第20話「新たな脅威」
SS級魔物が、こちらを見た。
六つの赤い目が、俺と陽菜を見ている。まるで獲物を見定めるかのような、冷たい視線で、その視線だけで、俺の体が凍りつくような感覚がある。
俺は前に出た。陽菜を庇うように、体を前へ。
「逃げろ」
短く言った。だが、陽菜は動かない。
「逃げろ!」
今度は叫んだ。陽菜が後ずさるが、それでも逃げようとはしない。その目には恐怖があるが、同時に、何かを守ろうとする意志も見える。
SS級魔物が動いた。
巨大な体が、信じられない速さで動く。まるで空間が歪むかのように、一瞬で距離が縮まって、俺に向かってくる。
俺は左腕の力を全開放した。黒い炎が溢れ出して、俺の体を包み、地面を焼き、空気を震わせる。
炎をSS級魔物に向けて放つ。黒い炎が渦を巻いて、魔物に向かっていく。
炎が魔物に当たった。だが、魔物は怯まない。黒い鱗が炎を弾いていて、まるで水が石に当たるかのように、炎が散っていく。
SS級魔物が爪を振った。
俺は避けようとした。だが、速すぎる。避けきれず、肩に爪が当たる。鋭い痛みが走る。血が噴き出す。
俺は吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。背中から激しい衝撃が伝わって、呼吸が止まりそうになる。視界が霞む。耳鳴りがする。
陽菜の声が聞こえる。叫んでいる。だが、何を言っているのか、聞き取れない。
陽菜が支援魔法を使う。光の壁が現れて、SS級魔物の攻撃を防ぐ。
だが、壁は一瞬で砕けた。光の破片が散って、陽菜が吹き飛ばされる。
俺は必死に立ち上がった。体が悲鳴を上げている。だが、立たなければ。戦わなければ。
もう一度、黒い炎を放つ。だが、効かない。
圧倒的な力の差だ。一年前のS級魔物よりも、さらに強い。桁が違う。
そのとき、他の魔法使いたちが現れた。数人の魔法使いが、SS級魔物に向かって魔法を放つ。氷の魔法、雷の魔法、風の魔法。様々な魔法が飛び交って、まるで戦場のような光景だ。
だが、SS級魔物には効かない。全ての魔法が、鱗に弾かれる。
SS級魔物が咆哮する。地面が揺れる。ビルが崩れる。空気が震えて、耳が痛い。
そして、SS級魔物が口を開けた。
炎を吐いた。
巨大な炎が、魔法使いたちを包む。まるで太陽が落ちてきたかのような、圧倒的な熱量だ。
悲鳴が聞こえる。
何人かの魔法使いが燃える。体が炎に包まれて、倒れる。動かなくなる。地面に、焼け焦げた遺体が転がる。
俺は歯を食いしばった。また、誰かが死んだ。また、守れなかった。
俺は再び攻撃しようとした。だが、左腕が叫ぶ。
『やめろ!勝てない!』
俺は立ち止まった。左腕の声には、焦りがある。恐怖がある。
勝てない。今の俺では、絶対に勝てない。
そのとき、桐生が現れた。血まみれで、腕を怪我している。だが、まだ立っている。
「撤退だ!」
桐生が叫ぶ。
「勝てない!逃げろ!全員逃げろ!」
魔法使いたちが逃げ始める。生き残った者たちが、必死に走る。
俺も逃げようとした。だが、陽菜がまだそこにいる。地面に倒れている。
「陽菜!」
俺は叫んで、陽菜の元へ走る。
陽菜が俺を見る。その顔には、恐怖と痛みがある。
俺は陽菜の手を掴んだ。
「走れ!」
陽菜を引っ張って、走る。二人で、必死に走る。
SS級魔物が追ってくる。地面が揺れる。だが、途中で止まった。まるで、これ以上追う必要はないと判断したかのように、その場にとどまる。俺たちは、魔物にとって、取るに足らない存在なのだろう。
俺たちは走り続けた。息が切れる。足が痛い。だが、止まれない。
やがて、避難所の近くに到着した。
他の魔法使いたちも、何人かが到着している。だが、数が大幅に減っている。おそらく、半分以上が死んだ。
桐生も無事だった。だが、腕から血が流れていて、顔は蒼白だ。
俺は地面に座り込んだ。息が荒い。体が痛い。肩の傷から血が流れ続けている。
陽菜も座り込む。泣いている。声を殺して、肩を震わせながら、泣いている。
人々が集まってくる。避難民、魔法使い、自衛隊員。皆、疲弊している。皆、恐怖に怯えている。
冴も来た。いつもの冷静な表情は消えていて、不安が顔に浮かんでいる。
「皆、無事ですか」
「何人か、死んだ」
桐生が答える。その声は、疲労と悲しみで震えている。
冴が顔を曇らせる。何も言えない。ただ、俯く。
沈黙が続いた。重い、苦しい沈黙だ。誰も、何も言えない。言葉が見つからない。
やがて、桐生が口を開いた。
「あの魔物は、SS級だ。今の戦力では、勝てない」
誰かが聞く。
「どうするんですか」
「分からない。だが、避難を続ける。そして、政府に報告する。援軍を待つ」
桐生が答える。だが、その声には、希望が感じられない。
人々が頷く。だが、その目には、絶望がある。
俺は立ち上がった。体が痛いが、立つ。
窓の外を見る。遠くに、SS級魔物が見える。まだ、広場にいる。その場から動いていない。だが、いつ動き出すか、分からない。
左腕が呟く。
『どうする』
俺は左腕を見た。黒い左腕。二年間、共に戦ってきた相棒。
「もっと強くなる」
『どうやって』
「お前の力を、完全に解放する」
左腕が沈黙する。長い沈黙だ。やがて、左腕が口を開いた。
『それは危険だ。暴走する可能性がある。一年前のように』
「分かってる」
『それでも、やるのか』
俺は頷いた。
「あの魔物を倒さなければ、皆が死ぬ。長谷川も、桐生も、陽菜も、冴も、全員が死ぬ」
左腕が何かを考えている。俺は、左腕の躊躇を感じる。
『…分かった。だが、準備が必要だ』
「何が必要だ」
『まず、お前と俺の同調率を上げる。お前の精神と、俺の力を、完全に同調させる。そして、制御の訓練をする。暴走しないように』
「どれくらいかかる」
『分からない。だが、時間がかかる。数日、いや、数週間かかるかもしれない』
俺は窓の外を見た。SS級魔物が、まだそこにいる。いつ動き出すか、分からない。時間があるのか。
そのとき、陽菜が近づいてきた。まだ涙の跡が顔に残っているが、目には決意がある。
陽菜が俺を見て、口を開いた。だが、何も言わない。ただ、俺を見ている。
俺は陽菜を見た。
陽菜が、ようやく口を開く。
「一緒に、戦わせてください」
「お前は弱い」
俺は言った。残酷な言葉だが、事実だ。
「分かってます」
陽菜が答える。
「でも、強くなります。教えてください。お願いします」
陽菜の目には、涙がある。だが、それでも前を向いている。
俺は少し考えた。陽菜を巻き込むべきか。また、誰かを失うのではないか。
だが、俺は一人では勝てない。それは、今日の戦いで分かった。
「…教える」
陽菜が目を丸くする。
「本当ですか」
「ああ。だが、厳しい。死ぬかもしれない」
「大丈夫です」
陽菜が答える。その声は、震えている。だが、決意は揺らいでいない。
俺は窓の外を見た。夜が来ている。星が見える。
遠くで、SS級魔物が動き始めた。ゆっくりと、街の方へ歩いている。まるで散歩をするかのように、ゆっくりと。
桐生が俺の隣に来た。
「あの魔物が、動き出した」
「ああ」
「どうする」
俺は考えた。今、戦っても勝てない。だが、逃げ続けることもできない。
「時間を稼ぐ」
桐生が俺を見る。
「一人でか」
俺は陽菜を見た。陽菜が頷く。
「二人でだ」
桐生が少し考えてから、頷いた。
「分かった。だが、無理するな。死ぬな」
「…ああ」
俺と陽菜は、避難所を出た。
夜の街を、二人で歩く。星が綺麗だ。まるで、何も起きていないかのような、平和な夜空だ。
陽菜が空を見上げる。
「綺麗ですね」
俺は何も答えなかった。
SS級魔物が、こちらに向かってくる。地面が揺れる。ビルが揺れる。
俺は武器を握った。陽菜も、杖を握る。
「怖いか」
俺は陽菜に聞いた。
「怖いです」
陽菜が答える。その声は、震えている。
「でも、戦います。皆を守るために」
俺は前を向いた。SS級魔物が近づいてくる。
俺は、もう一人じゃない。隣に、陽菜がいる。後ろには、守るべき人々がいる。
長谷川。桐生。冴。避難民たち。
俺が、守る。
SS級魔物が、咆哮した。地面が揺れる。
戦いが、始まる。




