第九話 起『やぁ、僕はアンダーソン!エリーのお友達だよ!』
「「第八回」」
「エリーゼと!」
「やぁ、僕はアンダーソン!」
「「前回のあらすじ!」」
生前のエリーゼが涙目でアンダーソン人形を手に腹話術をしている。
流石人形劇を目指すだけあって、腹話術もお手の物の様だ。
「なんでよりによってアンダーソンと……」
「やぁ、僕はアンダーソン!エリーのお友達だよ!」
丸いボタンの瞳、茶色の毛糸の毛髪に真っ赤なフェルトのベストと緑のカエサルパンツ。
「やぁ、僕はアンダーソン!当時のエリーの好みのタイプだよ!」
泣き叫ぶエリーゼをよそにアンダーソンは本を捲る。
「やぁ、僕はアンダーソン!エリーに代わってあらすじを読むよ!」
必ず話す前に自己紹介を挟むというのはテンポが悪いにも程がある。
「やぁ、僕はアンダーソン!実は物語の構成で、起承転結の後は裏話を入れることになっているよ!」
メタなことを言うとそうなる。
物語全体には関与してるものの、あらすじっていうのをやめて裏話にしたらいいのにとも思うだろう。
「やぁ、僕はアンダーソン!それはイベントの規約的に無理だね。だってあらすじ800文字以内らしいからね。しょうがないから銘打つのはあらすじってことになるよ」
「後ろ暗いから、最後のところだけあらすじを読み上げるね。トーマス君ピンチ!」
それだけで理解出来るのはかなり絞られるだろう。
「やぁ、僕はアンダーソン!エリーはポンコツ!」
「私の意にそぐわない事をアンダーソンが言い始めた!?」
それはそうである。
これまでの構成上、このあらすじや裏話は二人構成なのだ。
特例で1人になる訳では無い。
「やぁ、僕はアンダーソン!お抱えの編集者さんの裏話だけど、編集者さんはエリーがお気に入りらしいよ!具体的にどこかっていうとね!」
『はぁ……尊い。私の子ども達が尊い。』
「ああああ!!やめてぇぇぇ!!恥ずかしいから指摘しないで!!」
巡り巡って自分に帰ってくる。
投げたブーメランがエリーゼに刺さっていた。
フレデリカから告げられる真実。
全てを聞いて、トーマスは表情を強張らせる。
死か傀儡か。
フレデリカは魔女である。
彼女がアルフレッドと私を助けたのは気まぐれ。
だから、トーマスはもう気まぐれの外に居るのだろう。
けれど、選択肢を委ねるだけの温情はあった。
あとは彼がどちらを選ぶのか。
脂汗の浮かぶ額。
瞳は泳ぎ、この年頃なら泣けば済む事の多い様に思うが、彼はそうはしなかった。
それぞれのことがらを受け止めたのだ。
そして、トーマスは私の事を見てきた。
魔女だらけの部屋でグレースケールの体に目を奪われるのはどういった了見なのか。
「……あのベンチを飛ばしてくれたのは貴方なんですね」
面と向かって言われて、私は頷く。
「そうだよ。ジェルンが心配でこっそり後をつけてたけど」
「うわ、きっしょいな……ストーカーですか?」
一転掌返しに部屋の家具が浮いた。
「そう言われたらそうだけど!違うもん!!」
トーマスは次いでドロシーを見た。
「蜘蛛の糸で自分とみんなを守ってくださったんですね」
「ふふっ、感謝でもしてるのかしら?」
「いいえ、中途半端なことしか出来ないんですよね?」
「ふふっ、私……この子嫌いかも」
青筋を浮かべるドロシー。
そして、遂に瞳はフレデリカへと向いた。
「子ども相手に大人げないですよ?」
「それがこの世界で魔女が生きていくための誓約だからかしらね」
「貴女はとても残酷だ。自分は貴女に付いていくことは無いでしょう」
全ての退路を絶ち、トーマスはレディグラスへと跪く。
「自分は自分に向けられた恩義は忘れません。河川もろともライオンを封じる貴女の氷はとても美しかった。他の魔女に傀儡として仕えるぐらいなら、この場で貴女の手で自分を氷漬けにしてください」
トーマスは頭を垂れてレディグラスの反応を待つ。
ジェルンはレディグラスの反応を見て共にトーマスの横に跪いた。
ジェルンの連れてきた人間の子ども。
それだけでレディグラスへの心象は良く無いだろう。
だから、ジェルンはトーマスが助かるように共に頭を下げる選択を取ったのだ。
私はトーマスにそこまでの執着はない。
トーマスのために何かしようとは思えなかった。
「トーマスを助けて欲しい。フレデリカが力を貸さない場合、不足だろうけど俺が力を貸す」
レディグラスは冷たい息をトーマスへと吹きかける。
トーマスの足から霜が塊となり、やがて全身を覆う氷塊となった。
焦るジェルンを見てレディグラスはジェルンの頭に手を置く。
「勘違いしないで欲しいのだけど、傀儡にするには1度こうするしかないのよ」
レディグラスはそうしてトーマスの事を受け入れたのだった。
「それに、手を貸してくれるのでしょう?」
涼やかな笑顔。
「もちろんだ」
ジェルンは強く頷くのだった。
なぜ、ジェルンはトーマスのために頭を下げたのか気になって火起こしをするジェルンの傍らに寄り添いジェシカと共に話しを聞く。
「ジェシカの友達だからだ。それに、心の錬金術師を目指す俺が俺の舎弟を見殺しにしていいはずがない」
ジェルンのその言葉にジェシカは緩い笑顔を向けた。
「ありがとうございますジェルン」
まだ言葉は機械的だが、無感情には程遠い暖かさがあった。
私は自分本位な所がある。
特別な人以外の誰に何と思われても構わない。
自分のやりたいことをやれるなら友達もいらない。
大切な時間を誰かに奪われるのも嫌。
だから、私とジェルンとジェシカの時間を奪う人達はみんな好きにはなれないのかもしれない。
好きになれないならそれでもいいが、彼らの味方をしてあげるのも難しいということになる。
勿論事件に巻き込まれた子ども達を助けに来たジェイクの様に私も誰かを助けたりはするだろう。
しかし、それは他人の問題になれば関与はなるべくしない。
人と関わる事は昔から良い思い出が無いのだ。
「私は……自分勝手だったかな?」
問いかけると、ジェルンは頷く。
「それは今に始まった話じゃないな」
面と向かってその言葉に同意されると少し凹む。
特別な人にはあまり嫌な人みたいに思われたくないのだ。
「エリーは昔から我儘で、自己中心的で、面倒くさい奴だ」
炎が燃え上る。
私はその炎を吸い上げた。
「ふーんだ!」
涙目で逃げ出す。
「だけど……良い所も沢山ある」
背後から近付く足音に胸が高鳴る。
「エリー」
優しい声音。
私は期待を胸に振り向いた。
「やぁ、僕はアンダーソン!エリーのお友達だよ!」
私の心は脆く崩れ落ちた。
「よりにもよってジェシカが……私もう立ち直れないよぉぉぉ!」
愛娘に私の黒歴史の模倣をされる母の図。
ジェルンは笑い転げていた。
ダメだよもう立ち直れないよ。
トボトボと部屋に戻る私の目に氷が徐々に解けていくトーマスが映った。
トーマスは氷が溶けると共にゆっくりと地面へと倒れた。
レディグラスは傍らに座り込み、トーマスの手に触れる。
「ようこそ氷の世界へ」
トーマスはゆっくりと目を開き、手足に力を込め始める。
「ここは……凄く温かいですね」
かじかんだ手の平。
霜焼けで痒いのか手足を掻いている。
次いで盛大なくしゃみ。
鼻水を垂らしてガクガクと震え始めた。
「あぁ……寒い。貴女はずっとこの寒さに耐えて……」
トーマスはレディグラスを見上げる。
レディグラスは微笑と共に答えた。
「私はルアプス山で遭難して死んだのよ。その当時猛吹雪の山を歩かなくてはならない事情があったの。病の母を診てもらうために病院まで向かう最中だったわ。私は死に、魔女となり。母は一命を取り留めた」
「お母さんにはそれからは……?」
レディグラスは首を横に振る。
「会える訳がない。私は魔女だから。母を悲しませる事になるから」
トーマスは目を伏せ、自らの手に触れているレディグラスの手にもう一方の手を重ねた。
フレデリカはどうするのだろうか。
レディグラスの協力要請に前向きでないのは確かだ。
水の魔女は聖水を扱う。
それはライオンの事からも容易に想像がつく。
となれば、危険は伴い段違いのリスクを負うことになる。
本来ならば彼女は消えたがりと言われるほどに自殺願望があるかのような肩書きだ。
そう言えば、どうして彼女は消えたがり等と呼ばれているのだろうか。
彼女がそう思う理由と背景を私は知らない。
世間が彼女に消えたがりとレッテルを押し付けているのだろうか。
「ねえ、フレデリカ」
私は興味本位で彼女に近付く。
フレデリカは私を視界に捉えて、話しを待つ。
「なぜフレデリカは消えたがりと呼ばれているの?」
その言葉にドロシーが答えた。
「ふふっ、だってその子は」
「黙りなさい」
遮るフレデリカ。
「いつか、教える時が来るかもしれないとは思っていたけど、こんなに早く教えるなんて思っていなかったわ」
レディグラスがトーマスの傍らを離れてドロシーと立ち並ぶ。
「私は……私は……ずっと昔の記憶が無いのよ」
「……その話じゃ消えたがりにはならないのでは?」
私の問いにフレデリカは首を横に振る。
「私は忘却の魔女に全ての記憶を消すように頼んだ……らしいわ」
「だから、消えたがり?」
「ええ、そう……私は忘却の魔女や水の魔女に近い存在だった」
ドロシーが蜘蛛を手玉に糸であやとりを始めた。
シリアスな場面なのに空気を読んで欲しいものだ。
「ふふっ、見て見て上手に出来たわよ……蜘蛛の糸でライオン!」
「う……上手い!」
後ろからドロシーとトーマスのやり取りが聞こえて後ろ髪が引かれる。
……見たい!
けれど、この機会を逃したら次にいつ聞けるか分らない。
私は話しを優先する選択をした。
「それはどういう事?」
「記憶を失ってからの記憶でしかないけれど、私はこの国を運営する魔女の一人だった」
それが本当ならば、レディグラスやドロシーとは敵だったということになる。
けれど、今こうして水の魔女との戦いの助力を請われるということは、今はその関係に無いということだ。
「女神アポストロフィなんて言われているけれど、その正体は永遠の魔女アポストロフィ」
永久。
それを聞いて思い当たるのは御神薬である。
若さと健康を与えると伝え聞いた。
国を運営するに立場の人間ならば、永遠の魔女の力を欲するのも分かる。
「彼女は寿命を引き伸ばす代わりに国を裏で牛耳っている」
「魔女が国を……?」
それでどうして魔女狩りなんてことになるのだろうか。
「アポストロフィが国家を牛耳っている現状から分かるかもしれないけれど、彼女はかつての革命軍に属していた。革命によって命を落として国の永遠の反映のために魔女になったの」
「国のために?」
「そう、全ては悪政を強いる国を正すために。そして、彼女は次なる革命を恐れている」
だから、力を持つ魔女を恐れて魔女狩りを行っている。
ようやく私の中で辻褄が合う。
「実際、貧困に喘ぐ声も聞こえない筈。だから、人間にとってはアポストロフィは本当に良き存在なのよ」
無差別に行われる魔女狩りさえ無ければ。
ということになる。
「アポストロフィは自分達以外の魔女が攻める事を恐れてる。永遠の魔女は戦闘に長けた呪いを持っていないから尚更ね」
「フレデリカは本当は何の魔女なの?」
フレデリカは己の掌を暖炉の火に透かして見せる。
「察しは付いているかしら?」
あまり口にしたくはないらしい。
しかし、空気を読まない女が乱入してきた。
「ふふっ、貴女いつまで逃げてるつもりなの?貴女が逃げたことでジェルンとエリーゼを巻き込む大々的な魔女狩り運動が起こったっていうのに」
フレデリカはドロシーに冷たい視線を向けて額を押さえる。
「気が重いのよ……この話をしようとするとね」
「ふふっ、貴女が言いたくないなら私が全部言うわよ?」
先程、他人の口から説明されるのを遮るフレデリカである。
今回もドロシーの申し出を突っぱねる様に口パクで『黙りなさい』と伝える。
「……私はかつて、輪廻の魔女リーンカーネーションと呼ばれていたわ。私が記憶を消すことを願ったのは信頼の魔女アベレージとの記憶を消すため……らしいけど、忘却の魔女ヘレンの言うことだから全部が定か……かは、分らないわね」
「ふふっ、ちなみにアベレージは私達と同じくしてアポストロフィの敵側……彼女は記憶を消す前からこちら側への接触はしていたのよ」
フレデリカは額を押さえている。
この事を思い出して話すだけで負担があるようだ。
「辛いかもしれないけど知れてよかった。ありがとうフレデリカ」
フレデリカはリーンカーネーションと呼ばれなかった事に安堵している様子だった。
彼女は敢えてフレデリカという名を名乗っている。
きっとリーンカーネーションの名は彼女が嫌うものなのだろう。
「それで、かつての仲間に貴女は敵対できるのかしら?」
フレデリカは首を横に振る。
「記憶を消す前ならきっと力になれたかもしれないけど、私はもう何もかも忘れてフレデリカという別の魔女として生きていくつもりなのよ」
レディグラスはフレデリカから私とドロシーへと目を向けた。
「貴女達は……聞かなくてもやるわよね」
ドロシーは頷き、私は首を傾げる。
「え、なんで?」
フレデリカがやらないのに、なぜ私が巻き込まれる算段になるのだろうか。
「ジェルンが心配でストーカーするくらいなら、始めから手伝いなさいよ」
「ストーカーって言わないで!」
アンダーソンやストーカーと言われたい放題である。
私は今、遺憾の意。
堪忍袋の緒が切れる。
怒髪天。
この怒りはどこに向けようか。
こういうときは昔からクッションをポコポコ叩くことで解消してきた。
私はソファーの上のクッションに拳を握りしめて叩く。
スカッスカッ。
叩けないのである。
少し悲しくなり怒りは収まった。
「水の魔女ウォルターか」
聖水の脅威をその身で感じた私には分かる。
あの何も痛くもないが存在が希薄になっていく消えているという実感。
消失感というべきだろうか。
自分というものがなくなってしまう。
あの物悲しい感覚。
「やだなぁ、消えたくないなぁ」
やりたいことがまだあるのに、消えてしまうのは嫌だ。
「ジェルンは怖くないのかな?」
ジェルンはジェシカと火の後始末をしている。
「ねーねー」
私が話しかけに向かうと、間が悪く来訪者が訪れた。
「クールだぜ!」
「すまないな、火は消してしまった後なんだ」
ジェルンがそう言って再び火を起こそうとすると、ベルヴィルは止める。
「ああ、何の傀儡なのかで必要になるものは違うから、クールな俺のは用意しなくていい。というかそもそも俺は傀儡じゃねーしな」
思い返すのはレディグラスの氷塊を受け止められる膂力である。
「どういうことだ?」
気になったので私も近くへと寄る。
「試練の魔女オーディアルの出す試練を突破すると、力が得られるんだが、俺はそれを死ぬ気でやって突破した。だから俺はただの人間なのさ……クールだろう?」
「それは確かにクールだなベルベルおじさん」
「クールじゃねえ呼び方は辞めろ」
ガイから聞いた呼び方は不服の様子だ。
「ねー、ベルベルおじさん」
ここは流されておこうと私も呼んで見る。
「なんだよ幽霊のお嬢ちゃん……ベルヴィルだ。クールにな?」
「傀儡じゃないのにレディグラスと一緒に居るのはなぁぜなぁぜ?」
ベルヴィルは顎に手を当てて考える。
「クールじゃねえな。そいつは野暮な質問ってもんさ」
レディグラスは綺麗な女性である。
美しい黒髪は光の反射で青く輝く。
冷たく細く切れ長の目に輝くサファイアの様な瞳。
細くしなやかな体躯に白いフリルの付いた柔らかな水色のドレス。
惚れてしまうのも無理はないだろう。
「レディグラスはクールな俺の娘だ」
「お父さん!?」
それは全くの予想外である。
お母さんに会えないと言っておきながらお父さんとは一緒に居るというのはどういう矛盾なのか。
お母さんが魔女を嫌っていて、お父さんが魔女に理解があったというそれだけなのだろうか。
「それにしても似てないね」
「あいつはクールな俺じゃなく、綺麗な母に似たのさ」
それは娘としては良かっただろう。
ベルヴィルはの見た目は怖い人の部類だ。
「義理とか?」
「……クールじゃねえ質問だな」
ベルヴィルを怒らせてしまったらしい。
「まあまあ、落ち着いてくれよベルベルおじさん」
私はあたふたと言葉を探していると、ジェルンがフォローに回ってくれた。
「許してくれ。こいつは引きこもりで世間知らずなんだ」
「更に追い打ちをかけないで!?」
フォローになっていないのである。
「全く……クールじゃねえ」
額に青筋を浮かべるベルヴィル。
そこにトドメを刺したのは感情が分らないジェシカだった。
「ねえ、ベルベルおじさんはどうしてクールとか付けるの?変だよ?」
ベルベルおじさん怒り爆発。
かと思いきや、ショックを受けて地面へと両手を付いていた。
「馬鹿な……嫁とオーディアルには好評だったんだぞ!?」
「むしろそれ以外が受け入れていない時点で分かってた事だよね」
ショックが大きいのか中々立ち上がらない。
純粋無垢な少女に言われたのが余程堪えたのだろう。
しばらくして立ち上がり、重い足取りで部屋の中へと入っていった。
次いで起こるのは怒号である。
レディグラスの怒号である。
気になって中に入る。
「じゃあ何な訳!?」
「クールになれ……水の魔女ウォルターは始めから俺達を誘い出すつもりだった。あいつは、アポストロフィを裏切ってこちら側に付くっていう主張だ」
「そんなの信用できる訳無いでしょ!?」
「利用するつもりで情報を引き出せ。クールにな?」
水の魔女ウォルターの裏切り。
フレデリカと同じ様な理由だろうか。
「忘却の魔女が絡んだとか?」
私が問いかけるとベルヴィルは首を横に振った。
「記憶は保ったままよ。奴は現段階でアポストロフィ側に付いている魔女の情報と交換でこちらに力を貸して欲しいそうよ……バカげてる!」
「どうするんだ?」
協力要請をしてきたのはレディグラスである。
つまり、彼女に協力しようというのなら、彼女の意思決定が優先される。
レディグラスは顎に手を当てて考える。
そこにトーマスが間に入った。
「アポストロフィ側の魔女の情報は聞けるに越したことは無いでしょう。それに、フレデリカさんからの説明を聞いて分かりましたが、悪魔は契約に逆らえないそうです。つまり、水の悪魔に誓わせたら良いのでは無いですか?」
トーマスの言葉にレディグラスは鼻で笑う。
「どうやって悪魔に会うつもりよ?」
「……水の魔女の傀儡に自分がなりましょう」
トーマスがそれを伝えると、ジェルンがトーマスの肩を掴んだ。
「正気か?」
「……僕には、それ以外に会える方法が分かりません。悪魔に契約させてしまえば、水の魔女もおいそれと裏切ることは出来ないでしょう」
沈黙が流れる。
この場において、トーマスの言っている事は理にかなっている。
しかし、それはトーマスの身を危険に晒すのと同じである。
先程のレディグラスの様に氷漬けになったのを見たら尚更だ。
恐らくウォルターも同様の水の極刑の様なものが行われるだろう。
水の極刑……。
そこで、私はトーマスが氷漬けになった状況と自らが死んだ水の極刑が重なった。
私はリビングに置かれたコップに手をかざす。
「どうしたエリーゼ?」
「思い過ごしなら……いいけど、もしかしたらウォルターは本当に裏切るつもりだったんじゃないかって」
コップの中に水が貯まる。
何も無い空間から水が注がれたのだ。
「……やっぱり。私は水の極刑で死んだ。その時恐らく同時に傀儡にされているみたい。そして、フレデリカの傀儡にもなった」
「確証には至らないと思いますよ。やはり自分も悪魔に会いに行くべきです」
トーマスとジェルンで作戦会議。
レディグラスとベルヴィルは先程の裏切る計画。
それに真実味が帯びてきているという事を受け入れ始めていた。
「水の魔女が私達の味方になりたい理由は何かしら?」
そこまで珍しく沈黙を保っていたドロシーが口を開く。
「ふふっ、見てこれ……蜘蛛の糸で服を作れたわ!力作よ!!」
関係ないの話だった。