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第十四話 承『機械少女とお化けな御主人様』

「「第十三回」」

「エリーゼと」

「ジェルンの」

「「前回のあらすじ」」

エリーゼは何食わぬ顔で本を眺める。

「何これ?」

「もう、この物語すら覚えていないのか?」

ジェルンは本のページをめくる手を止める。

ステージから降りていき、眺めている観客の1人の下へと跪く。

「ケリーとエリーゼの記憶を返してください」

今回の演者ではないその人物は口角を歪める。

「条件は飲みます。貴女のものになります。お願いします」

大きな音を立ててポップコーンがその人物に投げられる。

同じく今回の演者ではない1人の少女。

その少女はなぜそんなことをしたのか分かっていなかった。

ただ、この状況に初めてその感情を抱いた。

怒りと悲しみだ。

故に遂に動き出す。

ジェルンとエリーゼという二人の主人公ではなく、もう一人の主人公。

機械少女の物語。

「嫌だよ!エリーゼとジェルンを返して!!」

泣く機能性が有れば少女の頬には流れていただろう。

両の瞳はその人物を睨みつけ、決して離さない。

「二人を取らないで!私の大切な人達を傷付けないで!」

足をジタバタとさせ、エリーゼとジェルンの手を引いて舞台に登っていく。

そして、あらすじを読み上げたのはジェシカだった。

「忘却の魔女ヘレンに記憶を奪われたエリーゼ。ヘレンは三人で廃校に訪れており、全員がアルフレッドとエリーゼの顔見知りであった。エリーゼの祖母のエルダー。アルフレッドの錬金術の師であるヘルメス。そのヘルメス伯爵夫人であるヘレンだ。エリーゼが記憶を奪われており、深く怒りを露わにするジェルン。様々な怒りと悲しみを胸に遂に暴走してしまったジェルン。彼はもう感情の暴走を止められない」

本にペンを突き立て、ジェシカは大きな✕印を付けて皆の前に突き付けた。

「私が止める!私が助ける!私の大切な家族だから!!」

記憶を失っているエリーゼがジェシカに対して拍手を送る。

「頑張ってねお嬢ちゃん」

ジェシカは怒りに任せて床を強かに踏んだ。

唐突に窓が弾けた。

その部屋を中心に次々と窓が弾けていく。

ソフィアが咄嗟にジェシカを腕の中に庇い、ガラス片を受けた。

「ソフィア!?」

いつもは機械的なジェシカが慌てふためく。

「痛っ……たたた……お姫様が怪我する訳にはいかないもんね」

心配させないためか、平気そうに笑うソフィア。

しかし、動くと彼女の露出した箇所は引き裂かれる様に血を流した。

自分のフリルを千切り、それで患部を撫でるようにしてガラスを取り除いていく。

「痛っ……ね、中にみんな居るけど大丈夫かな?」

ソフィアはその上で中に入ろうとするが、それをジェシカは手を取り止めた。

「私が行くからソフィアは病院に行ってきて」

「でも……」

躊躇うソフィアの手を強く握りしめるジェシカ。

「でもじゃない!行ってきて!!」

その力を手にソフィアは頷いた。

「分かった……危なくなりそうだったら」

「うん、分かってる」

ジェシカがこんなにも人と話をするのは珍しい。

だからこそ、気圧されたようだ。

ソフィアは廃校を後にした。


昇降口の下駄箱。

散らばった上履きとスリッパ。

埃を被ったの子。

ジェシカの靴が新たな足跡を付ける。

「お母さんがくれた靴が汚れちゃう」

しかし、汚れることもいとわずに大きく足を踏み出せた。

「わぁぁぁぁ!!」

廊下の先で泣き叫ぶ声がした。

「この声はノイマン?」

ジェシカの声が向こうにも伝わったのか、逃げる先はジェシカの方向になった。

向かってくるノイマンは泣きベソをかいている。

「うわぁぁぁん!!こわいよぉぉぉ!!」

ジェシカの側に来ても泣き止まず、ノイマンの髪から蜘蛛の巣を取り除いてやるとノイマンはゆっくりと話を始める。

「ひっく……最初はジェルンとトーマスとガイも居たんだ……だけど、ひっく」

じんわりと目から涙が込み上げて来てまた涙腺が崩壊したノイマン。

「ジェルンがいきなり走り出して……トーマスもそれに付いてく形で……僕は呆気に取られてたから……追いかけられなくて」

「ガイは?」

ジェシカの問いにノイマンは首を横に振る。

「ガイは校舎に異変が起こって……直ぐにジェルンとトーマスを探しに行ったんだ……ごめんジェシカ、勇気が無くてごめん」

ジェシカはノイマンの背を撫でてやり、そしてノイマンの向こう側昇降口入って左側の廊下へと向かおうとする。

ノイマンは泣きながらも、ジェシカの背を見て奥歯を噛みしめる。

女の子が一人で向かおうとするのに震える両足。

情け無くて余計に震えが増す。

「っ……あ……」

言葉が見つからず、再び泣き出す。

膝を付いて両手を床に当てて涙を溢す。

「……ガイは階段を登っていった……上の階だよ……僕も行く……散々逃げて泣き虫で情けないかもしれないけど、お姫様1人に行かせたら僕はもう……前を向いて歩けない」

最後に声を絞り出すと、ノイマンはジェシカよりも先にいそいそと走り出す。

「……ジェシカ、こっちだよ」

涙を袖で拭い、鼻水をすすったノイマンにジェシカはハンカチを差し出す。

「ありがとうノイマン」

ハンカチを受け取り、ノイマンは大きな音を立てて鼻をかんだ。


階段を登り、先程真っ先にガラスの割れた部屋を目指す。

そこにきっとガイとトーマス、それからジェルンとエリーゼも居ると信じてジェシカは走る。

すると、廊下に強かに背中を打った老人が見えた。

白衣を着用した黒い髪をセンター分けにした丸眼鏡の男性だ。

その男性の横を駆け抜けるガイの後ろ姿が見えた。

「待ってよ!ガイ!!」

ノイマンは老人を尻目にガイの背中を追いかける。

ジェシカは倒れた老人が気を失ったのを確認した。

「大丈夫?」

手を差し伸べるが反応は無い。

そして、直ぐ側で悲鳴が聞こえた。

ノイマンのものだ。

先程の老人同様に壁に向けて飛ばされていた。

それをトーマスが片腕で受け止めている。

「どうして来てしまったんですか!」

トーマスの問いに泣きベソをかきながらもノイマンは答える。

「ひっく……こんな事になってるって知ってたら来なかったよ!!」

そして、その二人の足元を超えた先に呑気に鼻歌を歌うエリーゼとまるで抜け殻になったようなジェルンが跪いていた。

その先に居るのは二人の老婆と鉄パイプを構えたガイ。

老婆の一人はスーツであり、もう一人はドレスを着用している。

「関係のない子供達が迷い込んだみたいね……今なら見逃してあげるわ」

スーツの老婆が手であっちに行けと払うと、ガイは声を張り上げる。

「ジェルンは俺の子分だぞ!!子分を置いて逃げる訳ないだろ!!」

「そう、排除なさいエルダー」

スーツの老婆が動き、鞭を振り回す。

それをガイは鉄パイプで受け止めた。

「あら意外」

エルダーは鞭を逆手に持ち換え、次の凪へ繋げる。

それをガイはエルダーの手首を鉄パイプで打つ事で相殺した。

勢いが殺され、その上で攻撃手段を奪われるエルダー。

「……油断しました」

鞭を手から落とし、痛そうに顔を歪めるエルダー。

ガイは大きく息を吐き出す。

「ひっく、そうだよ……伊達に毎日ジェルンに負けてないよガイ!」

ノイマンが言うとガイは歯を見せて笑う。

チャンバラごっこで負け記録を更新中のガイ。

初めて会った時からずっと遊ぶ都度にこうして木の棒を交えてきた。

いつかジェルンやトーマスみたいに強くなりたかった。

「あまり能力を使いたくないのだけど……仕方ないわね」

もう一人の老婆がガイに掌を向けた。

ガイは身構えるが、そのガイを氷が横殴りにした。

「……いっ……なん……!?」

ガイにとっては老婆が氷を出した様に見えただろう。

実際はトーマスが忘却の魔女から守ったのだが、その事をジェシカもガイもノイマンも分からない。

故にノイマンは悲痛な叫び声をあげる。

「氷の魔女だぁぁぁ!!」

魔女と聞いて強張るガイの体。

ガイに再び手を向けたドレスの老婆だったが、今度は老婆の足元から氷の槍が腕を串刺しにした。

「ぐっ……あんたから先に死にたいようね!?」

「ちょっと!!その人私の好みのタイプなんだから虐めないでよね!!」

エリーゼがチョロチョロとドレスの老婆の周りを浮かび視界を塞ぐ。

鬱陶しそうにするドレスの老婆に向けてエリーゼをカーテンにするようにガイが突き抜けて行き、ドレスの老婆の頭を鉄パイプが強かに打ち抜く。

守ろうと手を伸ばすエルダーの前にはトーマスが躍り出ており、その手を払い除けた。

間に合わない。

二度、三度の打撃がドレスの老婆の頭を殴り、老婆は力尽きた様に床に倒れた。


普通に考えればそうなるのは自然の摂理である。

老人と若者が戦ってどちらが勝つのか。

故に交渉というカードを切った忘却の魔女。

それが通じないガイとトーマス。

子供が相手だと侮った事も災いし、絶対的な有利を失ってしまった。

ジェルンの傍らエリーゼの異変にも気が付くジェシカ。

「ジェルン……起きて……ジェルン……やだよこんなの」

ジェシカにその身を寄せられ、ジェルンはより一層強く暴走する。

再び体が浮かぼうとするノイマン。

トーマスとガイは割れた窓に向けて体が飛んでいく。

「ヤバい!!」

鉄パイプが窓枠に引っかかり、辛うじてガイは助かった。

しかし、トーマスは……。

急降下していくトーマスの体。

「自分のことは気にしないでください!!」

氷柱が足場になるようにトーマスの体は持ち上げられる。

「ジェシカさん、兄貴を頼みます!」

「氷の魔女め!!」

未だ勘違い中のガイは今度はエルダーに目を向ける。

窓枠に手を伸ばし、ガラスが刺さることもいとわずに掴む。

鉄パイプを振りかぶり、それがジェルンに向けて飛んでいった。

鉄パイプの金属音が響き渡る。

甲高い音、仲間の声、柔らかい素材とジェシカの優しさ。

ようやくジェルンは目の焦点が定まり、ゆっくりとジェシカの存在を認める。

「……ジェルン、落ち着いて」

「あー!!!分かったぁ!!」

エリーゼが叫ぶ。

この状況に合点がいったらしい。

「このジェシカって子がお姫様なんだね!?」

ジェルンとトーマスの蔑んだような目がエリーゼへと向かう。

その視線だけで教室の温度が下がったような気がした。

「頑張れジェシカ姫!ジェルン王子も頑張れー!」

エリーゼが自分は関係ないとばかりにエールを送る。

「もー!!」

呑気なエリーゼを他所にジェルンが転がった鉄パイプを拾った。

「……交渉決裂だな」

エルダーの頭に向けて振りかぶった鉄パイプ。

それは当たる寸前で止められた。

「……生前のお世話になったよしみです。命までは取らせないでください。エルダーさんもヘレン様もヘルメス様も悪魔に誓ってください。この場にいる誰も……あなた達3名含めて誰も命を奪いたくありません」

エルダーはジェルンのその言葉を聞いて床に崩れる。

「アポストロフィ様は賢者の石を既に持っておられる。……慈悲は捨てなさい。それは甘えです」

ジェルンは首を横に振る。

「殺されて罪から逃れようとするのもまた甘えではないでしょうか」

エルダーは深くため息を吐き出す。

「悪魔に誓いましょう。ヘレンとヘルメスも助けてくれると言うのなら、エリーゼとケリーの記憶は必ず返させると約束しよう」

エルダーとジェルンの契約。

それを聞いてトーマスとジェシカは脱力した。

「勝ったぁぁ」

「良かった……良かった」


エルダーがヘレンを起こし、事のあらましを全て伝える。

最初は抵抗したものの、エルダーが既に悪魔に誓わされたという事を知り、形勢不利は免れない事と諦めて記憶を返して貰えることになった。

エリーゼは元通りになったが、これまでの自分の行動も覚えているらしく、ジェルンに謝り倒している。

そこでふと我に帰る。

ガイとノイマンが魔女を知り、無力なままに巻き込まれているという事に。

トーマスの様に傀儡とならずしての二人はこの先、闇を知る者としてフレデリカに消されてしまうかもしれない。

彼女は慈悲深い訳では無いということがトーマスとの1件以来分かったことだ。

故に彼らは選ぶことになるだろう。

死か傀儡となるかという二択を。

事情についてはトーマスが説明してくれている。

「ジェシカが楽しいって感情の他にも怒りや悲しみを経て嬉しさを理解したみたいだな」

研究者気質なのだろう。

ジェシカの前に立ってブツブツと経過と傾向を呟くジェルン。

トーマスからの説明を受けて愕然とするノイマンと、どこか興奮を抑えられないガイ。

「えぇぇ、僕、魔女の子分にされちゃうの?」

ノイマンは嫌そうだ。

「はははっ、魔法が使えるってことだろ?トーマスの氷みたいに……ってなると、俺は炎?」

トーマスはガイとノイマンに追加で伝える。

「今、自分達の側に居るのは『輪廻・水・炎・蜘蛛・氷』の魔女だよ」

豊富なバリエーション。

「とはいえ、助けてくれるかは魔女次第なんだけどね」


ガイが指折りどの魔女の傀儡となるか考える横で、ノイマンは物憂げなエルダーとヘレンを見ていた。

ゆっくりと歩み、そして手を差し伸べる。

「お婆さん、床は硬いでしょう。ボロボロですけど、カーテンを敷いたのでそちらに座って下さい」

労るノイマン。

それがじんわりとヘレンの眦に涙を誘った。

「……アルフレッドが欲しかった。だからヘルメスにも頼んだのに……アポストロフィが邪魔だったせいで、よりにもよってリーンカーネーションの裏切りのせいで魔女裁判まで行われて」

本来処刑される筈だったリーンカーネーションの代わりに犠牲となったエリーゼとアルフレッド。

「アルフレッドだけでも助けたかったのに、またもリーンカーネーションに阻まれ……魂だけになった……その魂すらも今回諦めるしかなくなった」

ノイマンの手に掌を重ね、そしてヘレンは恨みの籠った瞳がこの部屋の誰でもない所を睨んでいた。

恐らくは方角。

フレデリカの隠れている家の方角である。

アルフレッドを求める彼女はその過程でフレデリカの居場所を突き止めていたのだろう。

「許さない……リーンカーネーション!!私が消してやったアンタの記憶をもとに戻してやる!!」

そうしてヘレンは悪魔への誓いを破った事になった。

そうするとどうなるのか、見たことがなかった。

空間が歪み、しわの入った真っ黒な掌がヘレンの体を包み込む。

「……滅びろアポストロフィ!!滅びろリーンカーネーション!!ハハハハハハ!!」

空間の歪みの中へと消えていった。

あまりの出来事にノイマンが呆気に取られている。

すると、エルダーがヘレンの代わりにノイマンの手に掌を重ねた。

「では、私をエスコートして貰えるかな」

エルダーとヘルメスが残され、二人共に今の状況について行けていないみたいだった。

ヘルメスも今しがた起こされて悪魔に誓わされた。

「やれやれ、アポストロフィに合わせる顔がない」

永遠の傀儡であるエルダーとヘルメス。

立場的にアポストロフィに敵対するわけにもいかない二人はアポストロフィとジェシカ達に今後関わらない事になった。

「エリーゼ、幸せになりなさい。アルフレッド、エリーゼを幸せになさい」

ヘルメスに担がれてエルダーもこの廃校を後にしていく。

そして、さらなる異変が起こった。

エリーゼが消え、ジェルンが倒れたのだ。

ジェシカは事の変化に追い付けない。

更にはドロシーの影響下にあったはずのハエトリグモまでも糸の切れた操り人形のように一瞬脱力したかに見えた側で脱兎の如く逃げ出していった。

「えっ、えっ、えっ」

事情を一番分かる仲間であるトーマスだからこそその思考に至る。

「フレデリカさんにリーンカーネーションとしての記憶が戻ったことで、アポストロフィ側だった事実が上書きされた……なんてことはありませんかね?」

そうなってしまうと、ジェシカ達はアポストロフィの敵対をしている訳だから、真っ先にジェルンとエリーゼを動けなくさせるだろう。

「やだよ」

ジェシカはまたも家族が奪われた悲しみに胸が締め付けられる。

「行きましょうジェシカさん」

トーマスが前を歩き、その隣にガイが立つ。

ノイマンがジェシカの背を押す。

「自分達がまた力を貸します」

「俺の子分を助けてやらねえとな」

「ほら、自分で歩いてよジェシカ。僕はジェルンを背負っていくからさ」

震える手。

悲しみの中で彼らに頼もしさを感じた。

「ありがとう……」

そのジェシカの薄い笑顔。

泣けないジェシカはその薄い笑顔に悲しみを隠した。

そのジェシカにガイが力強く頷いた。

「おう!!」


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