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第四話 結『二人が消えるその時まで』

「「第三回」」

「ジェシカと……」

「アルフレッドのー」

「「前回のあらすじ」」

三回目ともなると、お互いに慣れた様子でジェシカは何も言わずにページを捲り始めた。

その手をアルフレッドは止める。

「待て、俺はここしか出番が無いんだぞ!早急にあらすじを終わらせようとするな!」

「ジェルンとして登場してるでしょう?」

首を傾げるジェシカ。

「それはそれ、これはこれだ!」

「深刻な顔をしたジェルンを心配するエリーゼ。火を自分で起こすようになったジェルンに蜘蛛の魔女と何かあったのではないかと勘ぐる。突然ジェルンから語られた昔の思い出。僕はアンダーソン。エリーのお友達。黒歴史を抉られ瀕死になるエリーゼ。そこに侵入してきた悪ガキ三人組。ガイ、ノイマン、ソフィア。真っ先に逃げ出すノイマンとは違い果敢に戦いを挑むガキ大将のガイ。ボコボコにされても負けを認めず、最後に男の友情で握手。蜘蛛の報せで開戦の合図。箒とローブを持たされたジェルンは魔女の様だ。東でエリーゼがポルターガイスト。するとそこに現れた謎の男トール。誰かの父だと言うが、エリーゼにコテンパンにされる。次いで現れた教会関係者の男サドル。悪魔の様な姿で翼があり、聖水の被膜で空へと跳躍していた。あまりにも怖かったのかジェルンに助けを求めるエリーゼ。ジェルンは箒の飛行術と錬金術、持ち前の剣術で返り討ちにした。頃合いを見て西へと飛び出すジェルン。力を使いすぎたエリーゼはジェルンの後を追うのに存在感を得るため炎を探す」

「いつも良い仕事をありがとう。有能のジェシカ、無能のアルフレッドと呼ばれそうだ」

拍手と共にアルフレッドはジェシカから本を奪う。

「次回は俺があらすじを読ませて貰おう」

「構いませんけど、私は横槍を入れないので一人で話すことになると思います」

アルフレッドは本をジェシカに差出す。

「前言撤回だ。一人でやったってしょうがない」

「やれやれ、困った大人です」

フランツベルン神聖国は東西に門を置いている。

故に、出国するならばその二択のどちらかを選ぶしか無い。

街の作りは山と川に沿ったものとなっており、山の頂上に国のシンボルであるアポストロフィ聖教会が構えられている。

街は川を挟む形で左右に展開しており、山に面して民家が立ち並ぶ。

俺は東から西へと真っ直ぐ飛行していくのだが、その街の作りに違和感を覚えた。

普段街を練り歩くのとでは訳が違った。

空から見た景色では、南からも出られそうになっているのだ。

「あそこは水門があるはず……」

軍属していたときの記憶だ。

もう所属直後の記憶は薄れ始めていたが、出国には関所を超える必要がある。

東西どちらも門の前には当たり前だが門番が居る。

出入国の際には厳密な審査があるのだ。

騒ぎを起こしたとして、門番の任を放棄するはずがない。

そもそも、あそこには責任者として"聖教軍あいつら"が居るはずだ。

俺は西に向かっていた箒を南に向ける。

つまり、レディグラスは最初から俺達を信用してなかったんだ。

南に舵を切ったその時、空に向けてそれは放たれた。

槍のように細く煌めく氷の槍である。

「……ツンデレの魔女……レディグラス!!」

「なんでよ!今絶対そういう空気じゃなかったじゃない!!」

涙目になりながら、飛ばしてくる氷塊をなんとか身を翻し回避していく。

「私達と敵対しようって言うの?」

無限とも思える氷塊のストック。

このまま戦えば存在の力が消耗していき、箒や人形の操作性が失われてジリ貧である。

「また脅しか!」

「貴方は知らないかもしれないけどね、魔女は死に方で属した能力を得るのよ。私は雪山で凍死した際に悪魔に祈りを捧げて氷の呪いを得たみたいにね」

辺り一帯が凍り付く。

「あまり私を怒らせないで頂戴。貴方の飼い主は戦闘向きの呪いでも持っているのかしら?」

飲み込む唾があれば飲んでいた。

飲み込む息があれば飲んでいた。

それだけの緊迫感の中で出来たことは1つだけだった。

「……無視する」

「あ、ちょっと!!」

目的はフレデリカの存続。

彼女に消えられては困る。

まだ魔女について、悪魔について、傀儡について知らないことばかりだ。

エリーゼの遺体も保存してもらわなければならない。

彼女に近日中に消えられては困るのだ。

「戦っても勝てない……なら、無視する!!」

箒の機動力の方が勝っているらしく、レディグラスは川を凍らせて滑り追いかけてくる。

「待ちなさい!」

その間に放たれる氷の槍は途切れる事はなく、あわやスレスレのものまであった。

「ふふっ、しょうがないわね」

俺のポケットから蜘蛛が一匹箒の上に降りてきた。

「ふふっ、貴方の脅しが最初から気に食わなかったのよレディグラス」

蜘蛛の糸が建物に伸ばされ、それに引かれる形で無理矢理な回避行動が行われる。

「ふふっ、必死になっちゃって、いい気味ね……」

背後から悦に浸っていそうな声が聞こえ後ろ髪が引かれるが、今はただ逃げることに集中する。

何かあれば蜘蛛の魔女がなんとかする。

そういう淡い期待。

「クールじゃねえな」

「……ッ!?」

破裂するワインボトル。

その中には透明な液体で満たされていた。

割れて浴びる事になり、それが何なのか理解する間もなく体が脱力する。

箒の上に居た蜘蛛も飛沫を浴びたらしく、体のコントロールが失われて箒から落ちていく。

その間に聞こえた。

「ふふっ、これは聖水ね……魔女の傀儡が聖水を使うなんてね」

頼みの綱を失い、進行方向のベルヴィルから逃れるために街中の路地裏へと入る。

機動力で勝るため、複雑に張り巡らされた路地裏の道を捉えることは出来ない。

より高度から狙うために空でも飛ばない限り。


路地裏を抜け出し、遠回りになったもののベルヴィルとレディグラスを置き去りに南へと急ぐ。

川は比較的穏やかに流れているが、レディグラスの最後の抵抗なのか氷の手になって俺の箒を掴もうとする。

身を翻し、木の棒で突き放し最後の氷の包囲網を抜け出す。

「行かせるな!ベルヴィル!!」

「たりめえじゃねえか」

氷の手がベルヴィルを投げ飛ばす。

それは箒の速度に追いついた。

より高い所から物陰もなく、空から降り注ぐワインボトル。

「大人しくしてりゃあ……消滅することもねえのによ……クールじゃねえな」

避けられない。

目前にまで迫ったワインボトルの中でベルヴィルは不敵に笑む。

「最後はクールに消えな」

「ジェルーーーーン!!」

ワインボトルが浮遊する。

上に浮かびがあり、ベルヴィルにぶつかった。

「イッ……!?」

箒のコントロールが奪われ、川の向こうへ飛ばされる。

「やっと追いついた!」

エリーゼが箒と並走する。

「西に行こうと思ってたら、南で大騒ぎになってたから何かと思ったよ!」

「……来てしまったんだな」

「当たり前だよ!私はジェルンのお母さんだもん!」

エリーゼの笑顔に俺は顔を背ける。

助けられた事に感謝はあれど、秘密があることへの後ろめたさがあったからだ。

「何も言えないの?」

「ああ」

「そっか」

エリーゼはそれ以上は問い詰めなかった。

「けど、この先でしょ?ジェルンがやろうとしてることって」

潜ませた蜘蛛が俺の肩まで登ってきた。

「ふふっ、全く……秘密って話をしたでしょ。けど、誤魔化せそうな状況でもなさそうだし、ついて来るのよねたぶん」

「行く!」

蜘蛛がジェルンの肩で蜘蛛の魔女の声で話し出した事に驚いていたが、返答は早かった。

おそらくは予め予測がついていたのだろう。

「あのさ、巻き込まれに行くんだし事情を聞いてもいい?」

俺が口を開くよりも先に蜘蛛が答える。

「ふふっ、ダーメ。貴女は邪魔をしそうだから教えないわ」

エリーゼは唇を尖らせてそっぽを向く。

「もー、嫌い!ジェルンを辛い目に遭わせる貴女が大嫌い!!」

「ふふっ、ありがとう。私も貴女みたいな子どもは嫌いなの」

「子どもじゃないもん!」

「ふふっ、こんな蜘蛛の姿で判りにくいけど、私は軽く百年は生きてるのよ?」

「うぐぐぐぐぐ!」

何も言い返せなくなったエリーゼ。

どこか満足気な蜘蛛が両前足を上げている。

「ムカつく!!」


エリーゼと蜘蛛と俺の三人で水門にまで辿り着いた。

そこでは棺を背負ったダマスカスの姿があった。

「ギャハハ!ヘタこきやがったかベルヴィルもレディグラスも使えねえな!!」

棺が開く。

中には陽の光で死ぬという吸血鬼が入っているのだとベルヴィルが言っていた。

しかし、逃走経路が西ではなかったり、ツンデレの魔女だと秘匿しようとしたりと信用にならない。

信憑性の無い話だとして向き合おうとしたその時だった。

「えい!」

エリーゼが開こうとした棺をポルターガイストで強制的に閉じた。

「ギャハハ!ダメだこいつ!俺との相性悪すぎ!」

「どうして追いかけてきたんですか!?どうして邪魔をするんですか!?」

「そっちこそ、どうして脅迫したの?どうして騙したの?」

蜘蛛の姿が蜘蛛の魔女になる。

「ふふっ、私もちゃんと頼んで交渉して利益になりそうなら受けてあげたのよ?」

手から伸びる蜘蛛の糸がダマスカスを捕らえた。

「ふふっ、でも、戦闘向きじゃないからって私に脅迫したわよね?」

「私が相手になる!!棺は壊して良いから、ここから逃げてオーディアル!!」

「ギャハ……親友を置いて行けるわけないでしょ……」

そこでようやく合点がいった。

『最初の話』はこうだった。

『ただの人間のダマスカスが試練の魔女を匿う。

それに恩義を感じたベルヴィルと棺。

疑われて次の魔女裁判の候補に挙がってしまったダマスカス。

手紙を通じて氷の魔女レディグラスと蜘蛛の魔女と消えたがりの魔女フレデリカを頼った。

しかし、試練の魔女はそれまでに命を落としてしまい、ベルヴィルと棺は遺言でレディグラスの傀儡となる。

ジェルンは彼女を助けるために力を貸して欲しいと頼まれる。

西に逃げるから西から注意を反らして欲しいと言われ、最後に三人の魔女が味方であるという脅迫をされた』

【事実を纏める】とこうである。

【ただの人間のダマスカスが棺の中に試練の魔女を匿う。

それに恩義を感じたベルヴィル。

疑われて次の魔女裁判の候補に挙がってしまったダマスカス。

試練の魔女は手紙を通じて氷の魔女レディグラスと蜘蛛の魔女と消えたがりの魔女フレデリカを頼った。

ベルヴィルは関所を超えられないし人目を集めてしまうため、レディグラスが身元を引き受ける。

他の全ての魔女を囮に使うつもりで、西に逃げると嘘を教え、南から逃げる算段をつけた。

最後に三人の魔女が味方であるという脅迫をされたが、その内訳は氷の魔女・蜘蛛の魔女・棺の中に匿われたダマスカスの親友の試練の魔女オーディアルだった。

その実、本当に逃がすつもりだったのはダマスカスではなく、棺の方だったという訳だ】

始めから魔女が三人ともその場に居ないということを疑うべきだった。

「どうして……私達の邪魔をするの?」

泣きじゃくるダマスカス。

彼女を大小様々な蜘蛛が包囲した。

「ふふっ、別に逃してはあげるわよ。ただ、私は嘘が大嫌いなの。それから脅迫なんて以ての外。その代償を貰いにきたのよ」

蜘蛛が各方位からダマスカスの手足に噛み付く。

「ふふっ、これは最初の嘘の分。これは脅迫してきた分。それからこれも嘘の分。これも、これも、これも、これも!!」

毒が回り、地に倒れたダマスカス。

満足したのか棺を解放して蜘蛛の魔女が俺の側までやってきた。

「ふふっ、報酬を渡すわ。私を消えたがりの魔女の所に連れて行きなさい」

棺の中から出てきたのは、背の低いギザギザツインテールが特徴的な赤い髪の少女だった。

元々睨むような目をしているのか、吊り上がったその眼は倒れて動かないダマスカスを見ている。

体の至る所を包帯でぐるぐる巻きにしているのは、治療の跡なのだろう。

唯一服のようなものとしてハーフパンツだけ着用しており、裸足のまま地面をトボトボと歩く。

「ギャハ……アリス……目を開けてよアリス!」

嘘ではない本当の名前を呼ばれたであろうダマスカスは僅かばかり開くことの出来る口を賢明に紡ぐ。

「どこに……行っても……私達は……ずっと……友達だよ……」

試練の魔女オーディアルは動けないアリスを背負って水門を抜けていく。

水は全て凍り付いており、渡り切る事が出来た。

「ふふっ、これに懲りたら次からはちゃんとお願いすることね」

蜘蛛の魔女の言葉にオーディアルは振り向き歯噛みする。

「ギャハ……魔女は……同じ魔女にとって信用ならないなんて当たり前だろうが……」

「ふふっ、それでもちゃんと頼んでくれないとこんな事になるのよ?」

オーディアルはゆっくりと歩を進めていき、やがて水門を遥か背後に見えなくなった。


帰路につく。

全てが終わって、どっと疲れが来た。

というのも勿論あるが、存在力を失い過ぎたというのが正直な所だろう。

道中で聖水も浴びているため、本来よりも消耗が激しい。

箒に跨がるが、まともに進まなかった。

そのため、陸路を戻る事になった。

川を北上していくと、倒れて動かなくなったベルヴィルをレディグラスが抱えていた。

「よくも……」

蜘蛛の魔女は口元を手で隠す。

「……ふふっ、いい気味ね」

辺りが急激に冷える。

「ふふっ、やめときなさい。貴女も存在力を使いすぎたのだし、最悪の場合消えてしまうわよ?」

手を強く握りしめるレディグラス。

「そうね。けど、覚えておきなさい……私の大切な物を奪ったあんた達を許さないんだから!」

霜の中に溶ける様にレディグラスとベルヴィルは消えていった。

「ふふっ、貴女が賢明な人で良かったわレディグラス」


「着いた」

「お帰りなさいませご主人様」

ジェシカが玄関前で待っていてくれた。

ここまでの距離が疲労と消耗で途方も無い道のりの様に感じた。

もう無茶なことはこりごりである。

「ふふっ、さて急がないと不味いかしらね」

家の中を探す。

存在感が希薄過ぎてフレデリカがどこに居るのか全く分らない。

「皆さんフレデリカを探しているんですか?」

ジェシカがベッドの傍らへと向かう。

そこに何かが居る。

しかし、それを誰も認知出来なかった。

この場のジェシカ以外は見えなくなったのだ。

「ふふっ、お嬢ちゃんこれをフレデリカの口に突っ込みなさい」

半透明な球体。

無垢な魂だとして交渉の際に見せられたそれがジェシカの手に渡る。

「かしこまりました」

フレデリカの口にふれたのか、無垢な魂がゆっくりと溶ける様に消えていった。

そして、途端にフレデリカが鮮明な存在感を見せる。

輪郭がハッキリとして、その異様な格好に改めて感想が漏れるのだった。

「派手だしそのマスクは無いよね。恩人に対してこんな事を言うのは難だけど、今度服を買ってきてあげるね?」

「これまでは希薄なお陰でどうでもいい事のように感じたが、エリーゼの言う通りマジで目立ってしょうがないし気持ち悪い」

俺とエリーゼによる散々な評価の反転に蜘蛛の魔女が腹を抱えて笑う。

「ふふっ、ちょっと待って……ふふっ、ふふっ」

居住まいが乱れるのもお構いなしである。

フレデリカと違って品のある格好に感じる真っ黒なドレスは、埃が付いて煤汚れてしまった。

「ふふっ、これでしばらくは大丈夫よ」

ようやく落ち着いたのか、蜘蛛の魔女は笑うのをやめて俺に向き直る。

「ふふっ、契約の満了ね。私は蜘蛛の魔女ドロシー。信用の証として小さな蜘蛛たちを与えるわ」

「いや、気持ち悪いからいらない」

ドロシーに無視された。

蜘蛛が部屋の各方へと散っていく。

「私の力が必要だと感じたら蜘蛛を通じて私と話しが出来るから大事に育てなさい」

エリーゼが割って入る。

「用事が済んだなら帰って!今すぐ!ほら、早く!」

「ふふっ、本当に子どもね貴女」

「ムキー!」

存在感が希薄なのはエリーゼもである。

俺は庭へと手招く。

「ほら、火を用意してあげるから、こっちにおいでエリーゼ」

「おいでって、普段言わないじゃん。来いよとかっていつもは……もしかして、子ども扱いされた!?」

「子どもじゃないんだからね!!」

「はいはい」

無視して火の用意を始める。

暗闇に二人。

ジェシカがランタンを持ってきて手元を照らしてくれた。

お陰で火起こしがしやすい。

「ありがとうジェシカ」

膨れっ面のエリーゼ。

頬が膨らみ、軟らかそうである。

物理的に互いに触れ合うことが出来ない事から、そんな頬に触れるなんてしなかったし、これまでそんな事をした訳でもないからやるハードルというものもある。

それから、彼女に触れる理由もない。

けれど、自分が死んで、幽霊になった彼女を側に感じ、彼女は生前温かかったのだと思い返す。

そういえばと思い出すのは、火を吸った直後の彼女は壁にぶつかっていた。

起こしたばかりの火をエリーゼへと差出す。

「いただきます」

火を吸い込み、存在感がハッキリとする。

薄ぼやけた輪郭が明確になった。

「もう、ジェルンだからからかうのを許してるんだからね?」

相変わらず膨れっ面である。

許すと言う割にはまだ根に持っていそうだ。

「ごめんよエリー」

エリーゼの頬に手を重ねる。

「こんな時ばっかり愛称で呼んで……都合の良い女みたい」

とか言いながらも嬉しそうだ。

照れていながらも俺の手に手を重ねて離すまいとする。

「やっぱり、炎を吸ったばかりのエリーゼには触れる事が出来るみたいだな」

「てことは、火を定期的に吸うことで、人形作りが出来るってこと?」

目がキラキラと輝く。

玩具を貰った子どもの様である。

「そういうことだな。それと、エリーだからこんな事するんだからな?」

エリーゼは驚き僅かに身を引こうとするが、もう片方の手で後頭部を抱えてそれを許さない。

「わっ!わっ!わぁぁぁぁ!!」

唇に重なり、柔らかさと冷たさを感じる。

目を潤ませながらエリーゼは見つめてきた。

「そういう事をするなら、ムード!ムードが大事なんだから!」

だけど、本当に嬉しそうである。

分かりやすい彼女に危機感を覚えた事もあるが、ついぞ自分の口から彼女の気持ちに答えたことは無かった。

死ぬ前に答えてやれば良かったと後悔している。

だからこそ、今度は間違えない。

「俺はエリーゼの事をちゃんと見てきたつもりだ」

人に優しく、話をするときの彼女は少し大袈裟で、けれど、だからこそ話していて楽しさもあった。

人形に没頭してジェシカにだけ向き合えば良いものを、人当たりの良さと彼女自身の人柄が俺に付いて来る選択肢を与えたのだろう。

蜘蛛の魔女ドロシーとの密約にも付き合う我慢強さ。

勿論、怒る事への沸点は少し低い気もするが、彼女に欠点を示せと言われてもその程度しか思い付かないだろう。

それだけ良いところを見てきたのだ。

それしか見えなかったとも言える。

そういう相手だったとも言える。

エリーゼからは良いところを見せたい相手。

俺には良いところしか見えない相手。

「今度はちゃんとしよう。互いの夢を叶えて、俺達二人が消えるその時まで、エリーゼの事を」

次の言葉を待っているエリーゼ。

これがムードというものなのかもしれない。

側にジェシカが居るが、エリーゼにとってはジェシカは娘のようなものだし、ましてや人形である。

ジェシカに対する恥ずかしさは無いのだろう。

「君を愛することをここに誓うよ。生きている内に伝えられなくてごめん」

もう一度唇を重ねる。

そうして、エリーゼは泣き出してしまった。

両手で目元を隠すようにしているが、意味はさほど無い。

「だってだって!こんな事をアルフは一度も言ってくれた事が無くて!!」

「さて、俺の食事の用意をするか」

「切り替えが早すぎるよ!!ムード!!」

火を用意する横でエリーゼは泣きじゃくる。

万が一のためにジェシカにも火起こしのやり方を教える。

「うぇぇぇぇん!!」

「煩いです」

「向こうで泣いてなさい」

家の中へと押しやるとジェシカは話し出す。

「エリーゼとジェルンを見て思いました。恋について……嬉しさ、悲しさ、愛しさ、喜び、怒り……きっと様々な感情を知ることができるのだと思います」

「お前のしたいことをしたらいいさ」

頭を撫でた。






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