『三条河原の首影』
夏の夜、鴨川沿いに並ぶ等間隔のカップルたち。
「鴨川等間隔カップル」として有名なこの光景を見に、
観光客の奈良出身の女子大学生・西山あかりは、友人たちと三条河原を訪れた。
笑い声とスマホのシャッター音。
川風と遠くの祇園囃子。
その中に、妙な違和感があった。
「……あのカップル、変じゃない?」
友人の一人が言った。
指差した先。
川辺に立つ男女のうち、男は普通だった。
だが、女は――首が、ない。
白いワンピースに揺れる髪。
肩から上が、ふっと切れている。
「は? なにそれ、やめてよ~!」
そう言って笑い飛ばしたが、あかりは気づいていた。
彼女たちの声は聞こえていないのに、
首なし女だけが、こちらを向いた。
その夜、あかりは高熱を出して倒れた。
うなされる中、夢の中で何度も同じ場面が繰り返される。
――夕暮れの三条河原。
――木の柱に縄で縛られた女。
――集まる野次馬と、太鼓の音。
――首が切り落とされ、竹の籠に入れられて晒される。
「見せしめじゃ……これで、他の女どもも黙るやろ……」
夢の中でそう笑うのは、武士の格好をした男たち。
そして、その斬首された女の顔が、
――自分自身に変わっていた。
三日後、あかりは無言で三条河原を訪れた。
薄曇りの夕暮れ。
人々が行き交う中、あかりは川の方へ向かう。
河原の一角に、誰も気づかない小さな石碑がある。
それは、江戸初期に“無実の罪で斬首された遊女”の供養塔だった。
あかりは、しゃがみこんで手を合わせた。
何かに導かれるように、深々と頭を下げる。
その瞬間、背後から、女性の声がした。
「ありがとう……やっと、顔を見てくれた……」
振り返ると、あの“首なし女”が、そこに立っていた。
その顔は、どこか、あかりと似ていた。
以来、三条河原の首なし幽霊は姿を見せなくなった。
だが――。
あかりのSNSには、時折、自分の後ろに“もう一つの顔”が写ることがある。
口元には笑み。
だが、目は、泣いているようにも見える。
それはきっと、
かつて声を奪われたまま殺された女の――
もう一つの人生なのかもしれない。