第13話「監視者の視線」
その日、俺は誰かに尾行されていることに気づいた。
レッドゾーンで魔物を狩っているとき、視線を感じた。誰かが見ている。遠くから、俺を観察している。
俺は周囲を見回したが、誰もいない。だが、確かに視線がある。
左腕が呟く。
「ああ。だが、敵意はない」
「監視か」
「おそらくな」
俺は気にせず、魔物狩りを続けた。監視されているなら、それでいい。俺は何も隠していない。
戦闘を終えて、俺はグリーンゾーンに戻った。検問所を通過して、街に入る。
視線は、まだある。グリーンゾーンでも、誰かが俺を見ている。
俺はアパートに向かった。途中、配給所に寄って食料を受け取り、それからアパートに戻る。
部屋に入って、窓から外を見た。
遠くに、男が立っている。50代くらいだろうか。がっしりとした体格で、鋭い目をしている。元刑事か、元自衛隊か。そんな雰囲気がある。
男は俺を見ていた。視線が合う。だが、男は逃げない。ただ、そこに立っている。
俺は窓を閉めた。
左腕が呟く。
「政府の人間だろう」
「分かってる」
「どうする」
「放っておく」
俺は気にしなかった。監視されているなら、それでいい。俺に隠すことは何もない。
一方、男――桐生要は、慎吾のアパートから離れて、近くのカフェに入った。
カフェは小さな店で、客は数人しかいない。桐生はコーヒーを注文して、窓際の席に座った。
桐生は手帳を取り出して、メモを書き始めた。
「柊慎吾。21歳。魔法使い。レッドゾーンで単独行動。戦闘能力は高い。左腕に特異な力を持つ。危険度…」
桐生はペンを止めた。危険度は、どう評価すべきか。
桐生は慎吾の戦闘を観察した。確かに、左腕の力は不気味だ。黒い炎。通常の火炎魔法とは違う。魔王の欠片の力だと報告されている。
だが、制御されている。暴走の兆候はない。慎吾は冷静に戦い、必要以上の力は使わない。
それに、慎吾の目を見た。あの目は、桐生が知っている目だ。
娘の目だ。
桐生には、娘がいた。いや、いたのだ。過去形だ。
娘は、魔物出現の日に死んだ。まだ15歳だった。学校にいるときに、魔物が襲ってきた。多くの生徒が死んだ。娘も、その一人だった。
桐生は警察官として現場に駆けつけたが、遅かった。娘は既に死んでいた。
妻は、娘の死を受け入れられなかった。悲しみに暮れて、やがて病気になった。そして、一年後に亡くなった。
桐生は、一人になった。
それから、桐生は魔物対策室に転属した。魔物と戦う者たちを支援する部署だ。だが、実際には監視でもある。魔法使いたちは強力な力を持っている。暴走すれば、危険だ。だから、監視が必要だ。
桐生の今の任務は、慎吾の監視だ。「第七班の生存者」として、慎吾は要注意人物に分類されている。過去に、何かがあったらしい。詳細は伏せられているが、慎吾が危険な存在である可能性があるとされている。
だが、桐生が見た慎吾は、危険というより、孤独だった。
あの目。痛みを隠している目。娘が死ぬ前に見せた目と、同じだ。
桐生は手帳を閉じた。
「もう少し、見守ろう」
桐生は呟いた。報告は、保留だ。
夕方、桐生は橋の上にいた。
グリーンゾーンの端にある橋で、下には川が流れている。魔物出現後も、川は変わらず流れている。
桐生は橋の欄干に寄りかかって、川を見ていた。
そのとき、足音が聞こえた。
桐生は振り返った。
慎吾が、そこに立っていた。
慎吾は桐生を見たが、何も言わない。ただ、橋の反対側に行って、川を見始めた。
桐生は少し考えてから、口を開いた。
「いい夕日だな」
慎吾は答えなかった。ただ、川を見ている。
桐生は続けた。
「俺は桐生。ただの調査員だ」
慎吾が少しだけ桐生を見た。
「知ってる」
慎吾が初めて口を開いた。
桐生は少し驚いた。
「尾行に気づいていたか」
「ああ」
「すまない。仕事でね」
慎吾は何も答えなかった。再び、川を見ている。
桐生も川を見た。夕日が川面に反射していて、オレンジ色に輝いている。まるで川が燃えているかのようだ。
沈黙が続いた。だが、不快な沈黙ではない。ただ、二人で夕日を見ている。
やがて、桐生が口を開いた。
「お前、いくつだ」
「21だ」
「若いな。俺の娘と、あまり変わらない」
慎吾が桐生を見た。
「娘がいたのか」
「いた。過去形だ。魔物に殺された」
慎吾は何も言わなかった。
桐生は続けた。
「娘は、死ぬ前、お前と同じ目をしていた」
「同じ目?」
「痛みを隠している目だ」
慎吾は黙った。
桐生は夕日を見た。
「無理するなよ。一人で抱え込むな」
慎吾は答えなかった。
桐生は橋を去ろうとした。だが、立ち去る前に、振り返った。
「また会おう」
慎吾は何も答えなかった。ただ、川を見ている。
桐生は橋を去った。
慎吾は一人、橋の上に残された。夕日が沈んでいく。空がオレンジから赤へ、そして紫へと変わっていく。
慎吾は左腕を見た。
左腕が呟く。
慎吾は答えなかった。
夜が来た。
慎吾は橋を去って、アパートに戻った。
部屋に入って、窓の外を見る。星が見える。
慎吾は、桐生の言葉を思い出していた。
「痛みを隠している目」
「無理するな」
慎吾は窓を閉めた。
そして、ベッドに横になった。
天井を見る。
桐生のような人間が、まだいるのか。優しさを持った人間が。
だが、慎吾には関係ない。俺は一人だ。これからも、一人で生きる。
慎吾は目を閉じた。




