10.ゴミはゴミ箱へ
名前を呼ばれて振り返ると、汗だくで息を切らせたリュシーがちょうど馬から飛び降りた所だった。
「まあ、リュシー!
迎えに来てくれたの?
待ってて。
すぐにゴミを片付けるから…」
言い終わる前に、逞しい腕に抱き締められた。
「…君が手を汚す必要はない。
私がやる」
真剣な顔のリュシーに、私は首を傾げた。
「ゴミを片付けるだけよ?
だって、何の役にも立たないゴミは処分しなきゃ、他の人にも迷惑でしょう?」
私が言うと、リュシーは苦笑しながら、こう言った。
「役に立たないなら、無理矢理でも役立たせればいい」
リュシーは父を奴隷商人に売った。
その代金で父の借金を完済したらしい。
何でも世の中には、美しい中年男性を鞭打って楽しむ人達がいるんだとか。
まあ、父は顔だけは良いので、存分に使ってやって欲しい。
なんと父が売られた所には、孤児院の院長先生もいるらしい。
あの、私達孤児を鞭打っていたクソ野郎だ。
院長先生は私達を鞭打ちながら、自分が鞭打たれるのを想像して興奮していたと聞いて、吐くかと思った。
リュシーは私に酷い事をしていた院長先生に報復しようと思ったけれど、「院長先生はクソ野郎だったけど、引き取って貰えなかったら、死んでいた」と私が言ったので、院長先生が望む所に売ったそうだ。
適材適所。
院長先生は今日も嬉しそうに鞭打たれているらしい。
父をアンガス伯爵家の籍から抜いたので、メアリの母親である、アンガス前伯爵夫人をどうしようか、という問題が出て来た。
そんな時、義父が相談を持ちかけて来た。
義父の友人である、ケネス伯爵の事だと言う。
ケネス伯爵は優秀なケネス家の嫡男だったけれど、ある事情から伯爵を継がず、弟が爵位を継いだそうだ。
だが弟夫婦は事故で亡くなり、遺された甥はまだ幼いので、ケネス伯爵が中継ぎとして伯爵になったのだとか。
伯爵ともなれば、夫人が社交面でサポートする必要があるけれど、ケネス伯爵の伴侶は伯爵夫人にはなれなかった。
何故なら、ケネス伯爵の伴侶は男性だったから。
ケネス伯爵には、夫人として伯爵を支えながらも、いずれ甥に爵位を譲る事を了承し、伯爵の伴侶を差し置いて伯爵に近付いたりしない、都合の良い伯爵夫人が必要だった。
私は義父にメアリの母を推した。
メアリの母は30年近く、父の浮気を赦し続け、ただひたすら父の意向に従い続けた、言わば『プロのお飾り伯爵夫人』だ。
きっとケネス伯爵と再婚しても、立派なお飾り伯爵夫人になる事だろう。
メアリの母の再婚が決まったが、私は何だかモヤモヤした。
メアリの母はメアリにずっと、「父に従順であれ」と言い続けた。
だがメアリは母に従わず、父に逆らって婚約解消した。
結果、アンガス伯爵家は乗っ取られずに済んだが、メアリは死んだ。
その後、アンガス伯爵家は事実上無くなったが、メアリの母はケネス伯爵夫人として幸せに生きて行くのだろう。
これではまるで、メアリが間違っていて、メアリの母が正しかったようではないか。
別にメアリの母が憎い訳ではないけれど、少しくらい不幸になればいいのに、と思ってしまう。