『蹴上の罪人』
蹴上インクラインに、夜間立ち入り禁止の時間があることを知っている人は少ない。
理由は「危険だから」ではない。
“出るから”だ。
大学生の坂崎亮は、都市伝説を集める動画配信者だった。
フォロワーはそこそこ。
再生数はイマイチ。
決定打に欠ける中、「京都で本当にやばい場所を検証してみた」という企画のため、亮は蹴上を選んだ。
南禅寺の脇からインクラインに入り、線路沿いに歩いていく。
そこは、琵琶湖疏水の水路とトンネルが交差する、独特の地形。
「このあたり、昔は処刑場の“出口”やってんて」
同行した友人・村尾の言葉に、亮は笑いながらカメラを回し続けた。
だが、トンネルの手前で、空気が変わった。
冷たい。
異様に、湿っている。
水の匂いが生臭く、喉に貼りつく。
そのときだった。
がしゃん――
金属の鎖の音が、どこからか響いた。
ライトを向けると、トンネルの奥に誰かが立っていた。
白い衣に、縄で縛られた胴。
顔は見えない。
だが、足首が浮いていた。
「おい、あれ人か!? やばくない!?」
村尾が叫んだと同時に、カメラがノイズを起こし、ライトが消えた。
真っ暗闇の中、鎖を引きずる音だけが近づいてくる。
「おれを……また、流すんか……?」
くぐもった声が、背後から聞こえた。
「冤罪やったんやぞ……あいつがやったんや……
なのに、なんで……わしだけ……」
亮が叫んだ。
「ごめんなさい!関係ないです!ただの撮影で――!」
でも、声は止まなかった。
「お前も……裁かれろや……
無実の者を、笑いもんにした罪でなぁ……」
翌朝、蹴上インクラインで倒れていた亮が発見された。
意識はあるが、言葉を発さない。
彼のスマホだけが動画を記録していた。
最後のシーンで、トンネルの奥から「ずぶ濡れの男」が這い出てくる映像が映っている。
警察は当然、合成だと判断した。
だが、動画の最後にだけ、不可解な現象があった。
録音されたノイズの中、こう聞こえる。
「おれの首は、まだ冷たい水の底や……
だれが、ほんまの“罪人”なんやろなぁ……」
蹴上ではいまも、夜になると誰かが琵琶湖疏水のトンネルから這い上がるという。
処刑され、汚名を着せられた罪人の魂は、
いまだに“裁かれる側”として、
この地をさまよっているのかもしれない――。