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第五話 歪んだ楽園

 桜は、冥子を探しに向かった。黄泉路亭(よみじてい)の薄暗い店内を、慎重に歩く。空間は柔らかな光で照らされ、薄い霧が立ち込めていた。時折、不気味な音楽が聞こえ、桜の体は緊張で硬くなった。彼女の鼓動は早くなり、呼吸も浅くなった。


「冥子……どこ?」


 桜の声は、不安と焦りで震えていた。彼女の目は、店内を隅々まで探り、冥子の姿を必死に追っている。瞳孔は開き、首を左右に振りながら、友人の姿を捜した。


 客たちは、無表情で酒を飲み続けている。グラスを持つ手の動きは一定のリズムで繰り返され、ぎこちない。彼らの目は焦点が合わず、虚空を見つめている。体の動きは硬く、反応が鈍い。桜は客たちの不自然な様子に違和感を覚え、背筋が寒くなった。


 桜が店内を見回すと、窓が消え外の音が一切聞こえなくなっていた。時計も消えて、時間の感覚がつかめない。入口のドアは、来た時と違って見えなくなっている。空気は重く、呼吸がしづらい。桜はこれらの観察から、黄泉路亭(よみじてい)が外部と完全に切り離された空間だと判断した。


「ここは、現実の世界とは違う場所なのかも……」


 桜の心臓が激しく脈打ち、胸が締め付けられる。額から冷たい汗が流れ落ちる。喉が乾き、手の震えが止まらない。それでも、桜は一歩一歩前に進んだ。黄泉路亭(よみじてい)の薄暗い通路を歩きながら、彼女は冥子の名前を心の中で繰り返した。友人を見つけ出すという決意が、桜の足を動かし続けた。


 *


 桜は、再び奥の部屋へと向かう。今度こそ、中を確かめねばならない。彼女の中で、好奇心と恐怖が激しくぶつかり合う。


 凛に見つからないよう、慎重に部屋の扉を開ける。扉のきしむ音が、異様に大きく響く。桜は息を止め、全身の筋肉を緊張させた。


「よし……」


 桜の声は、かすかなささやきになっていた。


 部屋の中は薄暗く、奇妙な装置が置かれていた。空気が重く、息苦しさを感じる。部屋の隅々には、不気味な影が濃く滲み、その暗がりが徐々に広がっていた。桜の目は暗闇に慣れ始め、部屋の詳細が見えてきた。


「これは……一体何?」


 装置をよく見ると、人間の形をした容器が中心に据えられ、そこから無数の管が伸びていた。管の中を赤い液体が流れ、計器の針が激しく振れている。壁には「生気抽出装置」という文字が刻まれており、これが人間の生気を吸収するための装置だと理解した。複雑に絡み合った管や計器は絶え間なく動き、うねるように稼働していた。


「まさか……これが……」


 桜の声が震える。彼女の頭の中で、恐ろしい真実が形を成し始めていた。


 装置には、複数の管が繋がれており、その先には客たちが眠っている部屋へと続いている。管の中を、かすかに光る液体が流れているのが見えた。


 突然、部屋の奥から物音がする。桜は慌てて隠れる。彼女の心臓が、今にも飛び出しそうなほど激しく鼓動する。


 そこへ凛が現れ、装置を操作し始めた。桜は、凛が客たちの生気を吸い取っている現場を目撃する。凛の手つきは優雅で、繊細な指の動きが複雑な装置を巧みに制御していた。その姿は美しく、しかし同時に恐ろしかった。桜は息を飲み、恐怖と怒りが胸の中で渦巻く。


 桜の体が震え、正義感が燃え上がる。


「許せない……」


 桜の拳が、無意識のうちに強く握りしめられていた。


 *


 こっそり部屋を出た桜は、怒りに震えながら、冥子を探し出す。部屋の隅々まで目を凝らし、友人の姿を必死に探す。


 部屋の隅に、複数のベッドが並んでいるのを発見。その一つに、冥子が横たわっていた。冥子の顔は蒼白で、唇の色が失せ、目は深く窪んでいた。胸の上下する動きはかすかで、生命の兆しがほとんど感じられない。


「冥子!」


 桜の声が、部屋に響き渡る。


 冥子は、装置に繋がれたベッドの上で眠っていた。彼女の肌は雪のように白く、長い黒髪が枕に広がっている。冥子の体には無数の管が繋がれ、生命力が徐々に奪われていく。


 桜は、冥子の姿を見て、彼女の生気が徐々に失われていることに気づく。冥子の様子は明らかに正常ではなかった。


「こんな……許せない!」


 桜の声には、怒りと悲しみが混ざっていた。


 桜は、冥子を助けようと、装置から管を外そうとする。彼女の手が震えている。どうすれば冥子を安全に解放できるのか、頭の中で必死に考えを巡らせる。


「待ちなさい」


 冷たい声が響く。


 振り返ると、そこには凛が立っていた。その表情は、もはや人間のものではない。凛の目は、妖しく光り、その姿は美しくも恐ろしかった。


「あなたは……本当に人間じゃないのね」


 桜は震える声で言った。彼女の中で、恐怖と勇気が激しくぶつかり合う。


 凛は、冷酷な表情で、桜に黄泉路亭の真実を語り始めた。その声は氷のように冷たく、しかし不思議な魅力を秘めていた。


「ようこそ、私の楽園へ」


 凛の目は鋭く光り、その瞳には人間離れした何かが宿っていた。


「黄泉路亭は、私の復讐の舞台。ここに迷い込んだ者たちから、永遠に生気を吸い取り続けるのよ」


 凛の言葉には、冷酷さと同時に、どこか寂しさも感じられた。


「私はかつて人間だった。三百年前、裏切られて殺された巫女。そして……私は魔物となった」


 桜は、凛の悲しい過去に言葉を失う。彼女の心の中で、恐怖と同情が入り混じっていた。


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