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第五話 起『アーサムの火蓋』

「「第四回」」

「ジェシカと……」

「アルフレッドのー」

「「前回のあらすじ」」

ジェシカは珍しく考えふけっている。

「どうしたんだ?」

「私のやりたいことを考えていました」

考えるという思考の無限ループに陥っているみたいだ。

「すみませんが、あらすじはアルフレッド一人でやってください」

「考えてもあまり物を知らない世間に疎いジェシカに思いつくとは到底思えんが、やりたい事なんて直ぐに見つからなくてもゆっくり探せばいいと思うが」

答えは無い。

「そうか、マジで一人でやるのか……」

改めて丸投げされると清々しいものがある。

いっそ清々しいとよく言うがこれもそうだ。

「完全にスイッチそっち入って、こっち切れてんだもんな」

本を捲り、アルフレッドは語り始める。

「そっか、そうじゃん。これを読むってことは俺が前回エリーゼにやったことを口に出して読むって事じゃん」

本をまじまじと見つめ、力いっぱい閉じた。

「やーめた!」

本は投げ捨てられ床に転がる。

「うろ覚えで話すわ。エリーゼのところは端折って」

欠伸を交えて思いふける。

「と言っても、実はゆっくり書いてるせいでしっかりと内容把握出来てない。お抱えの元編集者にチェックしてもらったら、面白いらしいけど人物それぞれに個性がないと人が多くなるにつれて誰が話してるか分らなくなるなんて言われた。ま、絵になったら分かるって思ったけど、ドロシーにふふってやらせたり、オーディアルにギャハハってやらせたのはそのせいだったりする」

「それはあらすじではなく裏話です」

「ようやくこっちを見たか」

思考の無限ループは解消されたらしい。

「それで、やりたいことは見つかったのか?」

「考えても考えても思いつかないので諦めました」

賢明な判断だ。

「実際、ジェシカはこの本を見て面白いと感じたか?」

「この物語は四話で起承転結をし、二十話を終える頃には五つの物事を終える形になると聞きました」

「語るには文字数が足りないな」

夕暮れ時のピラ公園。

そこにジェシカとジェルンの二人が遊びに行く。

ジェルンはともかく、ジェシカにとっては初めての外出。

親心というものか、ジェシカが心配になった私はこっそりと二人を草葉の陰から覗いている。

「ここで合ってるハズだが」

ジェシカとはぐれないようにジェルンがジェシカの手を取ってエスコートしている。

はぁ……尊い。

私の子ども達が尊い。

「入口ではないのかもしれませんね」

公園の中に足を進めていくジェシカとジェルン。

すると、公園のブランコで何やら揉める声がしていた。

「やれやれー!トーマス君やっちゃえ!」

十人の子ども達に囲まれる様にしてガイとノイマンとソフィアが1人の少年相手に戦っていた。

その人物こそ一身に声援を受ける人物である。

ガイの様なやんちゃそうな見た目ではなく、ノイマンの様な賢そうな印象に近い。

黒縁眼鏡に黒髪のオールバックが特徴的だ。

しかし、見た目に反して力が強いのか、ガイが簡単に突き飛ばされていた。

この年頃の子ども有る有るだが、同年代でも体格が違う。

トーマスと呼ばれた少年は既に生前の私くらいはある。

大体150cm。

典型的な十代の身長である120〜130cm代のガイとノイマンには少し荷が重いだろう。

子どもの喧嘩と言えば、技術や理論とはかけ離れた体力と心構えの押収だ。

どれだけ保つか、どれだけ泣かないで頑張れるか。

ノイマンはもう諦めて泣いていた。

ソフィアは座り込んで見付けた時点で泣いていた。

ガイはまだ諦めずに立ち向かっている。

しかし、多勢に無勢。

せっかく立ち向っても続く仲間が彼には居ない。

「もう分かったでしょ?やめにしませんか?」

歯噛みし、土を握りしめて睨むガイ。

彼はまだ諦められずに立ち上がった。

「俺はまだ負けてねえ!」

傍観するだけだったジェルンが円陣を割って入っていく。

「……なんでしょう?彼らを説得してくれるのですか?」

ジェルンに向けて問うトーマス。

ジェルンはソフィアの頭を撫で、ノイマンの肩を叩き、ガイの背に手を添えた。

「俺はここに居る大将の一番の子分さ」

嘲る笑い声。

これには私も少しムッとなる。

先程まで追い詰められていたガイに1人味方が出来たぐらいで何か変わるとは思えなかったのだろう。

「よせ、いくらジェルンが強くても……相手はニョン公園の番長のトーマス君だ」

ノイマンがそう言って警告をする。

ジェルンは思い当たる節でもあったのか指を鳴らした。

「ああ、独房で反省させられて迎えに来た親にお尻叩かれてウンコ漏らしたっていう……あのトーマス君?」

「なんで知って……デタラメを言うなぁぁぁ!!」

ムキになって止めた辺り少し怪しい。

「ああ、違うトーマスか。じゃあ、公共の乗り合いで使われる移動用の幌馬車で疲れて寝るふりして女の子に寄りかかろうとして捕まったトーマスくん?」

「なんっ……ちがぁぁう!」

額に滲む汗の量が凄い。

「そうか、じゃあ」

「くそっ、黙れぇぇぇ!!」

冷静さを失い、興奮したトーマスの拳を躱して足を強かに踏みつけるジェルン。

痛みに反応して下を向いたトーマスの顎に手を当てて突き飛ばして呼吸を乱した所にみぞおちへの蹴り上げ。

流れるような三連打を受けてトーマスは気絶した。

「次」

ジェルンが手を招くと、囲んでいた子ども達は顔を見合わせて一斉に逃げ出してしまった。

「おい、トーマス君も連れて帰ってやれよ」

置いていかれたトーマスを見下ろして、肩を揺らすジェルン。

「おーい、しっかりしろ。トーマス?」

完全に伸びている。

これは駄目だと私の目から見ても分かった。


アジトであるという木の上によじ登る。

枝分かれした幹に人が何人か乗れるスペースがあり、枝分かれしたことを利用してその上に何枚かのベニヤ板が乗っていた。

足場としては充分であり、ガイ、ノイマン、ソフィア、トーマス、ジェルン、ジェシカで乗っても大丈夫な強度だった。

「どーだ!すげーだろ!」

子供の頃の秘密基地というのは私も作ったことがある。

たくさんの人形と私の秘密基地。

熊の旦那さんと子どもの虎に犬や猫。

気のいいお隣のアンダーソン……この話はもう辞めにしよう。

「懐かしいな」

ジェルンが秘密基地を見て何度か頷く。

「ジェシカ、昔お前の母さんも秘密基地を作っててな?」

「あああっ!」

止めようにも隠れてこの場に居ないことになっている私の介入は不可能だった。

「あいつはお隣のアンダーソンと不倫関係で」

「うぐぐぐぐぐ!ジェルンのバカ!!」

ジェシカに恥ずかしい記憶を共有されて、半ベソかきながら様子を伺う。

後で絶対にアルフレッドの昔の話をしてやると心に誓った。

「ねね、ジェルンカッコよかったね」

ソフィアがはしゃぎ気味にジェシカに問いかける。

ジェシカは格好良いと思う事は有るのだろうか。

「格好良いとは?」

「お兄ちゃんだから思わないかーそっかー」

実の兄妹という設定がここで生きてきた様だ。

「じゃあ、俺はどうだよ?」

ガイが名乗りをあげる。

「えー、ガイは弱いしカッコ悪かったよ?」

ソフィアが答えると、ガイはガックリと肩を落とした。

「ソフィアには聞いてねえよ!」

そこで、トーマスが身を捩り目を覚ました。

「ッ……ここは、どこでしょうか?」


事の顛末を教えてやると、トーマスは深い溜息。

「そうですか、自分は貴方に負けたんですね」

ジェルンの傍らに膝を着くトーマス。

「自分を貴方の舎弟にして欲しい」

「何を勝手な事を!」

ガイは散々やられたからだろう。

イキリ立てて間に割って入る。

ソフィアとノイマンも同じ気持ちらしい。

しかし、ここで大切なのはその三人の気持ちではなく、ジェルンがどうするつもりなのかである。

子ども相手にムキになるような人物ではないのは知っているし、自己都合が良いならばムキに付き合う事もある人だ。

そう、過去に私が秘密基地でアンダーソ……この話は辞めよう。

「懐かしいな。おままごとでエリーが間男と言い合いしてた時とすげー似てる。既視感だ」

やめてぇぇぇ!!

それ以上掘り返さないで!!

「お願いします。自分は騎士の家系で、もっと強くなりたいんです!」

「そうか」

ジェルンは考えるように腕を組む。

「俺は隣国のイリキスから外交で訪れた。第三王子ジェルン。こっちは妹の第五王女ジェシカだ」

「高貴なお方でしたか。前程の無礼をお詫び申し上げます」

トーマスは手鏡を取り出して身嗜みを整え始める。

「自分はフランツベルン神聖国のアポストロフィ聖教会にて聖騎士隊の分隊長を務めるジーフィールドの息子のトーマスです」

固唾を飲み込むトーマスの肩にジェシカが手を置いた。

珍しい光景にジェルンの緊張感など飛んでいく。

「丁度ジェシカの護衛を1人用意しようと思っていた所だ」

「では!!」

嬉しそうに頬を緩ませるトーマス。

「ええー、なんでだよジェルン!」

「そーだ!そーだ!」

ガイ達には不評だった。


アジトの中でソフィアがポケットからクッキーを取り出す。

「お家で作ってみたの!みんなもどーぞ!」

ガイ、ノイマン、ソフィア、ジェシカ、ジェルン、トーマスに一枚ずつ行き渡る。

不味い。

人形の二人が果たして食べられるのだろうか。

ジェシカはよく分からないという感じで手に持ったままだ。

ジェルンは対して危機感をしっかりと感じたらしく、話題を反らすために視線を泳がせている。

そして、行き当たったのはクッキーの包み紙となっていたチラシだった。

「これは?」

ジェルンが広げると、そこにはサーカスの案内が書かれていた。

「そうそう、みんなと行きたいなって思ってお母さんに内緒で持ってきたの!」

朝と夕方の二回公演。

フランツベルン神聖国には一週間だけの滞在。

明日が丁度最終日の様子だった。

「あ、けど、チケット買わないといけないし、結構高いぞ?」

ガイの言葉にジェルンも頷く。

子どもではなくファミリー向けの価格なのだろう。

「そうだな。資金が足りないなら、ちょっと質屋に持っていきたいものがある。みんなはその手伝いをしてくれるなら工面してやるぞ」

「おおっ!?本当か!?」

「自分もよろしいのですか?」

ガイとトーマスが食い付き、ノイマンとソフィアは喜んでいる。

「ああ、えっと、生前に……じゃないや。昔軍で使っていた……ああと、そうだな。俺の爺さんが昔使っていた屋敷がある。そこで散らかってる物でも売れば充分な額になるだろう」

「その御爺様とは、先々代のイリキスの国王ということ?」

トーマスが言葉から察して震える。

「違う違う。あの人は俺の師匠なんだ」

そこで私も合点がいった。

ジェルンの生前に師匠と仰いだ人物は三人居る。

その内の1人。

錬金術師の祖とも呼ばれるヘルメス様の事だろう。

ヘルメス様は潤沢な資源と財源があり、それを支えたのは彼自身が公爵家の生まれだったからというものである。

研究肌の彼に理解を示したヘルメス様に公爵様と公爵夫人の両名が支援を惜しまなかった事で、数々の偉業を成し遂げたとされている。

アルフレッドはそのヘルメス様の弟子であり、ヘルメス様の死後はアルフレッドに研究所の管理が任されていた。

ヘルメス様が死去してからの研究所は公爵家からの資金提供が失われた。

その影響で人が減る一方で、最後まで研究所に残った錬金術師がアルフレッドだったハズだ。

「明日朝にまたピラ公園に集合してくれ。夕方の公演までには間に合うハズだ」


公園からの解散。

ジェシカはチラシを手にし、ずっと見ていた。

「楽しみか?」

ジェルンが尋ねるとジェシカは分からない様子だった。

「たくさんの物事を見ろ。それぞれを比較して、どれが良かった。何が良かった。そういうのを思い出って言うんだ」

尊い。

ジェルンがちゃんとお兄ちゃんしてて尊い。

ジェシカの面倒をちゃんと見ていて偉い。

中身がアルフレッドなのが少し残念だが、仮に中身がアルフレッドじゃなかったらジェルンの事を任せるのに不安がある。

それにしても尊い。

二人の様子を堪能し、私も帰路についた。


完全に日が暮れて、ジェルンが暖炉に焚べた火を吸い込む。

「エリーは今日はどこに行ってたんだ?」

ジェルンとジェシカの後に帰宅した事で、外出してたことがバレていた。

「えっとね?ちょっとフラフラ〜っとその辺を」

「へぇ、まあエリーは空を飛べるもんな」

「ジェルンだって箒があれば……」

「あのなぁ、そんな箒なんて玄関先までしか普通は持ち歩かねえよ」

それもそうである。

炉端を掃き掃除しているのも、その道に面して暮らしているからという程度だ。

箒なんて堂々と持ち歩けるのはその手の業者ぐらいなのだ。

「けど、今みたいな夜なら誰が見てるって訳でも無いから……デートにでも行くかいエリー?」

「わぁぁぁ!!行く!!」


火を吸い込んだ事で箒に干渉する力が高まり、ジェルンが空高く飛び上がる。

「どこに行きたい?」

「じゃあねー、劇場まででどう?」

この時間帯はどこの劇団も演劇はしていないだろう。

それでも行こうと思ったのは、生前から行ってみたいと思っていたからだ。

「ラック伯爵夫人主催の人形劇……私の人形師のルーツなの」

「富裕層の子ども達の間で流行ってたな」

当時の私を子ども扱い出来る事から、アルフレッドが自分よりも大人びていることが分かるだろう。

アルフレッドは私よりも五つ歳上なのだ。

私が十五歳。

彼は二十歳。

叶わないと思っていた恋なのに叶ってしまった。

「ねえ、ケリーさんの事は良いの?」

ジェルンは問いの意味を察して私を見た。

「ケリーさんは俺の両親が持ってきた見合い相手で勝手に決められた婚約だったろう。それに、若年性のアルツハイマーとなれば根気よく付き合ってもいけないさ」

「てことは、アルフの記憶はケリーさんの中には」

「とっくに無いよ」

気まずさから反らされた寂しそうな横顔。

「ケリーさんの中に仮にアルフの記憶が残っていたら?」

ジェルンは考えるまでもなく即答した。

「言っただろう。また言わせたいのか?」

「……分かってるなら言ってよ」

ジェルンは言わなかった。

「今はケリーに悪いから言えないな」

「むぐぐぐぐ」

私が頬を膨らませると、ジェルンは笑い始める。

「そんな質問してくるエリーが悪い」

「ふーんだ!」


劇場に着く。

既に閉まっているのは承知の上だったが、好奇心が勝ってしまうのはやはり私がまだ子どもだからなのかもしれない。

誰も居ない劇場の中に顔を突っ込む。

「わぁ、誰も居なーい!」

はしゃぐ私に対して通れないジェルンが腕を組み外で待つ。

「あまり遅くならないようにな」

「分かってるー」

大きなステージ、劇団で活躍した名のある演者や監督の絵画、ラック伯爵夫人の人形劇に使われていた人形もショーケースの中に飾られていた。

「懐かしいなー」

私の父は子爵という地位にあり、小さな領土を持っている。

富裕層に人気のあった人形劇だとジェルンが前述した通り、私も貴族令嬢の端くれだったのだ。

私が人形制作に明け暮れる事が出来たのも父のお陰であり、母も私の人形の趣味を理解してくれていた。

私にはもう一つの目標がある。

私の人形とお話がしてみたい。

その願いは呆気なく叶ってしまった。

今はもう一つの夢を追い掛けたい。

いつかこの劇場の様に大きな会場で人形劇をやってみたいのだ。

心の通う人形達と一緒に。

「ここで私がアルフに言うの。ねえ、貴方はどうしてそんなに私の側に居てくれたの?っていうアドリブ」

アドリブで困らせてやろう。

普段アンダーソン弄りをしてくる軽い仕返しだ。

悪い笑みを浮かべ、いつか来るその日を夢見てうっとり。

「あ、そろそろ帰らないと」

待たせすぎてジェルンに悪いなと思って急いで戻った。

すると、ジェルンはジェルンで別で何かをしていた。

台本を握る少女がいて、それに付き合ってあげているみたいだった。

「ああ、アーサム……私を置いて何故……」

「許せミランダ。俺は行かねばならぬのだ」

話を聞いてみれば、有名な『アーサムの火蓋』という作品だった。

これは、アーサム共和国の成り立ちを描いたものだったはずだ。

アーサム共和国の初代代表者アーサムが和平を勝ち取る前の胸熱のシーンである。

ミランダとの最後のやり取りに心奪われる人々は多い。

私も生前は涙したものだ。

思わずウルッと来てしまう。

「帰ってきたら伝えたいことがある……俺の勝利を祈っていてくれるか」

少女は腕を組み、涙ながらにその場で崩れる。

「あああ!アーサム!アーサム!!アーサム!!!」

私の涙腺が崩壊した。

演劇の練習を終えた少女にジェルンはクッキーを渡す。

食べるに困っていたソフィアから貰ったものだ。

少女はお腹が空いていたのか、クッキーを受け取りその場で食べてしまう。

手を振って離れていく彼女を濁流の様に流れる涙と鼻水を啜りながら手を振った。

「うぅ……さよならミランダ」

「さて、もう良いのか?」

ジェルンが私に向き直る。

「うん!楽しかった!ありがとねジェルン!!」


家に帰ると、ジェシカが暖炉に日を焚べてくれていた。

「必要になるかと思いまして」

「ジェシカぁぁぁ」

私は感激のあまりジェシカに抱きつく。

すり抜けた。

「ぐぬぅ!良いもん!炎を吸えば出来るもん!」

吸い込み、存在感が満ちる。

「よーし、行くよー!!ギュー!!」

ジェシカに抱きつくとジェシカは数歩よろけて床に座り込んだ。

「ジェシカ、お尻が埃だらけだ」

ジェルンがジェシカを立たせてやり、ジェシカのスカートを叩く。

「ほら、これでいいぞ」

「ありがとうございます」

笑みの一つも無い。

感情の籠らないやり取り。

いつか娘に私みたいに気持ちが宿ればいいな。

そう思って強く強くジェシカを抱きしめる。

「ジェシカ、明日は早いから必要無いかもしれないけど眠りなさい」

ジェルンが私とジェシカを引きはがす。

もっとギューしたかった。

「うぐぐぐぐぐ!やだやだやだー!!」

「ほら、お母さんなんだろ?駄々捏ねない」

それを言われると何も言い返せなくなる。

それはズルい。


人形に休息は必要なのか。

そうやって問われると、横に並んでベッドに寝かされていた事を思い返せば、眠ることは出来るのだろう。

そもそも、最初は意識が無かったのだ。

寝なくても大丈夫。

けれど、人としての習慣というのは、きっと人の心を養う上では必要になってくるだろう。

だから、ジェルンはジェシカと寝るのだ。

私がジェシカとジェルンの母だと名乗るなら、ジェルン……アルフレッドにとってもジェシカは娘の様なものなのだ。

「ほら、眠れるまで昔話をしてやろう。何を聞きたい?」

私もジェシカを挟むようにジェルンの反対側に陣取る。

「ね!ね!『龍の乙女』が良い!」

「エリーには聞いてない」

ジェシカが答えないので、ジェルンは私のリクエストの龍の乙女の話をしてくれた。

龍の乙女はアーサム共和国の北方に位置するカチュウ国の物語だ。

カチュウ国には古来より龍の伝承が多く存在し、その内のいくつかをもとにした作品である。

「空高く舞う、一迅の木の葉。それが連なりし鱗。緑の大地から生まれし龍は踏みしめる大地を蹴る強靭な足腰と辺り一帯を焦土と化す炎を吹いたという」

「それはエリーゼとジェルンのご飯に丁度よいですね」

ジェシカの無垢な反応にジェルンは吹き出す。

「た、確かにな」

「もー、続きはー!」

「だから、なんでエリーが催促するんだよ」

ジェルンは咳払いして仕切り直す。

「山が焼き払われ、大地から緑が失われ、人々が住める大地も焼き消えた。その頃、龍を倒すため龍の巣に調査に向かった勇敢な騎士の……」

ジェルンが私に目配せをした。

嫌な予感しかしない。

「アンダーソンが」

「アンダーソンは出てこないよ!!」

他愛無いやり取り。

「くすっ」

その小さな笑みに最初は気が付かなかった。

ふくれっ面でジェシカの方を見てみると、彼女は口元に笑みを浮かべていた。

「ジェルン!」

「エリー!」

私は手鏡をポルターガイストしてジェルンがそれを受け取る。

「見てみろジェシカ」

ジェシカに鏡を見せるジェルン。

その小さな笑みを見てジェシカはより一層笑みを強めた。

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