第十二話 決『どうか死なないで』
「「第十一回」」
「ノイマンと」
「トールの!」
「「前回のあらすじ」」
それは、家族の団欒である。
ノイマンとトールは実の親子。
代わり映えのしない日常を映し出していた。
「この本面白いね」
ノイマンが本を閉じてトールへと差し出す。
トールはノイマンから本を受け取ると、パラパラと捲って内容を確認する。
「ああ、父さんもこういう熱い展開好きなんだよなぁ」
ノイマンは腕を組んで何度も頷いて見せた。
「伏線も良いよね。ちゃんと全部拾っていっててさ……次が早く読みたいよ」
「おっと、そろそろ仕事の時間だ。お品書きを読んだら父さんは仕事に行ってくるけど、家で母さんと大人しくお留守番してるんだぞ?」
ノイマンは本の要点だけをかいつまみ、お品書きにしていく。
「火薬でドッカンユーリウス。劇場で『アーサムの火蓋』の演目を練習していたミランダ役の水の魔女ブルースフィアとの再会。協定を結んだ炎の魔女サンドラと水の魔女ブルースフィアを連れてかつての教会跡へ。待機組と乗り込み組に強制的に別れてしまう異空間はオーディアルによる試練の空間。そこに現れるもう一人の水の魔女ウォルター。そこで、なんとベルヴィルとトーマスはサンドラの味方をした。しかし、空間の割れ目から二人は落とされてしまった。そして、ドロシーの蜘蛛も例外ではなかった。アポストロフィ側に裏切っていたレディグラス。裏切りの魔女を差し出すつもりでいたらしい。水の魔女ブルースフィア、炎の魔女サンドラ、そして輪廻の魔女リーンカーネーションが狙われている。それをジェルンは看過できない。不利を踏まえて炎の傀儡になろうとするジェルン。しかし、悪魔に拒まれてしまった。聖水を扱うウォルターにサンドラ共々巻き込まれ、濁流に飲まれようとしたその時。走馬灯に身を委ねる事で思い出したジェルン。フレデリカが二人を巻き込んだのだ。水死のエリーゼと焼死のアルフレッド。これまでの点が線となり繋がる」
理由も分からず俺の叫びに釣られる形で炎を放出する炎の魔女サンドラ。
その炎を吸収し、俺は前方に迫る氷と水の双方に向かい炎を放出した。
思い返せば、エリーゼが炎を吸収した際にもその兆候はあった。
世界への存在感高まる反面で干渉力が高まるというものである。
という事は、食事とは名ばかりであり、干渉力を高めることが出来れば、エリーゼのポルターガイストの様に世界への干渉力を応用して炎の干渉力も高めることが出来るということなのだ。
目が眩い炎の灼熱でチカチカと明滅する。
氷と炎が燃えるというまさかの情景に、優勢だった筈のウォルターとレディグラスがたじろぐのが見えた。
「嘘でしょう……?」
予想外だったのだろう。
というか、彼女は知らなかったのかもしれない。
フレデリカの輪廻の傀儡が炎を吸収して存在を保っているということを。
そういえば、傀儡によって必要になる代償も違うという話だった。
俺達の代償について知っているのはベルヴィルである。
ベルヴィルは傀儡ではなく人間であるという話だった。
父親でもあるため、レディグラスの完全な味方だと思っていたがそうではないみたいだ。
「カッ……カカカカ!そういえば、輪廻の代償は炎……アタシの炎を吸収して影響力を高めれば水も氷もあっという間に水蒸気だなんてな!バ火力も大概にしろってんだ!」
サンドラが頭を掻いている。
「さて、サンドラ……この二人、どうしようか?」
問いかける俺に対してレディグラスとウォルターの判断は早かった。
「待って待って私が悪かったから!!」
「お願い許してえん!?」
滑り込むように土下座である。
殺そうとしてきた相手に慈悲を向けるべきか迷っていると、サンドラが俺の腰を叩く。
「カッ、二人共ジェルンに感謝しろ……協定が有るからな……おまえ達の悪魔に誓わせるならきっと見逃してくれるさ。コイツはアタシと違って優しいみたいだからな」
悪魔に誓わせるというのは本当に効果があるみたいだ。
口約束の協定なんかよりも強固であるようだ。
悪魔について触れたらウォルターとレディグラスは互いに黙った。
不利な内容で協定を結ばされる事を察したのだろう。
しかし、それもしょうがないだろう。
それだけで済ましてやるのだから、サンドラも大概情に厚い女である。
レディグラスとウォルターが誓わされたのは以下の通りである。
週に一度サンドラの爪先にキスをしに来ること。
その際にアポストロフィ側について分かっていることを話すこと。
敵対行動をしないこと。
攻撃の意思や裏切りの意思を持たないこと。
協力要請には応じること。
嘘をつかないこと。
そして、サンドラが唯一無慈悲に下した罰らしい罰として、レディグラスは語尾に『にゃ』を付けること。
ウォルターは語尾に『わん』を付けること。
である。
レディグラスは放心している。
ウォルターも最後の条件が屈辱の様子だ。
犬猫の真似事をさせられるとして、それに加えて爪先にキスをしに来ることという条件が尚更である。
「思ったよりも絵面的にキツい罰を与えるんだな」
サンドラは腹を抱えて転がりまわる。
「カカカカ!いい気味だ!」
サンドラは涙が出るほど笑い、涙を腕で拭う。
「カッ……アタシだけ戻してジェルン1人を先に倒す事も選べた訳だ……追い詰めなきゃ殺られるぞ」
しかし、その場合は個別にしたブルースフィアとサンドラの合流に加えて、ドロシーとトーマスとベルヴィルとエリーゼが待ち構える布陣となる。
彼らが教会内部に居るならオーディアルの空間に再び個別に呼び込む事が出来るかもしれないが、流石にドロシーがそうはさせないだろう。
「俺達はこれで充分罰は与えたと思うが……ドロシーがこの後何をやらせることやら」
嘘をつかれた事に激怒しオーディアルに罰を与えたドロシーである。
今回、ドロシーは二人に何をやらせることやら。
最低である。
ドロシーは満面の笑みだが、レディグラスとウォルターが屈辱に顔を歪めている。
死すら生ぬるい。
蜘蛛の糸で作られた猫耳と犬耳のカチューシャを付けさせられ、メイド服を着用させられてドロシーの給仕をしている。
「ふふっ、貴女達も明確な寿命を持たない訳だから、いったい幾つのオバさん達がそんなはしたない格好しているのかしらね……ふふふふふ」
レディグラスの歯ぎしり。
気持ちは分かる。
お前がやらせておいてなんて酷いことを言うのだという不満は痛いほど分かる。
だが、喋るときは語尾を付けないといけないから怒りを主張できないのだ。
「今回の事はサンドラとブルースフィアを危険に晒しただけじゃなく、俺も巻き込まれているからすまないが助けてやる気はない」
もうしばらく反省をさせるべく今回は醜態に目を瞑った。
意外なことにベルヴィルはこの罰に対して寛容だった。
「クールじゃねえぜ……魔女は死んだ瞬間の若さから老いない。レディグラスは俺よりは若いが、寿命も永遠みたいなもんで、俺が死んだらいつかはそんな歳なんてのも数えるのをやめるだろう。冥土の土産に良い思い出が出来たよ」
ベルヴィルも若くは見えるのだが、いったい幾つになるのだろうか。
娘に名前で呼ばれる父というのはあまり見かけることがない。
パパ、父上、お父さん等、呼び方は様々有るだろうが、よりによって名前呼びである。
二人にはまだ語られていない何かがあるのかもしれない。
嘘を吐けないようにされた今ならレディグラスから本当の意味で色々と聞けることだろう。
しかし、二人の事の深さに関与する気にはならなかった。
レディグラスが本音を語ろうとせずに沈黙を選ぶことも出来るのだ。
また、ベルヴィルには一切の制約がない。
結局は話を鵜呑みにするしかない訳なのだ。
教会跡はアジトとして使う事無く、フレデリカの家に集まる形となった。
これにより、一気に狭くなる。
当然かもしれない。
元々はフレデリカが一人で暮らしていた古民家である。
そこに、エリーゼとジェルンとジェシカが加わり、ドロシーと蜘蛛たち、監視の目的でレディグラスとウォルター、協定のためのサンドラとブルースフィア、ベルヴィルとトーマスとユーリウスも高頻度で訪れるとなれば、手狭は確実なのである。
フレデリカはエリーゼに手招きをする。
「お使いをお願いしたいの。ここは少し手狭になってきたから、次の拠点を探してくれないかしら?」
その発言にトーマスが手を挙げる。
「自分が良い場所を知っていますよ。なんでも、昔学校として使われていたらしく、ガイ達に肝試しに誘われてるので、その際に下見をされてはどうですか?」
無言で握手するエリーゼ。
しかし、手はすり抜けてしまった。
「……むう!!」
ふくれっ面になり、火を求めてサンドラのもとへ。
お化けの食糧事情が解決されたので、これで物理干渉し放題である。
しかし、サンドラが乗り気ではなく断られてしまった。
トボトボと俺の所に来るので、炎の傀儡としての力を使ってやる。
サンドラは俺が炎の傀儡であることから、その魂がアルフレッドのものであるということを特定している。
その事をユーリウスには伝えたのか伝えていないのか、それについてはまだ分かっていない。
だが、あの1戦もあり、ユーリウスとの関係も考えれば悪くはしないだろうとは思う。
彼女はレディグラスとウォルターに慈悲を見せるだけはあり、信用に値する。
少なくとも魔女の中ではフレデリカと同じ位には協力的であると思われる。
「ジェルン、貴方にもお使いがあるわ」
フレデリカを見ると、フレデリカは手招きをする。
「『賢者の石』を探しなさい」
作るのではなく探す。
つまり、既にこの世界の何処かにあるのだと彼女は言う。
「錬金しろって言うんじゃなく……探せと?」
「ふふっ、分かるわよフレデリカ。アポストロフィは魔女を各々自由に動かしてもデメリットにならないのよ既に。本当なら傀儡を手足に捜索したりするのだけどね」
フレデリカはドロシーの言葉に頷いた。
いざという時の備えがあるからこそ、魔女が自由に動けるのだという。
「カッ……確かに、アタシ達がどう動こうがどうでも良さそうだったな」
サンドラの言葉にウォルターとブルースフィアも頷く。
「なのです」
フレデリカは宙を仰ぐ様に天井を見上げる。
「賢者の石がアポストロフィの手の内に有るならどう動いても負けにゃん」
ようやく言葉を発したレディグラス。
恥ずかしそうである。
「……ふふっ」
「何にゃん!!」
笑みが溢れ、空気が弛緩した。
静寂と開かれた白の間に台座と仰々しい玉座に鎮座する顔を白いベールで隠した女性に三人の人間が跪く。
一人は何万何千の兵を率いる聖騎士隊の騎士団長であり、彼女の直属の傀儡である。
永遠の魔女アポストロフィ。
永遠の傀儡としての力を分け与えられた金の短髪に透き通る様な白い肌と深く何もかも飲み込むような碧眼、体躯は恐ろしく鍛え上げられているにも関わらず若年の幼さの残る甘い顔立ちは人々を魅了するカリスマになる。
「ハルト」
アポストロフィの声を聞いてハルトは顔を上げた。
「貴方にイリキスとの戦争を言い渡す」
ハルトは短く返事をし、歩きながら甲冑を鳴らす。
マントを翻し、空間を後にした。
「石を使ってしまえば良いのによ」
この静謐な場において、その傀儡はその横柄な態度を許される存在であった。
流通を支配し金策と称してバルト海を牛耳る海賊。
彼もまた彼女の傀儡の一人である。
黒の長髪に気怠げな双眸から覗く推し量るかのように見る瞳はアポストロフィを上から下へと舐めるように見ている。
地黒の肌を着崩したボロ切れとも言えるズタズタな服から覗かせる。
「バルト」
そんな軽口を戒めるかのように声がかけられた。
「わーってるよ。そいつは奥の手なんだろ?……それに、永遠の悪魔様を呼ぶために必要なんだってな」
「悪魔ではありません。私は聖女アポストロフィ……我が主神を愚弄せぬように」
バルトは肩をすくめる。
「詭弁だねぇ……まあいいさ。俺も呼んだってことは、真面目くんのハルトと違わず俺にもやらせたい事が有るんだろ?」
「貴方には海賊を使ってイリキス北部への上陸と挟撃を命じます」
「あいよ、魔女さんの仰せの通りに」
闇の中へと消えていく彼を横目に見つめる黒と白のツートンカラーの男。
髪は左右キッチリと分けられたシンメトリーというやつであり、アポストロフィを真似たのか黒いベールで顔を隠している。
肌を見せず首元と袖と裾にフリルの付いた縦縞のロングコートと黒の手袋。
真っ黒なズボンの先に真っ白なブーツを履いている。
「ヴィゼル」
男は呼ばれて返事もしない。
ただ、そこに居るだけの傀儡である。
彼は騎士団長のハルトや海賊のバルトとは異なり全くの名声を持たない。
持つものは汚名。
彼は犯罪者として捕らえられていたのだ。
三千百四年の懲役刑を課された大量殺人こそが彼を銘打つ。
「貴方の刑務作業は一人でも多くのイリキス兵を倒す事」
彼はアポストロフィの言葉に反応を返さない。
「行きなさい永遠の使徒ハルト・エンゼル、バルト・イーヴィル、ヴィゼル・イーエン」
三人を送り出し、アポストロフィは賢者の石を指で撫でる。
「イリキスの予言の魔女アーシュラ、島国で満足すれば良いものを……欲を出すからどちらかが滅びるしかないのよ」
予言の魔女アーシュラはフランツベルンへの侵攻を進言し近く海戦が開かれようとしていた。
「戦が始まれば国の防衛は手薄になる。……リーンカーネーション。貴女は私を恨んでいるかしら。今攻めて来るとしたら貴女ぐらいよね」
永遠の魔女アポストロフィと対を成す輪廻の魔女リーンカーネーション。
現世に生きながらえさせるアポストロフィとは異なり、死してもこの世に意思を残せるリーンカーネーションは本当の永遠を語ることが出来る。
故に邪魔だった。
永遠の命を語るのに、殺されればリーンカーネーションを頼る他ないという状況が彼女のプライドを悪戯に刺激したのだ。
それは嫉妬。
あらゆる感情の中でも醜い部類に入るものだ。
リーンカーネーションを追い出したのは他でもないアポストロフィ。
「いけないわ。戦争を控えているのにまた嫉妬に狂ってしまいそうだった。今回の戦はセンスの予想では長引くというのに」
アポストロフィは戦闘に向いた魔女ではない。
炎を操るでも無ければ、凍てつく氷を生み出せる訳でもない。
こと戦争に関しては後ろに隠れているしかない。
革靴を鳴らし入室する人物がいた。
赤い髪、糸のように細められた双眸、常に笑顔を貼り付けた軍服の青年はアポストロフィの前に跪く。
「南方より、リタイアとインペスからの挟撃を受けております。どちらもイリキスからの襲撃の報せに乗じたもののようです」
歯噛みする。
こういうときに何も出来ないのである。
「センス、貴方に任せるわ。ハルトがイリキスの戦いを終えるまでの時間稼ぎをしなさい」
青年は立ち上がりうやうやしくお辞儀をすると、靴を鳴らして部屋を後にした。
「センス・アリマセンネー。無理を承知で言うわ。どうか死なないで」
リーンカーネーションと違って、死んだらもう助けることは出来ないから。