『白線ノ内側』
「清滝トンネルを通るときは、白線の外に出たらあかんで」
京都市右京区の山中。
車一台がやっと通れるほどの細いトンネル。
戦時中の遺構とも、処刑場跡とも、旧集落の抜け道とも噂される。
その道にまつわる話は決まってこう始まる。
「白線を踏むな。白線の内側にいろ。外に出たら、“入れ替わる”」
大学生グループ5人が、心霊スポット巡りの動画を撮るために、夜の清滝トンネルへ向かった。
運転はリーダー格の成瀬、助手席には恋人の彩夏。
後部座席に撮影担当の友哉と由梨、そして最後尾に無口な佐久間。
トンネルに入る直前、地元の老人にこう声をかけられる。
「白線の中を歩きなさい。どんなに呼ばれても、決して、外へ出たらあかんよ」
笑って受け流し、彼らは中へ入った。
トンネル内は異様なまでに静かだった。
ライトを照らすと、壁に無数の手形が浮かび上がる。
その中に、まだ濡れているような赤黒い掌跡があった。
突然、車の窓が曇り始める。
そして、助手席の彩夏が、うわごとのように言う。
「あれ、誰……? トンネルの外に、誰か立ってる……」
「白線の……外に……お母さん……?」
一同が目を向けると、
確かにトンネルの端、白線の外側に、女の人影が立っていた。
「行っちゃダメだ!」と叫ぶも、彩夏はふらふらとドアを開け、白線の外へ。
成瀬が追いかけようとした瞬間、
助手席のドアが自動的にバタンと閉まり、
中にいたはずの彩夏が助手席に“まだ”座っていた。
だが彼女は、何も言わない。
目も合わせない。
「……ねぇ、いつ出るの? トンネル、長すぎない?」
車はそのまま走り抜け、出口へ。
清滝トンネルを抜けた瞬間、友哉が叫ぶ。
「今、外に立ってたのって……もう一人、彩夏だったよな!?」
車を停めると、助手席の彼女がゆっくり振り向いた。
両目とも、真っ黒だった。
「……中に入るの、わたしだけじゃなかったの」
成瀬たちは恐怖に駆られ、撮影データを確認する。
トンネル内の映像には、白線の外に、誰かが“ずっとついてきていた様子が映っていた。
そして映像の終盤。
一瞬だけカメラが真横を向き、白線の外に立つ“何か”が映る。
顔のない女。
だが、服装も髪型も、彩夏とまったく同じだった。
その後、彩夏は奇行を繰り返し、誰も顔を見なくなった。
彼女の部屋には、なぜか白線の外側だけ塗り潰した地図が貼られていた。
ある者は言う。清滝トンネルの“白線”は、境界なのだと。
内側は「現世」、外側は「還れぬ路」。
一度でも外に出たら、誰か”が代わりに内側へ入ってくる。