第12話「希望という名の騒音」
レッドゾーンで、俺はB級魔物と戦っていた。
大型の魔物で、体長は3メートルほどある。熊のような姿だが、牙が鋭く、爪が長い。俺に向かって襲いかかってくる。
俺は避けて、火炎魔法を放った。炎が魔物を包む。だが、魔物は怯まない。毛皮が厚くて、炎が届かない。
左腕の力を使う。黒い炎が生まれて、魔物に向かう。今度は効いた。魔物が咆哮する。燃える。
だが、その瞬間、横から光の矢が飛んできた。
魔法だ。
光の矢が魔物に当たる。魔物が怯む。
俺は振り返った。
女性が立っていた。
20歳くらいだろうか。明るい表情で、笑顔を見せている。手には杖を持っている。魔法使いだ。
女性が明るい声で言った。
「お手伝いします!」
俺は魔物に向き直った。魔物が再び俺に向かってくる。俺は黒い炎で魔物を焼き尽くした。魔物が倒れる。動かなくなる。
戦闘が終わった。
俺は女性を見た。女性は笑顔のままだ。
「邪魔だ。消えろ」
俺は言った。
女性の笑顔が少し揺らいだ。だが、すぐに元に戻る。
「でも、お手伝いできましたよ」
「必要ない。二度と来るな」
俺は火炎魔法を使った。女性の足元に炎を放つ。地面が焼ける。
女性が後ずさる。だが、まだ笑顔を保っている。
「次は当てる」
俺は言った。
女性は少し考えてから、頷いた。
「分かりました。でも、また来ます」
女性はそう言って、去っていった。
俺は女性の背中を見送った。何だ、あれは。明るすぎる。この世界で、あんな笑顔を見せられる人間がいるのか。
左腕が呟く。
「興味はない」
俺は歩き始めた。
だが、女性の笑顔が頭から離れなかった。あの笑顔は、作り物だ。無理に笑っている。そう感じた。
その日の夕方、俺はグリーンゾーンのアパートに戻った。
部屋に入って、窓の外を見る。夕日が沈んでいく。
左腕が呟く。
「あの女は、お前と同じだ」
俺は左腕を見た。
「痛みを隠している。笑顔の裏に、何かがある」
「…関係ない」
「そうか」
左腕は何も言わなくなった。
俺は窓の外を見続けた。夕日が完全に沈んで、夜が来る。
一方、女性――陽菜は、灯火の会の拠点に戻っていた。
灯火の会は、避難民を守るために作られた組織だ。元学校の建物を拠点にしていて、数十名の人々が協力して生活している。
陽菜が拠点に入ると、子供たちが駆け寄ってきた。
「陽菜お姉ちゃん、おかえり!」
「ただいま」
陽菜が笑顔で答える。子供たちが陽菜に抱きつく。陽菜は子供たちの頭を撫でた。
「今日も魔物と戦ったの?」
「うん。でも、大丈夫。怪我してないよ」
子供たちが安心した顔をする。陽菜は笑顔を保ったまま、奥の部屋に向かった。
部屋には、女性が一人いた。30代くらいで、知的な雰囲気を持っている。灯火の会の代表、二階堂冴だ。
「おかえりなさい、陽菜」
冴が言う。
「ただいまです」
陽菜が座る。
「例の魔法使いには会えた?」
「はい。でも、拒絶されました」
陽菜が報告する。冴は少し考えてから、頷いた。
「そう。でも、諦めないのでしょう」
「はい」
陽菜が笑顔で答える。冴はその笑顔を見て、少し眉をひそめた。
「無理しないでね」
「大丈夫です」
陽菜はそう言って、部屋を出た。
陽菜は自分の部屋に戻った。小さな部屋で、簡易ベッドと小さな机だけがある。窓から外が見える。
陽菜は窓の外を見た。夜空に星が見える。
そして、陽菜の心に、記憶が蘇った。
二年前、魔物が出現した日のことだ。
陽菜は弟と一緒にいた。弟は中学生で、陽菜より五歳年下だった。二人で公園にいたとき、突然、空が裂けた。
亀裂が現れて、魔物が出てきた。
人々が逃げ惑う。陽菜も弟と一緒に走った。
だが、魔物が追ってきた。速い。あっという間に距離が縮まる。
陽菜は走り続けた。だが、弟が転んだ。
陽菜は振り返った。弟が地面に倒れている。魔物が近づいている。
陽菜は迷った。戻るべきか。だが、戻れば、自分も死ぬ。
陽菜は、逃げた。
弟を置いて、逃げた。
後ろで、弟の悲鳴が聞こえた。
陽菜は走り続けた。涙を流しながら、ただ走った。
やがて、悲鳴が止んだ。
陽菜は後ろを振り返った。弟の姿はなかった。魔物が、そこにいた。血がついている。
陽菜は叫んだ。
あの日から、陽菜は変わった。笑顔を作るようになった。明るく振る舞うようになった。人々を助けるようになった。
なぜか。
贖罪のためだ。
弟を見捨てた自分を、許せないから。だから、他の人々を守ろうとしている。笑顔で、明るく、希望を与えようとしている。
だが、それは偽りだ。陽菜の笑顔は、作り物だ。心の底には、罪悪感と悲しみがある。
陽菜は窓の外を見続けた。星が綺麗だ。だが、陽菜には、その美しさが見えない。
陽菜は呟いた。
「諦めない」
あの魔法使い――柊慎吾を、助ける。なぜなら、彼は陽菜と同じ目をしているから。痛みを隠している目を。
陽菜は、放っておけない。
陽菜はベッドに横になった。天井を見る。
そして、陽菜は鏡を見た。部屋の隅に小さな鏡がある。
鏡の中の陽菜は、笑っていない。疲れた顔をしている。目に光がない。
陽菜は笑顔を作った。いつもの、明るい笑顔を。
「大丈夫」
陽菜は自分に言い聞かせる。
「大丈夫。私は、強い」
だが、鏡の中の陽菜は、まだ笑っていなかった。
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