第二話 妖艶なママ
冥子と桜は、凛に勧められるまま、黄泉路亭のカウンター席に座った。店内の空気は甘く重く、二人の意識を徐々に朦朧とさせていく。カウンターの表面は鏡のように磨き上げられ、ほのかな紫色の光を放っている。
店内には数人の客がいたが、皆どこか生気がなく、不気味な雰囲気を漂わせていた。その姿は、まるで人形のように動きが硬く、目は虚ろだった。
「何がお飲みになりますか?」
凛が尋ねると、冥子は躊躇いがちに口を開いた。彼女の指先が、わずかに震えている。
「あの、何かオススメは?」
「そうね……特製カクテルはいかがかしら?」
凛は妖艶な笑みを浮かべながら、二人にカクテルを作り始めた。その手つきは優雅で、シェイカーを操る姿は、しなやかな舞踊家を思わせた。指先の動きは流れるように滑らかで、グラスを扱う様子には芸術的な美しさがあった。
凛特製のカクテルは、見た目は美しかったが、どこか奇妙な香りがした。グラスの中で、紫と青の液体が渦を巻いている。
「さあ、召し上がれ」
凛がグラスを差し出した。その瞳には、何か底知れぬものが潜んでいるように見えた。
冥子は恐る恐る口にすると、今まで味わったことのない不思議な味が広がった。甘さと苦さが絶妙に調和し、舌の上で踊る。
「わあ、おいしい!」
「そう? 良かったわ」
凛は満足げに微笑む。その笑顔には、どこか危険な魅力が潜んでいた。
冥子は、カクテルを飲むにつれて、気分が高揚していくのを感じた。頭がふわふわとし、周囲の景色がゆらゆらと揺れ始める。好奇心に駆られ、凛に質問を投げかけた。
「ねえ、凛さん。どうして黄泉路亭は月に一度しか現れないんですか?」
凛は笑みを浮かべた。唇の端が上がり、目が細くなった。
「ここは、特別な場所だからよ」
「特別? どういう意味ですか?」
「それは、あなたたち自身で見つけるべきことね」
凛の言葉に、冥子はさらに興味を掻き立てられた。彼女の目は好奇心で輝き、頬は興奮で赤く染まっている。
一方、桜は他の客の様子がおかしいことに気づいていた。彼らは意識がないように座っており、目は焦点が合わず、虚空を見つめている。体の動きは不自然で硬く、グラスを持つ手の動きは機械的だった。客たちの顔に表情がなく、生気を失った人形と見間違えるほどだった。
「冥子、ちょっと……」
桜が顔を寄せて小声で呼びかけた。彼女の声には、明らかな不安が混じっている。
「どうしたの?」
「この店、何か変よ。他のお客さんたち、様子がおかしいわ」
桜は、凛が何か怪しいことをしていると疑い始めた。彼女の直感が、危険を察知している。
「冥子、もう帰りましょう」
桜が促した。彼女の手は、冷や汗で湿っていた。
しかし、冥子は凛の魅力にすっかり取り憑かれ、聞く耳を持たなかった。彼女の目は、凛の姿を追うことに夢中だった。
「もう少しだけ……」
桜は、仕方なく一人で黄泉路亭の調査を始めることにした。彼女の心臓は太鼓を打ち鳴らし、背筋に冷たい汗が流れた。
「少し店内を見て回ってもいいですか?」
桜が凛に尋ねた。彼女の声は、わずかに震えていた。
「ええ、どうぞ」
凛は微笑んだが、その目は冷たく光っていた。まるで、獲物を見つめる捕食者のように。
「凛さん、もっとお話聞かせてください」
冥子は、ますます凛に惹かれていった。彼女の意識は、凛の言葉に支配されつつあった。
凛は冥子を見つめ、さらに深い話題へと誘い込んでいく。その声は、蜜のように甘く、冥子の理性を溶かしていく。
桜は不安を感じながらも、店の秘密を探るため、そろりと席を立つ。黄泉路亭の謎は、まだ分からない。店内の空気は、ますます重く、濃密になっていく。何か大きな秘密が、この場所に隠されている。桜は確信を持って動き始めた。