#8 忘者のアドバイス
続いてスケートリンクへ。
スケート靴を履くのに手間取りながら、何とか氷の上に立つ。
「おっとっと…!」
「大丈夫ですか〜?手、貸しましょうか?」
「余計に恥ずかしいからやめてくれ…」
それでも何度も転びながら、少しずつ前に進めるようになる。
世奈はというと、軽やかに滑りながら時折くるりとターンしてみせる。
「ね、スピン見てて!」
「ちょっ、やめ…おおおおお!?」
彼女がバランスを崩して悠に突っ込み、2人でそのままリンクにドシン!
「いてて…」
「ご、ごめん!でもなんか楽しいね」
そう言いながら笑う世奈を見た僕も、つられて笑ってしまいそうになる。
でも、ふと目が合ったその瞬間。
不意打ちのように、何かが胸に刺さった。
お互い、わずかに頬を染めたまま黙り込む。
視線が絡み合い、すぐに逸らした。
「……」
「……」
そのあとは言葉もなく、なんとも気まずい沈黙のまま、リンクをあとにした。
更衣室で靴を履き替え、外に出ても、しばらくはぎこちない空気が続く。
あの後ゲームセンターへ行くのかなと考えていたが彼女はずっと無言のままであったので外に出ることにした。
氷の冷たさが残る手の感触と、さっきの目線の余韻だけが心に残っていた。
そんな沈黙を破ったのは、世奈の声だった。
「……あのね」
「ん?」
「明日さ、また行きたいな。昨日の公園……鳥類園とか科学館も、もう一回」
その言葉に僕は思わず足を止めた。
「え? これって……街案内ってわけじゃないの?」
少しだけ頬を赤らめながらも、世奈はいつもの太陽みたいな笑顔を浮かべて言う。
「だって楽しかったんだもん。悠くんとまた行きたいなって、思っちゃった」
その笑顔を前に、僕はそれ以上何も言えなくなった。
「……じゃあ、また行くか」
自然と、そんな言葉が口からこぼれた。
「うんっ!」
それから少し歩いた後、ふと僕は言った。
「そうだ、晩飯の買い出しもしたいんだけど、これからショッピングモール寄ろうと思ってる。どうする?」
「行く行く!私もお惣菜とか見たい!」
彼女の元気な返事に、僕は少しだけ笑って頷いた。
ショッピングモールではフードコートには行かず、スーパーのある一角へ向かった。
「わー、このから揚げおいしそう!あとこのポテトサラダもいいな〜」
「それ、賞味期限大丈夫か?ちゃんと見ろよ」
「わかってますって〜。悠くんは何買うの?」
「俺は...この照り焼きチキンとコロッケでいいかな。あ、味噌汁のパックも買っとこ」
悠は家にあるものは昨夜いやとなるほど見ていたのでどのようか料理器具があるのかはがあるのかは把握していた。料理を作れる環境ではなかったが鍋やポットなどの最低限な器具はあった。
そのうえで残りの所持金でも買える腹持ちのよさそうなものを選ぶ。
買い物かごが徐々にいっぱいになり、レジを終える頃には手提げ袋がふたつに増えていた。
「結構買ったね~。重くないの?」
「大丈夫だよこのくらい。」
「そっか」
やはり会話の所々で違和感を感じる。
最初は気のせいだと思ったがそうではなさそうだ。
悠はちらりと世奈の方を見る。
すると彼女は気づいたのかこっちを見てニコッと笑った。
その行動がなにを意味しているのは分からなかった。
しばらく歩きアパートの部屋の前に着いた。
「それじゃあ悠君また明日ね!」
悠にはその笑顔が苦しく見えた。
「あのさ...」
かすれるような声で世奈に言った。
「どうしたの?」
「何か悩みがあるなら僕でも誰でもいいから相談してみると気が楽になるぞ」
勇気を振り絞って言った言葉が届いているかは分からない。
悠はその言葉を言った後気まずい空気を避けるために部屋に戻った。
隣の部屋のドアが閉まる音がしたのはその3分ほど後であった。