『あの音がする』
京都に、一人で来た。
予定が空いてしまったせいもあるけど、それより――あの夢がずっと気になっていた。
石仏が並ぶ中を歩く夢。
背後で風鈴みたいな音がして、振り返ると何もいない。
だけど……私の後ろに“数”が増えていく。
目覚めたときは毎回、心臓が締めつけられていた。
そのたびに調べて、たどり着いたのが“化野念仏寺”という場所だった。
嵯峨野の奥、小さな道を抜けて、ようやく辿り着いた。
鳥居もなければ観光客もまばらで、全体がうすく苔むしていて――妙に、懐かしい。
受付で拝観料を払うと、住職らしき男性がぽつりと言った。
「写真は……どうぞご自由に。ただ、音には気ぃつけてな」
意味がわからなかった。
でも、その“音”という言葉に、妙に胸がざわついた。
境内を歩くと、風が吹いた。
石仏がずらりと並ぶ、無縁仏のエリア。
数えきれないほどの無表情な顔たちが、黙ってこちらを見ている。
そのとき――
シャリン……シャリン……
風鈴のような、鈴のような音が聞こえた。
はっとして振り返る。
でも、そこには誰もいない。
ただ……一番端にある石仏の“首”が、さっきはなかったような気がした。
気のせいかもしれない。
でも、進めば進むほど、音が近づいてくる。
誰かがついてきているような気配。
足音じゃない。
気配でもない。
数が、増えていく感覚。
石仏の間を通るたび、視界の端に“白い人影”が立っているような気がした。
そっとスマホを構えてシャッターを切った。
画面には、石仏と……その間に、明らかに人のような“ぼやけた白”が立っていた。
保存しようとしたが、スマホがフリーズした。
再起動したとき、カメラフォルダに写真はなかった。
代わりに、「録音ファイル」が一つだけ増えていた。
再生すると、耳に馴染んだあの音が。
シャリン……シャリン……カラ……ン。
(女の声)『まだ足りない。』
私は、もう歩けなかった。
ふと見ると、参道の隅にベンチがあった。
休もうとして座る。
でもそこには、すでに“誰か”がいた。
横を見ると、白い着物の女が、顔をこちらに向けず、石仏のほうを見ていた。
「ねぇ……」と声をかけると、女は静かに口を開いた。
「昔ね、ここに埋められた人たちが、
『もう一度だけ、誰かに数えてほしい』って思ってたの。
一つ、二つ、三つ……って。
自分が、忘れられてないかどうか、数で確かめたいって」
そう言ったあと、女は立ち上がり、私のスマホをそっと手に取った。
そして、私の写真を見て、言った。
「足りないね……まだ、“あなたの分”が写ってないもの」
次に気づいたとき、私はひとり、境内の真ん中に立っていた。
スマホには、写真が一枚だけ。
石仏の列の中、私が“その一部として”立っている写真。
誰が撮ったのかわからない。
でも、あの音はまだ、耳の奥で鳴っている。
シャリン……シャリン……