第40話 壁の修復
「いってらっしゃいませ、勇者様!」
毎朝リサが僕を笑顔で送り出してくれる。ここ最近の日課となっている。
実は以前、朝からのんびりしていたら、リサが笑顔で『冒険者ギルドへ行きましょう』と何度も迫ってきた事があった。
笑顔なのだが、目は怒っている。
その表情に僕は気づいたので、すぐさま宿を飛び出したのだ。
それからは、毎朝このように笑顔で送り出してくれている。
送り出すというより、無理やりに追い出されている感じもするのだが。
でも彼女に嫌われる前に素直に従った方が良……、本能がそう告げていた。
だから冒険者ギルドへ通う事にしているのだ。
冒険者ギルド内はいつものように、荒くれ者の巣窟となっている。建物内の至る所で、多くの荒くれ者達が大声で話をしていた。
何でこう冒険者っていう生き物はガラが悪いのだろうか。街のチンピラの方が上品に感じてしまうよ。
そんな中、荒くれ者たちの大声をかき消すような怒号が室内に響いた。
受付で例の黒縁メガネ君が冒険者相手に怒鳴りつけていたのだ。
「何度言えばわかるのですか! ゴブリン討伐の証は右耳ですよ。
なんで履いていたパンツだけを持ってくるんですか?
意味が分かりません」
見るからに怖そうなモヒカン頭の冒険者は、うつむいてショボンとしていた。
大人になっても、あんなに怒られることがあるんだな。
見ていて可哀想になってしまった。
ひょっとして、この街で一番怖いのは黒縁メガネ君?
どうやら説教が終わったようなので、僕も怒られないように静かに掲示板を見ていた。
すると、誰かが僕の肩を叩いた。
振り返ると、黒縁メガネの悪魔、でなく黒縁メガネ君が笑顔で立っていた。
(あれ? もしかして次は僕が怒られるの? 思い当たる事が沢山ありすぎて…。)
彼は一枚の依頼書を差し出した。
その依頼書には
――― 塀の修復依頼。
依頼主:郡領主マルデリア伯爵
と記載されていた。
あの郡領主の依頼か。この依頼を受けるならリサも一緒に連れて行こうかな。
マーガレットにも会えるから喜んでくれるかもね。
「この依頼、僕が引き受けます!」
僕はリサを誘いマルデリア伯爵の屋敷へ向かった。
お屋敷に着くと、マーガレットが笑顔で玄関から飛び出し、前回のようにリサの両手を掴んで喜び合っていた。
「今日は、塀の修復の依頼で来ました」
マーガレットは僕達に話したいことがあるらしく、壁の修理の前に屋敷内に招き入れ、マルデリア伯爵の寝室に通された。
「これは、勇者殿。あなたが壁の修復依頼を受けてくれるとは」
マルデリア伯爵は、足に包帯を巻いてベッドの上で寂しそうな表情で横になっていた。
「伯爵、足はどうなされたのですか」
「毎朝の日課で屋敷内を散歩していたのだけど、突然外壁が崩れ巻き込まれてしまったのだ。」
リサは心配そうに尋ねた。
「怪我の具合はいかがですか?」
「あの外壁の崩れ具合にしては運良く、片足だけの骨折で済んだ。直ぐに医薬局から医師と鎮痛魔道具を手配して緊急手術をしてもらい、何とかこの状態までおちついた」
「それは、大変でしたね」
「そうだね、でも用意された鎮痛魔道具を全部、昨日2つとも使用してしまったから、何とか痛みを抑えている状態だね」
伯爵はベッドの横に置いてある黒い砂粒が入った容器を指差した。
リサはその黒い砂を優しく指先で触れていた。
「この魔法具は効果の発動が終わると、焦げたような黒砂のように粉々になるんですよね。
話には聞いていましたが、初めて見ました。
全部、使用されたのですね」
リサは首を傾げると、ふと思い出した。
昨日製造所案内ツアー中での鎮痛剤在庫出庫の件を。
「そういえば、昨日の製造所見学ツアー中に丁度、その魔道具の出庫に立ち合いましたよ
課長、何故だか侯爵様からゲンコツで殴られてましたけど!」
「そ、そうなんだ。良く分からないけど課長には申し訳ない事をしたね。あとで謝っておいて」
「はい、伝えておきます」
僕は伯爵に尋ねた。
「その場所を通るタイミングで外壁が崩れるって、偶然とは思えないですね」
「実は、私も同じように思っているんだ」
「何か狙われる理由はありますか?」
「特に思い当らないが、先日の話から考えると、今回も侯爵の仕業なのかな」
僕は腕を組んで考えていた。
「侯爵は何の為、伯爵をそこまで追い詰めるのだろうか?」
「勇者殿が言っていた通り、私に街の統治能力が無い事を理由にのっとるつもりなのかも」
僕は黙って聞いていた。さらに伯爵は続ける。
「だからこそ、相手の思う通りにさせない為、早く塀の修復を終わらせ、通常業務を始めないといけないのだ。しかも……」
「しかも、何ですか?」
伯爵の表情が少し曇った。
「しかも、今年は王国主催の『花見会』がこの街で十数年ぶりに開催される」
「花見会?」
「国王陛下がご参列され、領民も参加する大切な神事だ。毎年、開催都市が変わり今年はこのマーズフォレトで開催することになっている」
「そうなんですね。その花見会を妨害して国王陛下の前で伯爵の責任を問題にするという事なのですかね」
「私もそう考えている」
僕は頷いた。
「わかりました。とりあえず、塀の修復は僕に任せてください。花見会が無事開催できるようにしましょう」
リサもお手伝いをしたいらしく伯爵に言葉をかけた。
「私はマーガレットさんと一緒に通常の業務処理をお手伝いします」
「リサさんは、優秀で頭の回転が良いから任せても安心ですよ」
僕も伯爵にリサを勧めた。
伯爵は僕達の助力の申し出に元気が出てきたようだ。
「ここは、君たちに頼らせてもらおう。私も早く治して仕事に復帰するよ」
僕達が部屋から出るのを、伯爵は笑顔で送り出してくれた。
リサはマーガレットと一緒に執務室に向かい、僕は塀の修復の為、外に出た。
崩れかけている外壁では三人の盗賊が既に作業を始めていた。
正確には三人の盗賊を中心とした10人の盗賊達だ。
いつの間にかこの街でも仲間増やしてやがる。
三人の盗賊は僕に近づき修理の経過報告をした。
「塀の修理は我々にお任せください。ご覧の通り順調です。
勇者様は、以前のように現場監督という大役をお願いします」
僕は嬉しくなり笑顔になった。
しょうがないな。
僕は監督としての能力が非常に高いから、今回もその役目を全うさせてもらおうかな。
「わかった。僕が監督だから作業よろしくね!」
現場の10人の盗賊に声をかけた。
威勢の良い返事がすぐに返ってきた。
「へい!」
しばらく作業の様子を監視していたが、以前より手際が良くなっている。
こいつら、盗賊のくせして本職は建築業かよ。
僕は修理一件当たりの代金とそれにこの盗賊の人件費を計算しながら、今後こいつらでどうやって金儲けしようか考えていた。
考えたが、よく分からなくなったので外壁の状態を確認する事にした。
ほぼ完成に近い外壁なんだが、あの一カ所だけ飛び出ている石が気になる。
あれを取り除けば見た目も綺麗で気持ちがいい。
こういうのは、見た目が非常に大切なんだよ。1つだけ飛び出ているなんて美的感覚を疑うね。
特に郡領主のお屋敷ならばなおさらだ。
僕はその石を引き抜いた。
僕は思った。
物を作り上げるのは時間と労力を費やし地道に続けないいけない。
とても根気が必要な作業だ。
でも、壊すって一瞬なんだよ。不思議だよね。
目の前では、塀が新たに崩落していた。
僕は引き抜いた石を手にしたまま、10人の盗賊へ振り向き大声で伝えた。
「おい、新しい仕事持ってきたぞ!」




