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第一話 噂の真相

 霧雨(きりさめ)大学のオカルト研究会室。昼下がりの薄暗い部屋に、夜摩(やま)冥子(めいこ)の興奮した声が響き渡った。窓から差し込む柔らかな光が、埃っぽい空気を浮かび上がらせている。冥子は長い黒髪を軽くかき上げながら、目を輝かせてパソコンの画面を見つめていた。


「ねえ、桜! これ、見てよ!」


 冥子は虚夢(きょむ)(さくら)へ顔を向け、パソコンの画面を指さした。彼女の細い指が、画面上で小刻みに震えていた。


 そこには幽世(かくりよ)ビルという古い雑居ビルの地下に、月に一度だけ現れる怪奇スナック「黄泉路亭(よみじてい)」があるという噂が書かれていた。冥子の大きな瞳は好奇心に輝き、頬は興奮で赤く染まっていた。


 桜は冥子の横に座り、画面をのぞき込む。彼女の表情には、興味と警戒が入り混じっていた。桜の短めの茶色い髪が、首元でわずかに揺れる。彼女は眉をひそめ、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「へえ、面白そう。でも、本当にあるのかな。噂なんでしょ?」


 桜の声には、わずかな懐疑の色が混じっていた。彼女は無意識のうちに、自分の制服のスカートの端を指でつまんでいる。その仕草には、彼女の慎重な性格が表れていた。


「噂だけど、確かめに行こうよ!」


 冥子の目が輝いた。その輝きは、まるで宝石のように美しく、桜の心を惹きつける。


「今夜は満月よ! 絶対に行ってみたい!」


 桜は眉をひそめた。彼女の直感が、何か危険なものを感じ取っている。


「でも、危険かもしれないわ」


「大丈夫よ。二人で行けば怖くないわ」


 冥子は桜の腕をくいくいと軽く引っ張る。その仕草には、幼い頃から変わらない冥子の無邪気さが垣間見える。

 桜は深く息を吐き、決意を固めた。


「わかったわ。でも、危なそうだったらすぐに帰るのよ」


 *


 夜の闇に包まれた幽世(かくりよ)ビルの前。路地裏で人通りはなく、ビルは不気味な雰囲気を漂わせていた。満月の光が、ビルの輪郭をかすかに照らし出している。


「ねえ、本当に大丈夫?」


 桜は周囲を見回しながら、不安そうに呟いた。彼女の声は、夜の静寂の中でかすかに震えている。


「大丈夫よ、二人で来たんだから」


 冥子は強がったが、その声には僅かな震えが混じっていた。彼女の手は、無意識のうちに桜の手を握りしめていた。


 二人はビルの入口に近づいた。壁に小さく「黄泉路」と書かれた札が貼られているのを発見する。札の文字は、かすかに赤く光っているように見えた。


「見て、桜! これが合図だわ」

「ええ、間違いないわ。私たち、正しい場所に来たみたい」


 桜の声には、興奮と不安が入り混じっていた。


 *


 ビル内を探索するも、スナックらしきものは見当たらない。冥子と桜は、諦めかけていた。薄暗い廊下に二人の影が長く伸びていく。


「やっぱり、噂だけだったのかな」


 冥子は肩を落とし、がっかりした表情を浮かべた。その瞳には、期待が裏切られた悲しみが浮かんでいる。


 その瞬間、地下から妖艶な音楽が微かに聞こえてきた。その音色は、どこか懐かしくも不気味な雰囲気を醸し出していた。


「聞こえる? この音楽……」


 桜は首を傾げ、耳を澄ました。彼女の表情には、好奇心と警戒心が入り混じっている。


「うん、確かに聞こえるわ! その音がどこからなのか探しましょう」


 音に導かれ、二人は地下一階へ続く階段を発見した。階段は薄暗く、湿った空気が漂っていた。


 *


 階段を降りると、そこには煌びやかなネオンサインで彩られた「黄泉路亭(よみじてい)」があった。ネオンの光が、二人の顔を幻想的に照らし出す。


「嘘……本当にあったの?」


 桜が驚きの声を上げた。彼女の目は大きく見開かれ、信じられない光景を目の当たりにして言葉を失っている。


「信じられない……」


 冥子も目を見開いていた。彼女の声には、興奮と恐怖が入り混じっている。


 店内から、美しい女性の人影が見えた。冥子が意を決して店内に入っていくと、妖艶な雰囲気を漂わせる美女が出迎えた。彼女の肌は月光のように白く、長い黒髪が優雅に揺れていた。


「いらっしゃいませ。初めてのお客様ね」


 美女は艶やかな声で語りかけた。その声は、蜜のように甘く、聞く者の心を魅了する。


「私は夜叉姫(やしゃひめ)(りん)。この黄泉路亭(よみじてい)のママよ」


 凛の美しさに、冥子は思わず息を呑んだ。彼女の心臓が早鐘を打つのが聞こえそうだった。


「こ、こんばんは……」


 桜は警戒心を解かなかった。彼女の目は、凛の一挙一動を見逃すまいと注意深く観察している。


「こんな所に、こんなお店があるなんて……」


 凛は微笑んだ。その笑顔は美しくも危険な魅力を秘めている。


「ゆっくりしていってね」


 冥子と桜は、未知の世界への一歩を踏み出した。そこで待ち受けているものが、好奇心を満たす程度で済むのか、それとも取り返しのつかない事態になるのか、二人にはまだわからなかった。店内には甘美な香りが漂い、二人の感覚を徐々に麻痺させていった。

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