第十三話 起『戦争とは国規模のワガママですよ』
「「第十二回」」
「ジェシカと」
「アルフレッドの」
「「前回のあらすじ」」
久しぶりの舞台に衣装をソワソワと確認するアルフレッド。
ジェシカは椅子にちょこんとお利口さんに座っている。
「フランツベルン3カ国からとか狙われすぎじゃないかな」
アルフレッドはジェシカの傍らに歩み寄り、彼女がペラペラと捲る本に手を被せる。
「裏話をするっていうのはどうなった?」
ジェシカは頷くと本を閉じて語り始める。
「百年戦争なのかな?」
「違う。けど、作中でそう呼ぶのは有りだと思ってる。フランツベルンは山に街を形成したが、余剰地は勿論ある。そこをリタイアとインペスには狙わせている」
「勝てるの?」
アルフレッドは首を横に振る。
「イリキスの予言の魔女が勝機もなく戦いに挑むとは思えないだろう」
「そっか。そういえば編集者さん甘々なんだって言ってたよ」
話の方向修正下手すぎか。
普段からあまり人とのコミュニュケーションを取らせていないことへの弊害だろう。
「仕事だったらもっと文書に指摘したいことが山程有るって」
「大丈夫大丈夫、俺に任せてたら面白い話になるからって作者は言ってたよ」
言う事を聞かない作者である。
「もっと編集者が居るっていう強みを活かしたら良いのにな」
「私もそう思う」
ジェシカは足をプラプラさせている。
「ねぇ、どんな地理になるの?」
世界地図がどんなものか指で空気を描くが、アルフレッドは首を横に振り、地図を見せる。
「ヨーロッパの世界地図見てみな。フランス、イタリア、スペイン、イギリスがこの辺に有るだろ?」
「あー、やっぱりモデルはそこなんだ?」
誘導尋問である。
わざと引っかかってやったんだよ。
そんなに嬉しそうにされると心が痛むだろ。
「アーサム共和国は下のアフリカか西のアジア諸島含めたジパング側にしようか迷ってる。たぶんこのままだとアフリカになるんだろうけどな」
「なんで地図が地球儀じゃないの?」
地球平面説の頃の地図だからである。
私が堂々と日の本を歩いている。
「フレデリカとジェルンのおかげだね……生き返ることは出来なかったけど」
こうして再び自分の足で大地を踏むことが出来た。
私は自分の死体の中に入り、それを動かす事でジェルンやジェシカ同様の事をやってのけていた。
「心配だから後を付けたらストーカーと批難される日々……ついに私は勝ったのよ!」
これで堂々とジェシカとジェルンに混ざって子供達と遊びに行くことが出来る。
私はそこで喜びと共に目を覚ました。
「……もぉぉぉぉ!!夢オチなんてサイテー!!」
ポカポカと布団を叩く。
手が布団をすり抜けてしまう。
「むむむむぉぉぉ!」
苛立ちをぶつける事さえ出来ない。
私は元の体に戻りたい。
本当に戻りたいのだろうか。
死んでしまったその体に入ったとして、またエリーゼとしてやり直せるのだろうか。
今は冷凍保存で腐らないようにしてくれているけれど、そこに私の意志が宿ったとして、心肺の停止した体は1度の行動で腐ってしまうのではないだろうか。
そう考えた私はフレデリカが保存してくれている私の体にあまり向き合わないようにしてきた。
輪廻の魔女リーンカーネーション。
フレデリカの昔の名前だ。
私が輪廻の傀儡だとして、幽霊としての力が与えられているのは傀儡の能力なのだろう。
幽霊が生き物を操る話を聞いたことがある。
幽霊に憑かれてとかそういう話は有名な話もいくつがある。
私の大好きなラック婦人の人形劇にもその話はあるぐらいだ。
幽霊が生き返ることはあるのか。
輪廻……転生。
やはり輪廻と来れば転生と繋がるだろう。
輪廻転生。
生まれ変わる。
それをフレデリカは繋ぎ止めているという力の行使をしている。
転じることを許していない。
だから私はエリーゼでいられる。
「私がエリーゼで居られるのはいつまで……?」
胸中に不安が駆け巡る。
その時、傍らにジェシカが駆け寄ってきた。
「エリーゼも行きませんか?」
「どこに?」
覚えたての笑顔。
ジェシカの柔らかな笑みに先程までの不安が嘘のように晴れていく。
「新しい拠点にどうかという話になっていた場所。肝試しに行くとガイが言い出したせいだけど、下見に行くってことらしい」
相変わらず機械的な話し方である。
私の娘はちゃんと育ってくれるだろうか。
「……うん、行ってきたら?」
ジェシカは首を横に振り、エリーゼへと手を差し伸べる。
「ううん、お母さんといっしょがいい」
心臓が爆発した。
勿論比喩である。
心臓があったら爆発していただろう。
鼓動が早い。
「あぁぁ……尊い……娘が尊い」
「号外!号外!!戦争の最新ネタだよー!!」
戦争が始まる。
その事を知ったのは新聞にて、号外と叫び自転車を漕ぐ青年から新聞を上から覗き込み、私は目を通した。
イリキス、リタイア、インペスに狙われているフランツベルン。
しかし、魔女狩り直後同様の変わらぬ日常。
きっとこの国はずっと変わらないのだろう。
「戦争とは何でしょう?」
ジェシカの問いにソフィアが答えた。
「人がいっぱい死ぬらしいよ?私のお父さんが言ってた!」
そうだけど、それでは戦争の恐ろしさは伝わらないだろう。
前を歩くガイ、トーマス、ジェルンの内のトーマスが振り返った。
「戦争とは国規模のワガママですよ」
「なんで?」
「その国にしか無いものを高く売り付けられたりするんですよね。だから、その国を潰して丸ごと手に入れるんです。ワガママでしょう?」
「そっか……」
「だから、国土を奪われ、人々が死ぬんです。国規模のワガママは一介の市民ではどうにもなりませんね」
すると、ノイマンが眼鏡を押し上げる。
「イリキスの第三王子と第五王女ならあるいは……ていうか、戦争相手の国にいて良いんですか?」
そうである。
その嘘のせいでフランツベルンの民からすら敵視されかねない。
ジェルンは腕を組んで何かを考えている。
何かしらの言い訳が思い浮かんだのかノイマンに向けて話し出す。
「それは大丈夫だ。その戦争は形だけのもの。来るべき日のもっと大きな戦いに向けて軍事演習を行っているに過ぎない。優れた騎士と兵士に加えて兵器を生み出すためのものなんだ」
ノイマンとトーマスは感心した様に頷く。
「そういうことだったんですね」
「だから、大人達は普段通りの日常を暮らしているだろう?」
言われて周りを見てみると、まるで緊迫感がない。
野菜や魚の叩き売りをしていたり、劇団の宣伝や市長選挙のための演説、炉端には大道芸人が居て、子供達が無邪気に遊んでいる。
「確かに……戦時中とは思えませんね」
昔は学校だったという幽霊屋敷。
ツタに覆われ、窓からも日の光が入らない作りになっている。
「思ったよりも雰囲気があるな」
ガイが真っ先に玄関まで歩き、戸を押し開く。
すると、中から無数のコウモリとネズミ達が光を嫌って蠢いたのが見えた。
そっとトーマスが戸を閉める。
「本当に行くつもりですか?」
「ああああたり前だろう?」
ガイは動揺で目が左右に踊っている。
ノイマンもひしひしと嫌な予感を感じ取ったのか、今にも逃げ出しそうである。
ソフィアはコウモリとネズミということで既に拒否反応を示していた。
「私は外でジェシカと待ってるね」
離脱宣言。
賢い選択だ。
私も生身だったら絶対にそうしていたからである。
しかし、事が幽体ならば話が変わる。
私は閉じている扉をすり抜けて中へと入っていった。
私には少なくとも輪廻の能力の他に水の能力もあるので、何かあったとしても問題にはならない。
そう思ったからである。
すり抜けた先には備え付けの長机と長椅子が簡素に並んだ教室。
黒板の前の教台には昔使われていたであろう教材に埃が積もっている。
煤汚れた机の上には鉛筆が転がり、床の隙間にビーズや折れた芯が挟まっている。
壁と窓に蜘蛛の巣が絡まり、カーテンは所々破れている。
「ここ……知ってるような」
確かな記憶だ。
幼い頃、私はここに来たことがあるような気がした。
その当時を思い出そうと頭を抱える。
「えっと……あれは確か……そう、私のおばあちゃんだったはず」
教鞭を執っていた凛々しい私の祖母。
私は今のように物の分別がつくまでは、子爵としての仕事で忙しくしている両親ではなく、祖母の家で預けられて育てられていた。
祖母は抱っこ紐で私を抱いてこの教室に居た。
私は覚えている。
凛々しい祖母の顔を下から見ていた。
祖母は子供達に家庭科の授業を行っていた。
裁縫に料理。
私が好きになった人形のルーツはラック婦人の人形劇だと思っていた。
もちろんそれも含まれるんだろう。
だけど、本当はそうじゃなかった。
「あ、おばあちゃんの人形」
教卓に置かれた私をあやすために使われた毛糸の人形。
「そっか、アンダーソンは……おばあちゃんが作ってくれたんだね」
だけど、なぜこんなに唐突に私は思い出したのだろう。
その答えは暗闇の中に現れた。
「……思い出したかしら……エリーゼ……」
「おばあちゃん……?」
祖母は既に他界している。
つまり、彼女は私の祖母の形をしている別の存在。
分かっているのに涙が止まらない。
「おばあちゃん!」
しかし、祖母は私が距離を縮めようとすると離れていく。
「どうして!」
「ヘルメス伯爵夫人様」
祖母はそう呟いて手を差し伸ばしその存在を招いた。
「貴女はヘルメス様の奥様……」
彼女が手を翳す。
すると、何もかもがどうでも良くなっていく。
「彼女はヘルメス伯爵夫人ヘレン……またの名を忘却の魔女ヘレン……」
「けれど、それは貴女は覚えていない。目が覚めたら貴女は……何もかもを忘れている」
私は……何者なのだろうか。
私はどうしてこんな所に居るのだろうか。
半透明な体。
私が今、目に映している彼は誰なのだろうか。
「大丈夫かエリーゼ?」
傍らに立ち、火を差し伸べる彼は人差し指から私の口元に寄せてくる。
「ちょっと、お兄さん駄目だよ火は人に近付けたら熱いでしょ?」
彼は困惑したように首を傾げる。
「どうしたんだエリーゼ?ショックで我を忘れたのか?」
私はエリーゼという名前なんだそうだ。
彼が言うのだからそうなんだろう。
彼は何者なのだろうか。
美しい顔立ちの絵本に出てきそうな王子様の様な風貌をしている。
「貴方は?」
彼は私の口元に強引に火を当てた。
「バカバカバカ!熱い熱い熱い!!」
そう言って身をよじり離れる。
「本当に熱いか?」
言われて口元に手を当てるが、全くヒリヒリとした痛みが無かった。
「あれ?」
不思議に思っていると、彼は次第に悲しそうに顔を歪める。
「忘れた……っていうのか?」
彼の肩に乗ったハエトリグモ。
それを手で払ってやろうとすると、すり抜けてしまった。
不便である。
そして、彼は手を強く握りしめる。
「……ふふっ、間違いないわね。この廃校のどこかに忘却の魔女が潜んでいるわ」
「くくくくクモが喋ってる!?」
私が大きく驚きを表現するが、彼は相変わらず辛そうにしている。
「……ふふっ、幽霊のお嬢さん……貴女の名前はオタンコナス。大好物は野糞で得意なことはリンボーダンスよ」
「おい、ドロシー。嘘を教えるな」
彼に叩かれ、ドロシーと呼ばれたハエトリグモは彼の肩から落ちていく。
だが、糸が絡めてあったみたいで直ぐ様登っていった。
「ふふっ、冗談よ。貴女の名前はエリーゼ。彼の名前はジェルンよ」
「ジェルンと私はどういう関係なの?」
忘れてしまった今、ジェルンはその関係性で苦しんでいるのだろう。
ジェルンは表情を隠すように背を向けた。
「……ふふっ、子供達を巻き込んで良いならこのまま戦いに行くべきなんでしょうね?」
「ここで取り逃がしたら、ケリーとエリーゼの記憶は戻らない……そうなんだろう?」
クモは薄笑いを浮かべている。
とても不気味だ。
王子様とハエトリグモ。
こんなミスマッチなかなか無い。
「俺は忘却の魔女を探す」
「えーっと、うーんと、魔女魔女って絵本の読み過ぎだと思うの。そもそも魔女なんて探してどうするの?」
ジェルンは振り返り、私に手を差し伸べる。
「決まってる。俺の恋人の記憶を取り戻すんだ」
「わー!!」
ジェルンには恋人が居るらしい。
その人が忘却の魔女というのに記憶を奪われているんだろう。
こんなに綺麗で格好良い王子様なのだから、きっと相手も可愛くて美しいお姫さまなんだろうね。
「良いなあ良いなあ!私も連れて行ってよ!」
ジェルンの手に手を重ねる。
すると先程まで触れることの出来なかった世界で彼の手にだけ触れることが出来た。
「えっ、わっええ!?」
「行くぞ!」
走り出す彼の背中を追いかける。
私の胸中に心臓があったのなら、きっと今高鳴っていただろうと思う。
コウモリとネズミ達がジェルンの通る道を開けていく。
この建物はかなりの広さがある。
一つ一つの部屋を覗いていくが、彼が探しているという忘却の魔女らしき人物は見えてこない。
「何処に!」
焦るジェルンとは違ってハエトリグモは冷静だった。
「ふふっ、魔力の痕跡を辿ったわ。おそらくは私達の接近に気が付いてそんなに遠くには行けていないわ。だからエリーゼに中途半端に常識が残っているのね」
魔力……魔女……うーん、私の中の常識がひっくり返されそうだよ。
「私幽体だし、魔女とか魔力とか喋るクモとか……夢でも見てるのかな?」
頬をつねろうとしてすり抜けた。
「もう!なんで!?」
「口に当てただけじゃ炎を吸収出来てなかったんだろう」
ジェルンは手に炎を浮かべる。
「この炎を思い切り吸い込め」
「ええええ、嫌だよだって火だよ!?」
夢だろうとなんだろうとこんなに熱そうに揺らめく炎を誰が好き好んで吸い込むだろうか。
私は断固拒否した。
「……そうなると、水の傀儡の代償になるが……俺には用意できない物だ」
ジェルンは諦めて見た場所は糸を出して絡めて封鎖していく。
「何この糸?」
私が興味本位で触れようとする。
すり抜けた。
「ぐぬぬぬぬぬ!」
「ふふっ、学習能力無いのかしら?」
今、このクモに凄く馬鹿にされた気がした。
蜘蛛の糸を辿るというけれど、本当にそうなのではないかと思わせる。
正確にそのハエトリグモは魔力の残滓というものを捕捉したのだ。
「ドロシー聞きたいんだけど」
ジェルンの問い。
「なんでフレデリカは呪いだって言うのに、他の魔女は魔法だって言うんだろうな」
ハエトリグモは数瞬の考える素振りの後に答える。
「ふふっ、望んでその魔女になったかどうかね。望んでいる者にとっては奇跡を起こす魔法。逆に望まず得た薄気味悪い呪いってところかしらね」
分かりやすかった。
「ねえ、あそこに白髪のおばあちゃんが二人居るんだけどもしかしてアレが」
一番最初に飛び出したのはジェルンだった。
「信じたくなかった……ヘレンと聞いてヘルメス伯爵夫人の貴女がどうして!!」
手から糸が放出され糸に絡まるかと思いきや、そうはならなかった。
「やりなさい……永遠の傀儡エルダー」
「……エルダーさん……どうしてそんな残酷な事……エリーゼが大事じゃないのか!」
「ええ、今でも大切に思いますよ」
私の祖母であるとかいうエルダーは薄紫のレディースのスーツを着用している。
髪は後ろに一纏めにしていて団子になっている。
全てが白髪であるが、装いがピッシリとしており、格好良い。
そんなエルダーは教鞭を振るうが如く、短い鞭を振り回して糸を絡め取った。
「貴女を倒さなくてはいけないのですか?」
エルダーは糸を手繰り寄せてジェルンとの距離を近付けていく。
「私に証明してくださいアルフレッド。貴方がエリーゼに相応しい男性であるということを」
燃える炎が糸とエルダーを焼く。
「察しが悪いわねアルフレッド」
エルダーの体に纏わり付く粘ついた液体。
消火の意図でバラ撒かれたものだ。
それを撒いたのは教室の入口を塞ぐもう一人の人物。
「ヘルメス伯爵……貴方は死んだはず……」
「ヘレンは君に交渉がしたいらしい」
ヘルメス伯爵は白衣を着用したいかにも理科系の男である。
白髪を肩まで伸ばしており、センター分けにしてるのは前が見えやすいようにだろう。
優しそうな風貌が丸眼鏡の下に見える。
彼の手で揺らされるフラスコの中には先程の粘性の液体が入っている。
「なぜ……どうして貴方方がアポストロフィの側に」
「不思議なことは無いさ……僕は研究が続けたい。アポストロフィ様は僕の研究成果に興味がある。利害が一致したからこそ、こうして永遠の命を与えられているんだ」
ヘルメス伯爵とジェルンの関係や私の祖母とヘレンという女性の関係は分からない。
でも、確かな事が1つある。
出口を塞がれ大ピンチ。
どこにも逃げられないのである。
「ふふっ、しょうがないわね」
ハエトリグモが私の祖母に向けて糸を放つ。
「……ふふっ、この死にかけの老婆は私が相手してあげるわ」
「1度死を味わった脆弱な魔女の分際で」
「ふふっ、足腰立たなくしてあげるから覚悟なさい?」
しかし、それでもヘルメスとヘレンの二人がジェルンに向けて交渉というのをやりたいらしい。
形勢不利は変わらない。
そう思っていた。
ヘルメスの液体が急激に凍り付く。
「……自分も混ぜて頂けますか」
「トーマス……助かるよ」
「兄貴にそう言って貰えるのは嬉しいですね」
その先には長身の男の子が立っていた。
私の感が言っている。
彼も美少年であると。
可愛い顔にオールバックが絶望的に似合っていない。
きっと髪を降ろしたら似合うだろう。
長身のトーマスは私に目配せをする。
「エリーゼさん、自分を手伝って貰えますか?」
私は検討に検討を加速させ可及的速やかに直感に至らしめた。
「えー、この子めっちゃタイプ!」
「え……エリーゼ……さん?」
なぜだかジェルンが今までで一番ショックを受けているようにも見える。
「ふふっ、記憶が戻ったらどういう反応するのかしらね」
ジェルンはショックを隠そうともせずに……というか、余裕らしいものが無いのかそうなっているみたいだ。
がむしゃらに放たれる炎と糸。
それをヘレンは涼しい顔で躱していく。
「交渉というのは簡単なものよ……エリーゼとケリーの記憶を返す代わりにアルフレッドの全てが欲しいの」
「……そんな事をしなくても貴女とは良い関係を築けていたはずだ」
「いいえ、私が見たいのは貴方が私に屈服する姿。従順に私に平伏する姿。……ヘルメスに頼んでいたのだけど、アルフレッドってば中々優秀な錬金術士らしくてアポストロフィ様が譲ってくださらなかったの」
「……そんなことあってたまるかよ……ふざけやがって」
現実を否定するかのように頭を掻くジェルンに静かに告げる。
「今なら手に入る……ねえ、エリーゼとケリーを助けたくは無い?」
ジェルンはいっぱいいっぱいだったのだろう。
膝を折り、床を眺める。
「俺がそちらに行けば二人は助けてくれるのか?」
「ええ、その条件を聞かせたらエルダーも手伝ってくれたの。アルフレッド……私のものになりなさい?」
空間が捻れる。
否、そうではない。
空間のあらゆる物が浮かび飛び回っていた。
ポルターガイストと呼ばれる事象。
それこそがジェルンを中心に巻き起こっていた。
予想外だったのだろう。
ヘレンは飛んできた長椅子に殴られ、地面に手を付く。
「くっ……ポルターガイストはエリーゼだけではなかったの?」
それは私も、トーマスもハエトリグモまで巻き込む。
暴走のようだった。
「誰かアルフレッドを止めなさい!」
ヘレンが叫ぶが、その時ヘレン含めて全員の足が浮いていた。