瞬き始める。二人は避難所へ向かって歩き出した。その背中は、まるで何かを乗り越えたかのような、少しだけ軽やかなものだった。
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