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第八話 封印の崩壊

 冥子と桜は、大学の図書館で黄泉路亭(よみじてい)について調べていた。閉館時間が近づき、薄暗くなった館内で二人は向かい合って座っていた。


「これだけじゃ、まだ分からないことが多すぎるわ」


 冥子が、積み上げた古い資料の山を見ながら言った。彼女の眉間にしわが寄っている。


「冥子、黄泉路亭(よみじてい)のことでもっと知りたいことがあるの」


 桜の声は小さく、周りに聞こえないよう気をつけている。


「どうしたの、桜?」


 冥子が顔を上げ、桜を見つめた。


「実は、あの夜、黄泉路亭(よみじてい)で一人の老人に会ったの。骨嵬(こつがい)牙丸(きばまる)という人よ」


「牙丸さん? 私が寝ていた間のこと?」


 冥子の目が大きく開いた。


「そう。彼は幽世(かくりよ)ビルに住んでいると言っていたわ。そして、黄泉路亭(よみじてい)のことをよく知っている様子だった」


 桜は牙丸との出会いを簡潔に説明した。


「その人なら、私たちの疑問に答えてくれるかもしれないわね」


 冥子が立ち上がり、本を閉じた。


「そうね。幽世(かくりよ)ビルに行ってみましょう」


 桜も立ち上がった。


 二人は図書館を出て、幽世(かくりよ)ビルへ向かった。


 *


 ビルに到着し、集合ポストの名前を探す。それは意外にも、ビルの屋上だった。


 冥子と桜は、黄泉路亭(よみじてい)について詳しく知るため、牙丸の家を訪ねる。秋の夜風が二人の頬を撫で、屋上に植えられた木々のざわめきが不気味な雰囲気を醸し出していた。


 牙丸の家は、屋上に建った古い日本家屋で、苔むした石畳の小道が玄関まで続いていた。ビルの屋上とは思えないほど自然な景観だった。


「逃げ出せたようでよかった。来るとは思っていたけど、早かったね」


 玄関で呼び鈴を鳴らすと、すぐに牙丸が二人を招き入れた。家の中は、古書や骨董品で埋め尽くされており、かすかな線香の香りが漂っていた。


「牙丸さん、黄泉路の伝説について教えてください」


 前置きなし。単刀直入。冥子が真剣な面持ちで切り出した。彼女の目には、好奇心と不安が入り混じっている。


 牙丸は重々しく息を吐き、語り始めた。その表情には、長年の重みが刻まれている。


「黄泉路の伝説か……長い間、誰にも話していなかったよ」


 牙丸は古びた茶箪笥から、一枚の古文書を取り出した。その文書には、不気味な図像と解読困難な文字が記されている。


「黄泉路に封印されていた魔物は、人の心の闇に反応し、その力を増幅させるんだ」


 彼の声には、警告と恐れが混ざっている。


「人の心の闇……」


 桜が呟く。彼女の心の中で、凛との対峙を思い出していた。


「そして、近年の霧雨(きりさめ)市の衰退と、人々の心の荒廃によって、封印が弱まっているんだよ」


 冥子と桜は、驚きの表情を浮かべる。二人の間に、緊張が走る。


「だから、黄泉路亭(よみじてい)が現れたのね」


 冥子が理解を示す。彼女の声には、恐れと共に、何かを成し遂げようとする決意が感じられた。


「その通りだ」


 牙丸が頷く。彼の目には、二人への期待が宿っている。


黄泉路亭(よみじてい)は、魔物が再び力を得るための、一種の触媒のような役割を果たしていたんだ」


「じゃあ、黄泉路亭(よみじてい)が消えても、問題は解決していないってこと?」


 桜が不安そうに尋ねる。彼女の声が僅かに震えている。


「残念ながら、そうだね」


 牙丸の表情が曇る。部屋の空気が、一層重くなる。


「魔物を再び封印するためには、人々の心に希望の光を取り戻す必要がある」


「どうすれば……」


 冥子が途方に暮れる。彼女の目には、不安と戸惑いが浮かんでいる。


 牙丸は二人を見つめ、静かに言った。彼の目には、二人への信頼が宿っている。


「それは、君たち自身が見つけ出さなければならない答えだ」


 冥子と桜は、重大な使命を背負ったことを実感した。二人の間に、言葉にならない決意が生まれる。


 *


 牙丸の家を出た冥子と桜は、再び幽世(かくりよ)ビルの前に戻っていた。夜の闇が二人を包み込み、街灯の光が不気味な影を作り出している。


「ここで何かできるかもしれない」


 冥子が決意を込めて言う。彼女の目には、強い意志の光が宿っている。


 二人が地下へと続く階段の前に立つと、突然、妖艶な音楽が聞こえてきた。その音色は、どこか懐かしくも不気味で、二人の背筋に冷たいものが走る。


「まさか……」


 桜が驚きの声を上げる。彼女の顔が、恐怖で蒼白になる。


 黄泉路亭(よみじてい)が、再び姿を現したのだ。階段の奥から漏れる幻想的な光が、二人の姿を不気味に照らし出す。


 店内に入ると、そこには凛の姿はなかった。しかし、客たちは再び生気を失い、魂が抜けたように虚ろな表情をしていた。空気が重く、まるで時間が止まったかのようだ。


「どうして……」


 冥子は戸惑いを隠せない。彼女の声が、かすかに震えている。


「魔物の影響が強まっているのね」


 桜が冷静に状況を分析する。しかし、彼女の瞳には、明らかな恐れが浮かんでいる。


 二人は、事態の深刻さを実感し、早急に対策を立てる必要性を感じていた。店内の空気が、二人の肌を這うように冷たく感じられる。


「桜、私たちにしかできないことがあるはず」


 冥子が決意を新たにする。彼女の声には、かすかな震えと共に、強い意志が感じられた。


「ええ、霧雨(きりさめ)市を、そしてここにいる人々を救わなきゃ」


 桜も同意する。彼女の目には、冥子と同じ決意の光が宿っている。


 二人は固く手を握り合った。その手の温もりが、互いの勇気を奮い立たせる。黄泉路亭(よみじてい)の再出現は、彼女たちの戦いがまだ終わっていないことを示していた。そして、その先には霧雨(きりさめ)市全体を覆う闇が待ち受けているのだ。


 冥子と桜の目には、恐れと共に、強い決意の光が宿っていた。二人の新たな戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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