7.お義父様は素敵
ずぶ濡れのスピカと濡れてないキャリー。
あ、キャリー、自分が濡れないようにスピカと距離を取ってる。
女の友情って儚いなあ。
「ねえ、スピカ様。
風邪を引いてしまうわ。
着替えなきゃ駄目よ」
一応、心配はするんだ。
「うるさいわね!
大体あんたが避けなきゃ、私は噴水に落ちなかったのに!」
「だって、スピカ様がぶつかって来たんじゃない。
避けなきゃ私が噴水に落ちてたわ」
「落ちれば良かったのよ!
あんたなんか!」
「何ですって!?」
キャットファイト中の2人に、ぬうっと近づく大男。
「そこの御令嬢。
濡れた服を換えねば、風邪を引くぞ」
スピカとキャリーは男を見るなり叫んだ。
「「ぎゃああああ‼
オーガ‼‼」」
2人は我先にと争って走って逃げた。
ーーオーガ。
人肉を喰らうという人型の怪物。
オーガ呼ばわりされた男性は、すっかりしょげてしまった。
見た目に依らず繊細なのだ。
エルファス前侯爵。
リュシーの父親だ。
そして4年後、私の義理の父になる。
義父は成績優秀者となった私を祝う為に、義母を連れて態々、領地から来てくれた。
愛されてるな、と思う。
因みにメアリの両親は、褒める所か「女が学問など出来ても意味がない」と説教する始末だった。
本当にクソだ。
「お義父様、しょげないで下さい。
お義父様はとっても素敵ですわ。
ねえ、お義母様」
義母に振ると、義母は自慢気に胸を張った。
可愛い。
「ええ、勿論。
我が夫ながら、惚れ惚れするわ」
義両親が結婚した時、『オーガと妖精カップル誕生』と貴族社会は騒然となったらしい。
結婚後20年以上経っても、義両親はラブラブだ。
私もリュシーとこんな夫婦になりたい。
翌朝、馬車で領地に帰る義両親を見送ると、隣にいたリュシーがこう言った。
「ねえ、メイ。
もし私が父上のように体を鍛えたら、君は素敵だと思ってくれるだろうか?」
リュシーの目は真剣だ。
「まあ、リュシー。
貴方は今でも、とっても素敵よ。
…でもそうね。
お義父様のようになったら、もっと素敵かも知れないわね」
私の言葉にリュシーは嬉しそうに頷いた。
昼食後、温室でお茶を飲みながら本を読んでいると、若い侍女が2人、おずおずと話し掛けて来た。
「あの、メイ様。
お願いがございます」
「あら、なあに?」
若い侍女が話し掛けてくる事なんてないから、嬉しくなって返事した。
「旦那様が体を鍛えられるのをお止め下さい!」
「このままでは旦那様が、大旦那様のようになって仕舞われます‼」
侍女の言葉に私は首を傾げた。
「?
お義父様のようになったら素敵じゃないの。
お義母様だって喜ばれるわよ?」
「メイ様‼
大奥様とメイ様の性癖は特殊なんです!」
「もっと私達のような一般女性の気持ちに寄り添って下さい‼」
侍女達は泣きそうな声で叫んだ。
私はしばらく考えて答えた。
「やっぱり、お義父様は素敵よ?
短く刈り込まれたプラチナブロンド。
空色の三白眼。
オーガみたいに精悍なお顔。
オーガみたいに逞しい大きなお体。
…あら?
オーガだわ?」
お義父様の魅力を語っていたのに、どうしてオーガの話になったんだろう?
「「メイ様‼」」
また侍女達が叫んで、泣き出した。
「もう駄目よ、絶望だわ…」
「旦那様がものすごく顔の良いオーガに…」
何かブツブツ言ってる侍女達を横目に、冷めたお茶を啜った。
どうして、お義父様の魅力を分かってくれないのかしら。
ああ、さっきお別れしたばかりなのに、お義母様に会いたい。