5.義母とお茶会
「メア…メイ、お帰り」
エルファス侯爵家に帰ると、玄関までリュシーがお迎えに来てくれた。
「ただいま、リュシー」
挨拶を返すと、リュシーは仔犬みたいに抱きついて来た。
侯爵様が、こんなに可愛くていいのかしら?
「まあまあ、リュシー!
独り占めは駄目よ。
お帰りなさい、メイちゃん。
お義母様にもハグして頂戴?」
領地の屋敷から、態々私に会う為にやって来た、リュシーの母、シュネー・エルファス前侯爵夫人。
私と同じ若草色の髪にエメラルドの瞳。
かつて妖精と呼ばれた社交界の華だったが、夫と共に領地に居を移してから、社交界からは距離を置いているらしい。
メアリを実の娘のように可愛がってくれた叔母は、メイの事も一目で気に入ってくれて、義理の娘になる事を心から喜んでくれた。
「叔母…お義母様、ただいま戻りました」
大好きな叔母が義理の母になるなんて、嬉しくてたまらない。
それだけでも、リュシーと結婚するメリットだ。
「さあ、メイちゃん。
お義母様に学校であった事を教えて頂戴?」
温室にばっちりセッテイングされたお茶会のセットを見て、苦笑しながらリュシーは執務室に戻って行った。
エルファス前侯爵は領地の開発に専念する為、早期に爵位をリュシーに譲り、領地に引きこもった。
リュシーは優秀なので、若くても十分侯爵として務めているらしい。
アンガス伯爵であった父も、リュシーの100分の1でいいから、勤勉であって欲しかった。
アンガス伯爵領は今、義父であるエルファス前侯爵が治めてくれている。
碌に働かない父が治めていた頃より、格段に領民の生活は良くなっているらしい。
義母と楽しくお茶をしていて、キャリー・マロウの話になった時、義母の顔に『不快』という文字が刻まれた。
リュシーによると、義母はメアリの死に関わった、全ての関係者を深く恨んでおり、色々と手を回して関係者が不幸になるように持って行ったそうだ。
「そう。
メイちゃん、そのキャリーとかいう娘、メイちゃんに何かした?」
お義母様、目が怖いです。
「いえ、何も。
ただ、私に婚約者がいると知ったら、とても興味を持っていましたわ」
私の言葉に義母の目がキラリと光った。
「あらそう。
母子揃って、とんだ泥棒猫だこと。
セバス、キャリー・マロウについて詳しく調べて頂戴」
「はい、大奥様」
穏やかな紳士、といった雰囲気のセバスだが、義母の命令でメアリの死の関係者を実際追い込んだのは、セバスらしい。
セバスには絶対逆らわないでおこう。
「そう言えばお義母様。
乙女ゲームって何だか、ご存知ですか?」
私が訊くと、義母は仔猫のようにコテンと首を傾げた。
可愛い。
「『乙女ゲーム』?
市井で流行っていた遊びかしら?」
「いえ、市井では聞いた事がなくて。
スピカ・ディール男爵令嬢から聞いたので、貴族の間で流行っているのかと思ったのですけど」
ニコニコしながら、義母は頷いた。
「スピカ・ディール男爵令嬢ね。
セバス、調査お願い」
「はい、大奥様」
阿吽の呼吸だ。
怖い。
「乙女ゲームとは、複数の恋人を作ったり、王子様と結婚したりする、妄想のゲームのようですわ」と言うと、義母は思い切り眉を顰めた。
「あら嫌だ。
メイちゃんが複数の恋人なんて作ったら、リュシーが泣いちゃうわよ?」
とんでもない事を言われて、驚いた。
「まさか‼
あり得ません!
私にはリュシーがいます、から」
言ってから、顔が真っ赤になるのを感じた。
「まあまあ。
お熱いこと。
私も夫に会いたくなったわ」
義母がサラッと惚気ながらコロコロ笑った。
リュシーを見る度、心が躍る。
メアリだった時にも感じた事のない気持ち。
私はリュシーに恋してる。