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第二話 承『フレデリカはどこに居る?』

「「第一回」」

「ジェシカと……」

「アルフレッドのー」

「「前回のあらすじ」」

そこに居たのは生前のアルフレッドと西洋人形のジェシカである。

赤い髪と凛々しさのある若い風貌の青年は、白と黒が基調の士官服を身に纏っている。

彼こそが第一話で火刑により命を落とした軍属の錬金術師アルフレッドである。

その手に抱かれる形でジェシカも居た。

彼女の衣はメイド服に酷似した白いドレスである。

ふわふわな波打つ金糸が腰まで下がり、瞳はジェルンと同じくビスマス結晶が埋め込まれている。

幼い顔立ちのエリーゼと言えば想像に難くないだろうか。

表情は無表情であり、感情が生まれていないのだと分かる。

「この作品はコミカライズを目的にしてる訳だから、あらすじもそれを視野に入れた作りにしないといけないだろ?」

得意気なアルフレッドにジェシカは冷たい目を向ける。

「そんなことは受賞してから考えるべきです。気が早すぎませんか」

無垢なだけに悪気が無いのが心に来るものがある。

「さて、メタな話はここまでとして……ジェシカ、前回の要約を頼む」

ジェシカはペラペラと第一話のページを捲る。

「エリーゼとアルフレッドが魔女裁判で死亡。エリーゼは幽体になり、アルフレッドの魂はエリーゼ作の西洋人形ジェルンの中に入る。それに関与したのは本来魔女裁判を受けるはずだった魔女フレデリカ。彼女に憐れまれて二人は現世に留まる事になった。二人とは異なり無垢な魂を入れられたジェシカ。フレデリカに諸々の諸注意を受けたエリーゼ。その間外出していたジェルンは大々的な魔女狩り『魔女狩り推進運動』が行われるという事と、共同墓地で土葬されていたエリーゼの奪還を報せる。フレデリカに遺体の保管を任せることになった。紙の裏に魔女の呪いで描かれた地図は廃れた教会跡に印が付けられていた。遺体の保管で動けないフレデリカの代役としてジェルンとエリーゼがお使いに行かされるのだった」

「では、本編へ」

アルファ地区の教会跡。

そんな所に集まる変わり者。

所謂も何も魔女か魔女に類する者達が来るのだろうけれど、そこになんの因果か陰謀か。

私はジェルンとここに来ている。

魔女同士の情報共有とあらば仕方ない。

魔女の中で孤立する訳にもいかない。

のか?

そこは定かではない。

とはいえ、フレデリカには友達が居たらしいし、今回は宛名も無かったものの、痕跡を残せるのは魔女のみの技法。

柑橘系の果汁で書いたものでもなく、あれは魔女の呪いの一端になるらしい。

魔女の放つ炎でしか反応しないのは秘匿性があって良いと思った。

「今度魔女文字で人形に模様描いてもらおうかな」

新たな可能性にワクワクしている私が居た。

「お前はまだ人形を作れる段階に無いけどな」

ジェルンに言われて気持ちが落ち込む。

浮かれ脚気味だったのが足が重い。

「私、戻れるようになるかな?」

そればかりはジェルンにも分からないらしく、フレデリカも聞いたことが無いと言ってたけれど、私は絶対に成し遂げて見せる。

「見ててねジェシカ!お母さん頑張るから!」

「ここに居ない奴に宣言してどうする?」

移動は夜間に行う。

ジェルンはともかくとして、私は幽体。

誰かに見つかれば騒ぎとなるからだ。

とはいえ、今の私はグレースケールの体。

万に1つも目立つことは無いだろう。

「ここだよね?」

古ぼけただけの建物だった。

想像してたものの百万倍キレイである。

「もっと壁とか壊れてるかと思ってた」

壁に触れると今ならすり抜けられた。

顔だけ入れて中の様子を伺う。

「まだ誰も来てないのかも?」

真っ暗な教会には長座椅子と布教台があり、後ろに知らない誰かの女神像がある。

間違いないのはそれが女神アポストロフィ像ではないということだ。

「ならば、中で待たせてもらおう」

ジェルンが勢いよく扉を開くと、ジェルンの体が消えていった。

私とジェルンは離れ離れになってしまったのだった。

「えええ!?なんで!?ジェルンどこ行ったの?」


エリーゼと離れ離れにされた。

恐らくは物理干渉が可能な俺とそうではないエリーゼとで行く先が変わるのだろう。

それこそ魔女による魔法によって。

魔女は自らの魔法を呪いと読んでいるが、この際呼び方に拘る必要もないので俺も魔女の様式に合わせる。

「呪いの力か」

俺の視界に広がるのは外観からはあまりにも遠い世界だ。

驚くこと無かれと言っても無茶だろう。

何せ、先程までは真夜中だったのに真っ昼間のビーチに放り出されたのだ。

そこでバカンスを楽しむ人々。

俺が怪訝な顔になるのは無理もなかった。

だってそうだろう。

何らかの魔法を想像してたものの、まるで別世界。

これはワープか何かだろう。

泳ぐ人々が俺に目を向けた理由は分かる。

この暑そうなガウンが気になるのだろう。

体温なんてものの無い人形に気温で脱ぐ理由はない。

人の目を気にするなら脱げということだ。

俺は気にする質なのでガウンを脱いだ。

「……魔女はここには居ないのか?」

俺のその言葉に反応してなのか、大きく痙攣した何かが居た。

「ギャハハ!!思ってたのと違うのが来やがったぜベルヴィル!」

大きく笑い転げるのは棺だった。

棺が笑い転げていた。

ビーチでである。

奇異の目はその棺に集まっている。

これだけ目立つならガウンを着てても変わらなかったかもしれない。

「騒ぐな吸血鬼。第一印象は見た目……クールさが大事だ。黙らないと棺を開くぞ?」

「おい、バカ!それは辞めてくださいマジで死ぬ!!」

棺を踏みつける茶髪を右肩に流し左を刈り上げたビジネスライクと思わせる真っ黒なスーツの男はベルヴィルと呼ばれていた。

真っ黒なサングラスをかけており、ベルトにホルダーが着いている物を着用しており、ワインボトルを腰のホルダーにストックしている。

「このクールな魔力の残滓……へぇ、消えたがりの魔女の所か」

ベルヴィルはジェルンを見てサングラスを退けた。

その瞳が有る場所には落ち窪んだ暗闇があるだけである。

「ギャハハ!人形が怖がってるぜ!辞めてやれよ!」

「口を閉じろ!クールさに欠ける!」

間違いなく怖いのは笑い転げていた棺である。


棺とベルヴィルのやり取りを眺めていると、そっと俺の肩に誰かが手を置いた。

「怖がらせてごめんなさいね。二人は私の付き添いで来てくれたの」

そこに居たのはエリーゼと同年代ぐらいに見える少女だった。

「人間……、いや魔女か?」

見た目で分からないため尋ねると、ベルヴィルが代わりに答えた。

「そいつは人間だ。話ってのがまさにその人間に関する事でな。クールな俺がこの場を設けて貰うために試練の魔女にクールに頼んで魔女宛ての手紙を用意させてもらった」

「なんでそんな回りくどい事を?」

魔女に頼むならその試練の魔女とやらもこの場に呼べば良かったというのに。

そんな事を考えると、棺が答えた。

「ギャハハ!試練の魔女は魔女狩りで死んだのさ!幸いな事に他の魔女への手紙を残しておいてくれたから使わせてもらったまでだ!」

「なんとも災難だったな」

棺は笑い転げているので悲観には暮れていない。

というか、心底どうでも良さそうである。

「そこの人間は魔女の疑惑をかけられていて、今度魔女裁判にかけられる最有力候補だ。死んだ親友の一番の友人である人間を救いたいがために魔女に協力を求めたいのさ!俺ってばクールだろ?」

「うん、ベルヴィルは格好良いよ!」

「クール!クール!クール!クール!!」

歯を見せて笑うベルヴィルと、それに賛辞を送る人間。

「お前らの美的感覚は俺には分からないわ」

それはさておき、話の内容としてはフレデリカへの協力要請である。

代理で来ているものの、本人に確認せずに決定するのは気が引けた。

よって、内容を預かったということでこの場は収めて、返事はせずに言伝てを持ち帰るべきだろう。

帰り道が有ればの話である。

「……どうやって戻れば良いんだ?」

「ギャハハ!魔女が来ると思ってたから用意してねーよ!」

誰かに物理的に扉を開いてもらう他無い様だ。

フレデリカはエリーゼの遺体の保存でご在宅。

エリーゼは幽体だから扉に触れられない。

「お前らはどうやって出るつもりなんだよ?」

棺とベルヴィルは黙った。

果てしない水平線を眺めている。

「おい、まさか嘘だろう!?」

遠くを眺めてまるで現実逃避である。

彼らもここに閉じ込められているのだろうか。

「慌てるなクールになれよ。……この場が呪いの空間なのは最初に分かった事だろう?」

つまり、空間を用意した魔女が居る。

「最高にクールな魔女さ!」

海面が凍る。 

「ギャハハ!協力してくれたのは試練の魔女だけじゃねぇ!!」

「俺のクールな御主人様……ツンデレの魔女さ!」

大きな氷塊がベルヴィルに向けて飛んできた。

「氷の魔女だって言ってるでしょうが!!」

殺す勢いであるが、ベルヴィルはそれを軽く止めた。

「ギャハハ!死ねってよ!ギャハハ!!」

「そこまでは言ってないわよ!」

凍った海面を歩く美女が1人。

「私は氷の魔女レディグラス」


氷の魔女レディグラスは、海辺に有るべき佇まいをしていた。

そう、水着である。

この主にしてこの下僕有り。

ベルヴィルと棺の非常識さは彼女のせいではないのだろう。

「大体考えてることは分かるけど、こいつらのもともとの主は試練の魔女よ。私は彼女の遺言に従ってこの二人を引き取っただけ」

「彼女は何か秀でたものがあるのか?」

魔女だと疑われる存在は何かしら才能があるものが多い。

俺はその事と照らし合わせて人間を見た。

「私は、その……」

言い辛そうである。

何か後ろめたい事でもあるのだろう。

藪を突けば巻き込まれ兼ねないとみて、俺は首を横に振った。

「……そいつは試練の魔女を匿ったのさ……クールだろ?」

ベルヴィルは極めて平静を保ちながら、手に怒りを滲ませていた。

「いつまでも『人間』『彼女』『そいつ』とか呼ばれるのは嫌なので、私のことは」

「エスカルゴだ。クールだろう?」

「嫌です!なんでよりにもよってエスカルゴなんですか!」

女性の名前にあのうにうにした粘性の生き物の名前を宛てがうのは確かに失礼千万である。

偽名を使うにしても言葉は選んだほうが良かっただろう。

「ギャハハ!偽名を使わないとならなくなったのは、試練の魔女を匿ったからだろう。大人しく諦めてエスカルゴを名乗れよ嬢ちゃん!」

「だーかーらー!!」

両拳を握りしめて空へ、彼女の怒りはごもっともだ。

ここは、まともに命名出来る人物が居ないのだろう。

仕方ないので俺が名付けてみた。

「じゃあ、ダマスカスにしよう」

「ギャハハ!騙すカスだってよ!!」

「ムグググ!こんな子どもにも馬鹿にされたぁぁあ!!」

泣いたフリをするダマスカス。

エスカルゴよりもマシだろうと自負している。

「あらら、この子こうなると長いわよ?」

レディグラスはダマスカスが嘘泣きしてる横で空間に氷の扉を生み出した。

「消えたがりの魔女によろしく。作戦決行は蜘蛛の魔女から伝えられるわ」

「まだ引き受けるなんて一言も」

「魔女3人を敵に回したく無ければ協力なさいと伝えなさい?」

脅迫である。

扉に手をかけ、引く前に問う。

「協力をするとして、何をしたら良いんだ」

「ダマスカスを西から逃がすから他の場所へ注目を反らして欲しいのよ」

扉を開き、外へと出た。


ジェルンの肩に乗った逃れようの無い選択。

魔女には関わるのはやめといた方が良いのだと今更ながらに知ったジェルンは肩を落としている。

そんなジェルンが出て早々に待ち受けていたのは泣きベソをかいていた私である。

「うえーん!ジェルンが消えちゃったよぉぉ!」

「煩いぞ」

「わぁ!?ジェルンだぁ!」

私の体感で言えばジェルンが消えて数刻経っていた。

「どうだったの?」

「……一度持ち帰りフレデリカに相談しないといけない」

「そっか、私はジェルンが消えてから教会の中に居たんだけど、蜘蛛がたくさん集まってきて怖くなったから外に逃げてきちゃった」

「それは恐らく蜘蛛の魔女が関与していると見られるな」

「なにそれ?」

蜘蛛の魔女と聞いて人サイズの蜘蛛を想像する。

「そんな気持ち悪いのが居るの?」

「おい、聞かれてるかもしれないのに失礼だぞ」

ジェルンが小声で注意すると、勝手に扉が開かれた。

「ふふっ、本当にね」

体中に大小様々な蜘蛛を纏った黒髪の女性が暗闇の中から教会の中へと手招きしていた。

「キャァァァァ!!」

流石に生理的な嫌悪感が勝り、私はジェルンを置き去りに逃げてしまった。


俺はエリーゼに置き去りされ、一先ず手招きする蜘蛛の魔女のもとへと歩む。

「その様子だと氷の魔女の話とは別で俺に要件があるんだろう?」

もっと言えばフレデリカにである。

「ふふっ、ええ、そうなの……ふふふ、私を怖がらない相手とお話するのは久しぶり……魔女以外では貴方は二人目よ」

俺が真っ暗な教会の中へと入ると、蜘蛛の魔女が後ろ手に扉を閉めた。

「さて、お話なんだけど……脅迫めいた協力要請を私も受けたのよ。流石にそれに屈してしまうのも氷の魔女の力の前ではしょうがない事だけど、素直にハイハイって言う事を聞くのも癪じゃない?」

蜘蛛が俺の体に這う様に何匹も上ってきた。

「ふふっ、その子達には微弱だけど毒があるの……」

「それは俺に対する脅しか?」

人形相手には無意味だが一応確認をする。

「ふふっ、いいえ、その蜘蛛を貸し出すから、逃がす女に渡して欲しいのよ」

意図は理解した。

しかし、それを許容出来る訳では無い。

「すまないが」

「ふふっ、勿論タダでとは言わないわ」

蜘蛛が俺の周りから離れていき、スペースが生まれるとそこに蜘蛛の魔女は白く透明感の有る何かを置いた。

「ふふっ、無垢の魂よ……これがあれば消えたがりの魔女を救う事が出来るわ」

思わずジェルンは息を呑んだ。

無垢の魂は先刻ジェシカに与えていたからだ。

フレデリカはエリーゼと俺に対して本当に哀れんで本来無垢の魂を必要としている自分の事を蔑ろにして優先してくれていたのだと知った。

「それがどうして必要になるんだ?」

「ふふっ、存在する力を下僕に分け与えると、魔女自体の存在するための力は徐々に失われていくの。フレデリカは消えたがりだから、それ自体は自分の利害に一致してるから快諾しているでしょうけど、残された方はたまったものじゃないわよね」

フレデリカの存在する力が俺とエリーゼに分け与えられ、本来使う予定だった無垢の魂をジェシカに使ったとなると、フレデリカに残された時間がとても短く感じられた。

エリーゼもだが、俺もフレデリカを見た時に感じた事だが、派手な見た目な割には存在感がまるで無かった。

「ふふっ、無垢の魂が無ければ魔女は消滅してしまうのよ」

最初、蜘蛛の魔女からの協力を断るつもりだった。

しかし、その話を聞いてから断る事が出来なかった。

「ふふっ、私との話の内容と、それから蜘蛛の事は誰にも秘密になさい?」

小さく頷き、受け取った蜘蛛をポケットの中に潜ませた。

「ふふっ、貴方は利口ね……今後もいい関係でいられる事を祈るわ」


ジェルンを置いて先に帰ってしまった。

ソワソワしながら帰りを待つ。

フレデリカはどこか別の所に居るのか側には見当らない。

ジェシカは眠るようにベッドに横たわっている。

「流石私の娘、めちゃくちゃ尊い」

「煩いですよ」

ジェシカが瞳を開く。

私を視界に捉え、次いで辺りを見渡す。

「あはは、ジェルンは置いて来ちゃった!」

「何をしているのですか」

無垢な魂故なのか、呆れも何も感じない。

「ねえ、ジェシカはどうやったら心が分かると思う?」

ジェシカは首を傾げる。

「心というもの自体が分かりません。ですが、エリーゼとジェルンの不在の際にフレデリカと少しだけ話しました」

フレデリカとの話となり気になる。

だって魔女である。

魔女の心の持論なんていうのは中々聞けるものではないからだ。

「フレデリカは私に恋をしなさいと……言いました。そうしたら大概全部の感情を知ることが出来る……と」

「あはは、広く一般的な解答だね」

けれど、フレデリカの言う事は間違っていない。

ジェシカの様に無垢な状態ならば、子どもの時期がそれに当たるだろう。

ないならば育めば良いのだ。

「そっか、恋か……ねね、ジェシカ。好きな人が出来たらお母さんに教えてね!」

ジェシカは首を傾げる。

「分かりませんが、そうした方が良いと言うならそうします」

淡白な解答。

私はこうして夢が叶った事が幸せだった。

自分の作った人形と話してみたい。

ジェルンとジェシカと話すことが出来た。

欲を言えば、心を通わせてみたい。

それは親心のようなものだ。

アルフレッドの目的は心の錬金術である。

ジェシカの心を作り出す方程式を編み出すことが出来れば、彼が最も救いたいと思っている人を助けることが出来る。

「……きっと……アルフは成し遂げちゃうんだろうな」

私にとっては少し寂しい話だ。

というのも、アルフレッドが真っ先に救いたいと思っている人物というのが、彼の許嫁であるからだ。

彼の許嫁は若くして年老いた人々の様に記憶や物事を忘れていく症状を患っていた。

「お母さんね。アルフの事が好きなの。私とジェシカの二人だけの秘密ね!」

「そうでしたか。では、そこにフレデリカが居ますので成立しませんね」

言われて私はジェシカの隣に目を向けた。

先程まで全く目に入らなかった。

存在感がまるで無かった。

「いつの間に!?」

「ずっと私の隣に横になっていましたよ」

私は恥ずかしさに転がり出す。

「煩いですよ」

「フレデリカは疲れてしまったのか眠っているみたいです。起こしたら悪いのではありませんか」

娘に諭される母の図。

情けないにも程がある。


ジェルンが帰ってきた。

遅めの帰宅である。

彼は何も言わず、疲れた様子で壁を背に部屋の中へと入ってこない。

「どうしたの?」

心配になって声をかける。

置いて行ってしまった心苦しさもあるが、いつもと様子があまりにも違う。

まるで軍属していた頃の戦争の前の様な雰囲気だ。

何かを覚悟したかのようなそんな瞳が床と暗闇を見つめていた。

「ねね、ジェルン」

近付いて顔を覗き見る。

「話を共有したい。フレデリカはどこに居る?」

ジェルンの目にもそこに居るフレデリカの姿が視認されていなかった。

私はゆっくりとベッドの上を指差す。

その目がフレデリカを捉えた時、ジェルンは驚愕と共に奥歯を噛みしめる。

「そうか、もしかしたらもう既に」

何かを言いかけてやめた。

「言い難い事?」

「……なんでもない。氷の魔女レディグラス達からの話を共有する。フレデリカが起きたら話しておいてくれ」

ジェルンから話された内容には言い難い事はまるで含まれていなかった。

そうなると、私の勘が言っているのは蜘蛛の魔女に関連することである。

逃げてしまった私が頼りないのかもしれないし、そうじゃなくても口封じされている可能性もある。

「蜘蛛の魔女からはなんて言われたの?」

ジェルンは何も答えず、その場を立ち去った。

「うわぁぁぁぁ!ジェルンが心配だよぉぉぉ!」

「煩いですよ」

ジェシカはすり寄る私をまるで羽虫の如く手で払う。

「私達に話せない事であるというならば、彼のことを注意深く見ている他有りませんね」

「確かにそうだけどぉぉぉ!!気持ちを共有して欲しいもん!!」

「煩いですよ」


フレデリカが目覚めたのは翌朝だった。

そこからジェルンに聞いた話を彼女にも共有した。

氷の魔女レディグラスの話は到底断れるようなものではなく、彼女に脅されればフレデリカとしても受け入れる他無いという結論の様子だった。

「二人に食事を与えるわ」

フレデリカの手元から炎が沸き立つ。

私はそれに吸い付き、ジェルンを探して手招く。

「俺は……良い。さっき外で火を起こしたから」

自分で火を用意してしまうとは流石軍属の錬金術師である。

「一通りの野営術は遠征の際に学んだ……今後は自分で火を用意するから俺は必要ない」

フレデリカは小さく頷き返す。

「そう……レディグラスから聞いたの?」

ジェルンはフレデリカからの問いに何も返事をしなかった。


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