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終わらせるための魔法使い――魔物パンデミックと、壊れた世界の正しさ――  作者: 自ら(Youtubeで朗読ver投稿中‼️)
2章-孤立と殺戮

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第23話「修行の始まり」

 朝日が窓から差し込み、慎吾の顔を照らした。目を覚ますと、体の痛みはほとんど消えていた。陽菜の治療魔法と、左腕の再生能力が一晩中働いていたのだろう。慎吾は体を起こす。今度は、痛みがない。肋骨も、脚も、腕も、全て元通りだった。


 慎吾はベッドから降り、窓の外を見る。SS級魔物は、まだそこにいた。動かない。昨日と同じように、ただ立っている。まるで時間が止まったかのような、不気味な静寂だった。


 扉が開き、陽菜が入ってきた。その手には朝食が載った盆がある。


「おはようございます、柊さん」


「おはよう」


 陽菜は盆をテーブルに置く。パン、スープ、野菜のサラダ。簡素だが、温かい食事だった。


「体、大丈夫ですか」


「ああ。お前のおかげだ」


 陽菜が微笑む。その笑顔は、いつもの明るさを取り戻していた。


「今日から、修行を始めます」


 慎吾が言う。陽菜は頷いた。


「はい」


 二人は朝食を食べ、準備をする。慎吾は武器を手に取り、陽菜は杖を握る。そして、避難所を出た。


 レッドゾーンへ向かう道は、静かだった。人の気配がない。ビルの残骸、砕けた道路、錆びた車。全てが、過去の痕跡だった。慎吾は黙って歩く。陽菜も、何も言わない。ただ、慎吾の後ろを歩いている。


 レッドゾーンに着くと、慎吾は立ち止まった。ここは、魔物が徘徊する場所だ。だが、今は静かだった。魔物の気配はあるが、近くにはいない。


 慎吾は陽菜を振り返る。


「ここで修行をする」


「はい」


「まず、俺が左腕と対話する。お前は見ていろ」


 陽菜は頷き、少し離れた場所で立ち止まる。


 慎吾は目を閉じる。そして、左腕に意識を向ける。


『左腕』


 慎吾が心の中で呼びかける。すぐに、返事があった。


『何だ』


 左腕の声は、いつもの無感情な声だった。だが、以前よりも少しだけ、柔らかくなっている気がする。


『完全に力を解放するには、どうすればいい』


『お前と俺の同調率を上げる』


『同調率?』


『お前と俺が、どれだけ一体化しているかということだ。今のお前と俺は、まだ別々だ。だから、力を完全には使えない』


 慎吾は左腕の言葉を考える。同調率。つまり、俺と左腕が一つになる、ということか。


『どうすれば、同調率が上がる』


『精神の同調だ』


『精神?』


『お前が俺を受け入れ、俺がお前を受け入れる。互いの存在を認め、一つになる。それが同調だ』


 慎吾は眉をひそめる。それは、危険ではないか。


『暴走するんじゃないのか』


『可能性はある。だが、同調しなければ、SS級魔物には勝てない』


 左腕の声は冷静だった。まるで、事実を述べているだけのような、感情のない声だった。


 慎吾は黙って考える。危険だ。だが、他に方法はない。


『分かった。やる』


『では、力を少しずつ解放していけ。俺の力に慣れろ。そして、拒絶するな。受け入れろ』


 慎吾は目を開ける。そして、左腕を前に突き出す。紋様が光り始める。黒い炎が溢れ出す。だが、今回は違う。慎吾は炎を拒絶しない。受け入れる。炎が体を包み、熱が広がる。だが、痛くない。まるで、温かい水に浸かっているような、心地よい感覚だった。


 炎が大きくなる。慎吾は更に力を解放する。紋様が腕全体を覆い、肩まで広がる。視界が少しだけ歪む。だが、意識は保っている。


『いい調子だ』


 左腕が言う。その声は、少しだけ満足そうだった。


 慎吾は炎を制御する。大きくしたり、小さくしたり、形を変えたり。何度も何度も繰り返す。時間が経つのを忘れるほど、集中していた。


 そして、魔物の気配を感じた。


 慎吾は炎を消し、周囲を見渡す。D級魔物が三体、こちらに向かってくる。小さな、犬のような姿をした魔物だった。


「来たか」


 慎吾は構える。陽菜が杖を握る。


「陽菜、支援魔法を頼む」


「はい」


 陽菜が杖を振り、支援魔法を唱える。光が慎吾を包み、体が軽くなる。筋力が増す。


 慎吾は地を蹴り、魔物に突進する。左腕を振りかぶり、殴りかかる。黒い炎が拳を包み、魔物の頭を砕く。一撃で倒れる。


 だが、残りの二体が襲ってくる。慎吾は横に跳び、避ける。そして、再び殴る。二体目が倒れる。三体目は、慎吾の背後に回り込む。だが、慎吾は振り向きざまに蹴りを放つ。魔物が吹き飛び、地面に叩きつけられる。


 戦いは、数秒で終わった。


 慎吾は息を整える。今の戦いでは、力を制御できた。暴走しなかった。


「柊さん、すごいです」


 陽菜が駆け寄る。その目は、尊敬と驚きに満ちていた。


「まだだ。これは序の口だ」


 慎吾は陽菜を見る。


「次は、お前の番だ」


「え?」


「お前も戦え。俺が見ている」


 陽菜は戸惑った表情を浮かべる。だが、すぐに決意を固めた。


「分かりました」


 次のD級魔物が現れた。今度は一体だけだ。陽菜が杖を構える。


「支援魔法だけじゃない。攻撃魔法も使え」


「はい」


 陽菜が杖を振る。光の矢が放たれ、魔物に命中する。だが、魔物は倒れない。ダメージは与えたが、まだ生きている。


 魔物が陽菜に襲いかかる。陽菜が防御魔法を展開する。光の壁が魔物の攻撃を防ぐ。だが、魔物は諦めない。何度も何度も攻撃する。


「落ち着け。呼吸を整えろ」


 慎吾が言う。陽菜は深呼吸をする。そして、再び杖を振る。今度は、光の矢が二本放たれる。魔物に命中し、倒れる。


 陽菜が息を切らしている。


「よくやった」


 慎吾が言う。陽菜が微笑む。


「ありがとうございます」


 そして、修行は続いた。何体も魔物を倒し、何度も力を解放し、何度も失敗し、何度も成功した。太陽が高く昇り、昼になり、そして夕方になった。


 慎吾と陽菜は、疲れ切っていた。だが、二人とも満足そうだった。


 帰り道、陽菜が口を開いた。夕日が二人を照らし、長い影が地面に伸びている。その影は並んで歩いていて、まるで二人が昔からの仲間であるかのように、自然に寄り添っていた。


「柊さん」


「何だ」


 慎吾は前を向いたまま答える。陽菜の声は、いつもより少しだけ小さい。


「なぜ、私を助けてくれるんですか」


 その問いに、慎吾は足を止めた。陽菜も立ち止まる。二人は夕日の中で、向き合う。


 なぜだろう。自分でも分からない。最初は、ただ邪魔だと思っていた。希望を振りまく陽菜が、うっとうしかった。だが、今は違う。陽菜と一緒にいることが、自然に感じる。その理由を、慎吾は説明できない。


「…分からない」


 慎吾は正直に答える。陽菜が微笑む。その笑顔は、いつもより少しだけ複雑だった。悲しみと、喜びと、そして感謝が混じったような、まるで夕焼けのように、複数の色が混ざり合った笑顔だった。


「でも、嬉しいです。柊さんが、私と一緒にいてくれることが」


 慎吾は何も答えなかった。ただ、前を向いて歩き始める。陽菜も、その横を歩く。


 避難所に戻ると、長谷川が待っていた。温かい夕食を用意してくれている。テーブルには湯気の立つスープ、焼いた魚、野菜の煮物が並んでいる。慎吾と陽菜は席に着き、食事をしながら今日の修行について話した。陽菜が魔物を倒したこと、慎吾が力を制御できたこと、左腕との対話のこと。長谷川は黙って聞いている。その目は優しく、まるで子供たちの話を聞く親のようだった。時折、頷き、時折、微笑む。何も言わないが、その存在が温かい。


「明日も、頑張るんだろう」


 長谷川が言った。慎吾は頷く。


「ああ」


「無理するなよ。お前たちは、まだ若い」


 その言葉には、深い意味が込められている気がした。だが、慎吾は何も聞かなかった。


 夜、慎吾は一人で部屋にいた。窓の外を見ると、星が瞬いている。無数の星が、まるで砂を撒いたように、夜空を埋め尽くしている。そして、遠くには、SS級魔物の影が見えた。動かない。だが、その存在は、夜空よりも大きく感じる。まるで、世界の中心に巨大な穴が開いているような、そんな圧迫感だった。


 慎吾は左腕を見る。紋様は、今日よりも少しだけ広がっている気がする。肩から胸にかけて、黒い線が這っている。それは、まるで血管のように、慎吾の体に根を張っている。


『今日は、よくやった』


 左腕が言う。その声は、以前よりも少しだけ温かい。


『まだ、足りない』


 慎吾が答える。


『分かっている。だが、焦るな。少しずつだ。お前と俺は、確実に近づいている』


 慎吾は窓を閉める。そして、ベッドに横になる。体が重い。一日中、力を使い続けたからだ。だが、悪い疲労ではない。まるで、運動した後の心地よい疲れのような、そんな感覚だった。


 慎吾は目を閉じた。疲労が体を包み込み、意識が遠のいていく。最後に、陽菜の笑顔が浮かんだ。夕焼けのような、複雑で、それでいて美しい笑顔だった。

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