第11話「終わらない日常」
夜明け前、俺は目を覚ました。
窓の外はまだ暗い。空が少しだけ白み始めているが、街はまだ夜の闇に包まれている。時計を見ると、午前五時だ。
俺は簡易ベッドから起き上がって、部屋を見回した。六畳一間の部屋には、ベッド、小さなテーブル、椅子、それだけしかない。壁には何も飾られていなくて、まるで誰も住んでいないかのような部屋だ。いや、実際、俺はここに住んでいるというより、ただ寝泊まりしているだけだ。
窓の外を見る。廃墟となったマンションの五階から、街が見渡せる。崩壊したビル、錆びた車、草が生えた道路。二年前と何も変わっていない。魔物出現から二年が経ったが、この街は、この世界は、何も変わっていない。
俺はテーブルの上に置いてある武器を手に取った。金属製の棒と、ナイフ。どちらも使い込まれていて、傷だらけだ。だが、まだ使える。
リュックに食料と水を詰める。缶詰が数個と、ペットボトルの水。これで今日一日は持つだろう。
部屋を出る。廊下は薄暗くて、足音が響く。階段を下りて、マンションの外に出る。冷たい空気が顔に当たる。冬が近づいている。
街を歩く。レッドゾーンと呼ばれる、魔物が出現する危険地帯を、俺は一人で歩いている。他の人間はここには来ない。魔法使いでさえ、単独でレッドゾーンに入る者は少ない。だが、俺は一人だ。一人で、魔物を狩る。
左腕が呟く。
「分からない」
「何を終わらせる」
「全部だ。魔物も、この世界も、俺自身も」
左腕は何も言わなかった。
街を進むと、魔物の気配を感じた。近くにいる。
俺は足音を消して、慎重に近づく。角を曲がると、犬型のC級魔物が三匹いた。死体を漁っている。人間の死体か、動物の死体か、分からない。
俺は火炎魔法を使った。手を前に出して、魔法を発動する。魔法の原理は、物理法則の書き換えだ。空気中の酸素濃度を局所的に上げて、温度を上昇させ、発火点に達する。すると、炎が生まれる。
炎が魔物に向かって放たれる。魔物が燃える。三匹とも、あっという間に燃え尽きた。灰になって、地面に落ちる。
俺は魔物の灰を見た。何も感じない。怒りも、悲しみも、喜びも、何もない。ただ、虚無だけがある。
戦闘が終わって、俺は歩き続けた。レッドゾーンを、ただ歩く。魔物を見つけては倒し、また歩く。それだけの日々だ。
午後になると、俺はグリーンゾーンへ向かった。グリーンゾーンは、魔物が出現しない安全地帯だ。政府が管理していて、生存者たちが集まっている。
レッドゾーンとグリーンゾーンの境界には、検問所がある。自衛隊が警備していて、出入りを管理している。だが、魔法使いは自由に出入りできる。魔物と戦う者は、特別扱いされている。
検問所を通過する。自衛隊員が俺を見て、敬礼する。俺は何も言わずに通り過ぎた。
グリーンゾーンに入ると、街の雰囲気が変わる。人々が歩いていて、店が開いていて、子供たちの声が聞こえる。まるで魔物が出現する前の世界のようだが、それは幻想だ。この平和は、魔法使いたちが命を懸けて守っているものだ。
俺は配給所に向かった。食料を受け取るためだ。配給所には、長い列ができている。人々が順番を待っている。
俺が列に並ぶと、周囲の人々が俺を避けた。まるで病原菌を避けるように、距離を取る。誰も俺に近づかない。
小声で話す声が聞こえる。
俺は気にしなかった。当然だ。俺は、化け物だ。人々が避けるのは、正しい。
列が進んで、俺の番が来た。配給所の職員が俺を見て、少し顔を強張らせたが、すぐに笑顔を作った。
「お疲れ様です」
職員が俺に食料を渡す。缶詰、水、パン。一週間分だ。
「ありがとうございます」
俺は短く礼を言って、食料を受け取った。
配給所を出て、俺はアパートに向かった。グリーンゾーンの端にある、古いアパートだ。六畳一間の部屋を借りている。
アパートに着くと、部屋に入った。窓から夕日が差し込んでいて、部屋がオレンジ色に染まっている。
俺はテーブルに食料を置いて、缶詰を開けた。中身は豆だ。スプーンで食べる。味はしない。いや、味はあるのだろうが、俺には感じられない。ただ、栄養を摂取するために食べているだけだ。
食事を終えて、俺は窓の外を見た。夕日が沈んでいく。空がオレンジから赤へ、そして紫へと変わっていく。まるで世界が燃えているかのような色だ。
夜になった。
俺はベッドに横になった。天井を見る。白い天井。何もない。
目を閉じる。
眠りに落ちる。
そして、夢を見る。
いつもの夢だ。
美咲が、そこにいる。笑顔で、俺を見ている。
だが、突然、美咲の体が燃え始める。炎が美咲を包む。美咲が叫ぶ。
俺が、美咲を焼いている。俺の黒い炎が、美咲を焼き尽くしている。
美咲が俺を見る。その目には、恐怖がある。
美咲が崩れ落ちる。灰になる。
俺は叫んだ。
目が覚めた。
汗をかいている。息が荒い。心臓が早鐘を打っている。
俺はベッドから起き上がって、顔を手で覆った。また、夢だ。いつもの夢だ。美咲の夢だ。
左腕が呟く。
「ああ」
「いつもの夢だ」
左腕は何も言わなかった。ただ、静かにそこにいる。
俺は窓の外を見た。夜明け前だ。空が少し明るくなってきた。新しい一日が始まる。だが、昨日と同じ一日だ。
俺は立ち上がった。武器を手に取る。リュックに食料を詰める。
部屋を出る。階段を下りる。アパートを出る。
街を歩く。レッドゾーンへ向かう。
また、同じ一日が始まる。魔物を狩り、食料を得て、眠り、夢を見る。そして、また朝が来る。
終わらない日常。変わらない日々。
俺は、ただ、生きている。
朝日が昇り始めている。オレンジ色の光が、崩壊したビルを照らしている。
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