12.メイとメアリ
「メイちゃん、こちらの子の刺繍も見て貰える?
私はあちらで転んだ子の様子を見て来るわ」
「はい‼
お義母様‼」
目まぐるしい忙しさの中で、義母はテキパキと仕事をこなしている。
そんな義母には、いつまで経っても敵う気がしない。
此処はエルファス侯爵領の孤児院。
孤児院を出た後、子供達が路頭に迷う事がないように、エルファス侯爵領の孤児院は職業訓練所を兼ねている。
その子の適性に応じて、手に職をつけさせているので『エルファス侯爵領の孤児院出身』と名乗れば、何処の職場でも引っ張りだこらしい。
今日は朝から、エルファス侯爵一家で孤児院の慰問に来ている。
慰問と言ってもエルファス侯爵家の場合、それぞれの得意な分野の職業訓練の応援の事だ。
私と義母は『お針子』コースで刺繍を教え、義父は『用心棒』コースで剣術と棒術を、リュシーは『商人』コースで各種計算と帳簿のつけ方を教えている。
普通の子供には見るなり泣かれる義父も、此処では子供達に纏わりつかれている。
義父がどれだけ子供達に愛情を注いでいるのか、よく分かる。
嵐のような一日が終わり、夕食後は家族の団欒の時間だ。
ソファセットの私の隣にはリュシー、義母の隣には義父が座り、テーブルを挟んで向かい合ってお茶を飲んでいた。
私と義母が今日あった出来事を話し、リュシーと義父がそれを聞きながら満足そうに頷くのが、いつもの光景。
義母が嬉しそうに話し出した。
「今日、メイちゃんの刺繍を見せて貰ったけど、それは見事だったわ。
メアリちゃんも刺繍が得意だった…。
…ッメイちゃん、ごめんなさい!」
義母が言葉を詰まらせ、私に謝った。
亡くなった姉に私を重ねて、私を傷つけたと思ったのだろう。
「シュネー…」
義父が心配そうに義母の肩を抱いた。
リュシーもそっと私の肩を抱いてくれた。
メアリの特技は刺繍だった。
大好きなシュネー叔母様とお喋りしながら、刺繍をする時間はメアリにとって、宝物のように大切な時間だった。
「お義母様。
私、メアリお姉様のお話を聞きたいわ。
メアリお姉様にお会いする事は出来なかったけれど、お義母様のお話を聞いていると、まるでメアリお姉様が生きて、そこにいらっしゃるみたいに感じるの」
私の言葉に義母は顔をクシャッとさせた。
「ええ、ええ、そうね。
…ありがとう、メイちゃん…ッ」
笑いながらも、義母の目からポロポロと宝石のようにキラキラと輝く涙が溢れ落ちていく。
あまりにも美しく哀しい光景だった。
知らず私の目からも涙が溢れ、美しい義母の姿を映す事は出来なくなった。
そんな私をリュシーが覆いかぶさるようにきつく抱き締めてくれた。
私は優しいリュシーの腕の中で、メアリに心の中で語りかけた。
『ねえ、メアリ。
今でもこんなに、貴方の事を愛してくれる人達がいるんだよ。
短かったけど、メアリの人生は幸せなものだったね。
これからはメイとして、一緒に幸せになろうね』
するとまるで返事をするかのように、私の心臓がコトリ、と音をたてた。(終)
お読み頂き、ありがとうございました。
この話は元々、筆者が昔聞いた
「長子が亡くなった日に産まれた末子が、長子の記憶を持っていた」
という話に発想を得て、創作したものです。
読者様から
「メアリが死んだ日にメイが産まれたなんて、メイの体をメアリの魂が乗っ取ったみたいで、気分が悪い」
というご感想を頂き、筆者は体の乗っ取りという発想ははなく
「メイはメアリの記憶を継承した」
と考えていた事に気付きました。
道理でメイは、絶対にメアリがしないであろう行動を取ったりする筈です。
メイはメアリの記憶が戻った事を『転生』だと思っているので、キーワードはそのままにしておきますが、いずれキーワードを変更するかも知れません。
ご不快に思われた方がおられましたら、申し訳ありませんでした。