『かぐわしき道(竹林の小径)』
嵐山で撮影の仕事があった帰り道。
午後五時をまわった頃、私はふと、誰もいない竹林の小径を歩いてみようと思い立った。
あの道には、観光客のざわめきが似合う。
でも今は静まり返って、風の音しか聞こえない。
……風の音、だよね?
何かが、囁いてるような……?
「――ようこそ」
え?
振り向いても、誰もいない。
背筋が冷たくなった。
気のせいだ、と自分に言い聞かせて歩き続ける。
でも、気づいた。
道が、終わらない。
何度も同じ竹が目に入る。
曲がり角も、鳥居も、何もない。
なのに、ずっと歩いているのに、同じ景色が続く。
足元には、小さな花が咲いていた。
――竹林には、そんな花はなかったはずだ。
ポツン、と立つ着物姿の女に気づいたのは、その数分後だった。
白無垢のような格好。
顔は見えない。
髪が、まっすぐ、肩から垂れている。
その女が、こちらを向いた。
「あなた、帰らなくていいの?」
その声に、胸が詰まった。
「……帰ります。帰らせてください」
女は静かに笑った。
そして、こう言った。
「なら、振り返らないことね。
振り返ったら、ずっと、こっちにいなくちゃいけなくなる」
私は走った。
息が苦しい。
目を閉じたら、足をとられて転びそうになる。
でも、絶対に振り返らない。
絶対に――
だけど、聞こえた。
「……お願い。置いていかないで……」
それは、私の声だった。
**
気がついたら、観光客の喧騒が戻っていた。
振り返ると、あの竹林の奥は、もうただの遊歩道だった。
でも、私のスマホの中には、
保存した覚えのない動画が残っていた。
竹林の奥。
私が、白無垢の女とすれ違う瞬間の映像。
そして、カメラに向かって――私自身が、微笑んでいる。




