第16話「陽菜の執着」
翌日、レッドゾーンで、俺はまた陽菜と遭遇した。
俺がB級魔物と戦っているとき、突然、光の矢が飛んできた。
俺は振り返った。
陽菜が立っていた。いつもの笑顔で、杖を持っている。
「また来ました!」
陽菜が明るく言う。
俺は魔物に向き直った。B級魔物は、熊のような姿で、体長は3メートル以上ある。俺に向かって襲いかかってくる。
俺は火炎魔法で応戦する。だが、陽菜の支援魔法が邪魔だ。光の矢が魔物に当たるが、威力が弱い。魔物は怯まない。それどころか、陽菜の攻撃で魔物の注意が分散して、俺の攻撃のタイミングが狂う。
俺は左腕の力を使った。黒い炎が魔物を包む。魔物が咆哮する。燃える。やがて倒れる。
戦闘が終わった。
俺は陽菜を見た。
「邪魔だ」
俺は言った。
陽菜の笑顔が少し揺らぐ。
「でも、お手伝いできましたよ」
「お前は弱い。戦場に来るな」
陽菜が少し顔を曇らせる。だが、すぐに笑顔を作る。
「強くなりたいんです」
「なぜ」
「守りたい人がいるから」
俺は陽菜を見た。守りたい人。そんなものがあるのか。
「俺には関係ない」
俺は言った。
「二度と来るな」
俺は去ろうとした。
だが、陽菜が叫んだ。
「教えてください!」
俺は振り返った。
陽菜が必死な顔をしている。笑顔ではない。初めて見る、真剣な顔だ。
「強くなる方法を、教えてください」
「教えられない」
「なぜですか」
「お前は、才能がない」
俺は言った。
陽菜が息を呑む。
「お前の魔法は弱い。支援魔法しか使えない。戦闘には向いていない」
「でも…」
「諦めろ」
俺は去った。
陽菜の声が、後ろから聞こえた。
だが、俺は振り返らなかった。
その日の夕方、陽菜は一人、廃墟の建物の影で座っていた。
涙を堪えている。だが、涙が溢れてくる。
陽菜は顔を手で覆った。
「才能がない」
柊の言葉が、心に刺さる。
陽菜は知っている。自分が弱いことを。支援魔法しか使えないことを。戦闘には向いていないことを。
だが、それでも、強くなりたい。
なぜなら。
陽菜の心に、記憶が蘇った。
二年前、魔物が出現した日のことだ。
あの日、陽菜は弟と一緒に公園にいた。弟の名前は、陽太。中学生で、陽菜より五歳年下だった。明るくて、よく笑う子だった。陽菜は弟が大好きだった。
公園で、二人は話していた。陽太の学校のこと、陽菜の大学のこと。他愛のない話。
そのとき、空が裂けた。
突然、空間に亀裂が現れて、不気味な光が漏れてくる。人々が空を見上げる。何が起きたのか、誰も分からない。
そして、亀裂から、「それ」が出てきた。
魔物だ。
犬のような姿だが、巨大で、牙が鋭く、目が赤く光っている。
人々がパニックになる。悲鳴が上がる。皆、逃げ始める。
陽菜も、陽太の手を引いて走った。
「お姉ちゃん!」
陽太が叫ぶ。
「大丈夫!走って!」
陽菜が答える。
二人で走る。公園を出て、街を走る。だが、魔物が追ってくる。速い。あっという間に距離が縮まる。まるで獲物を追う獣のように、魔物は容赦なく追いかけてくる。
陽菜は走り続けた。息が切れる。足が痛い。だが、止まれない。止まれば、死ぬ。
そのとき、陽太が転んだ。
地面に倒れる。膝を擦りむく。血が出る。
陽菜は立ち止まった。
振り返る。陽太が地面に倒れている。魔物が近づいている。もう、数メートルしか離れていない。
陽菜は迷った。
戻るべきか。陽太を助けるべきか。
だが、戻れば、自分も死ぬ。魔物は速い。二人とも、逃げられない。
陽菜の頭の中で、何かが囁いた。
「逃げろ」
「自分だけでも、生き延びろ」
陽菜は、一歩、後ろに下がった。
陽太が陽菜を見た。
「お姉ちゃん!」
陽太が叫ぶ。その声には、恐怖がある。助けを求める声だ。
だが、陽菜は、もう一歩、後ろに下がった。
そして、陽菜は、走った。
陽太を置いて、逃げた。
後ろで、陽太の悲鳴が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
「助けて!」
だが、陽菜は走り続けた。涙を流しながら、ただ走った。耳を塞ぎたかった。陽太の声を聞きたくなかった。だが、耳は塞げない。走りながら、陽菜は陽太の悲鳴を聞き続けた。
やがて、悲鳴が止んだ。
陽菜は立ち止まった。
振り返る。
遠くに、魔物が見える。魔物の口に、血がついている。
陽太の姿は、見えない。
陽菜は叫んだ。
その日から、陽菜は変わった。
笑顔を作るようになった。明るく振る舞うようになった。人々を助けるようになった。
なぜか。
贖罪のためだ。
陽太を見捨てた自分を、許せないから。だから、他の人々を守ろうとしている。笑顔で、明るく、希望を与えようとしている。強くなろうとしている。
だが、それは偽りだ。陽菜の笑顔は、作り物だ。心の底には、罪悪感と悲しみがある。
陽菜は涙を拭いた。
立ち上がる。
「諦めない」
陽菜は呟いた。
「強くなる。絶対に」
「そして、あの人を、助ける」
なぜ、柊慎吾を助けたいのか。
なぜなら、彼は陽菜と同じ目をしているから。痛みを隠している目を。自分を責めている目を。
陽菜は、放っておけない。
陽菜は灯火の会の拠点に戻った。
拠点では、人々が夕食の準備をしている。子供たちが走り回っている。
陽菜が入ると、子供たちが駆け寄ってきた。
「陽菜お姉ちゃん!」
陽菜は笑顔を作った。
「ただいま」
子供たちが陽菜に抱きつく。陽菜は子供たちの頭を撫でる。
だが、陽菜の笑顔は、作り物だ。
夜、陽菜は自分の部屋で、鏡を見ていた。
鏡の中の陽菜は、笑っていない。疲れた顔をしている。目に光がない。まるで、魂が抜けたかのような顔だ。
陽菜は笑顔を作った。いつもの、明るい笑顔を。
「大丈夫」
陽菜は自分に言い聞かせる。
「大丈夫。私は、強い」
だが、鏡の中の陽菜は、本当は笑っていない。
陽菜は窓の外を見た。星が見える。
陽太は、今、どこにいるのだろう。
天国にいるのだろうか。
それとも、陽菜を恨んでいるのだろうか。
陽菜は知らない。
ただ、陽菜は、生きている。
陽太の分まで、生きている。
そして、人々を守っている。
それが、陽菜の贖罪だ。
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