運命
民泊に荷物を置き一息ついた。管理人のおじさんは気さくそうな人で部屋の鍵を渡されたときに、『島へようこそ』と言わんばかりの笑顔で歓迎してくれた。部屋はアパートの一室を宿泊者用に整えたような体裁であり、それを丸々与えられたので、出て行った部屋と同じような居心地ですぐに気に入った。
15分ほどベッドに寝転んで休憩していたのだが、民泊までの道中で見た灯台が妙に気になっていた。実際には灯台自体ではなく、白いワンピースに麦わら帽子の…。何となく『灯台に行かなければならない』という使命感に駆られたため、午後の最初は灯台で過ごすことにした。
エアコンを消し、必要最低限のものを黒のショルダーバックへと詰めて、いざ外の世界へ参ろうとドアを開けた瞬間、クーラーが効いた屋内とは打って変わって、夏真っ盛りの暑さが全身を襲った。一瞬、踵を返して帰ろうかと考えたが、すぐに煩悩を振り払って、毛穴から汗が滲み出る間隔を味わいながら自転車の鍵を解錠し、灯台へと出発したのだった。
全長12メートルといったところか、灯台は間近で見ると思っていたよりも小さな建物だった。周囲をぐるりと見渡していると件の少女を見つけた。灯台裏の防波堤に乗り、海に向かって手を大の字に広げながら、大きく深呼吸をしているところだった。白いワンピースに麦わら帽子を被り、花で例えるなら向日葵のような、笑顔がよく似合いそうな顔の少女だった。絵に描いたような光景に、私は何かロマンチックなものを感じたので、ここ数年ろくに他人と会話をしてこなかったが、勇気を持って話しかけることにした。
「す、す、すいません」
思いっきりキョドってしまった。少女が振り向いて応える。
「な、な、何でしょうか?」
「…」
からかうような返しと、何を話すか決めていなかったことから口籠もってしまう。しばしの思案の後、分かってはいたがとりあえず何をしていたか聞くことにした。
「何してたんですかー?」
「深呼吸して新鮮な空気を吸っていました。それより、さっきのやまびこ何ですか?ここは山じゃないですよ。」
「いや…あれは…ただキョドっただけで…。」
当たり前の返事と二度目のからかいに、いたたまれない気持ちになる。先から主導権を握られっ放しだ。まるで尻に敷かれているようで悪くな…いや!漢として情けない!などと頭の中でくだらないことを考えていると、少女がこう提案してきた。
「こちらに来てみませんか?海が綺麗ですよ!」
島に来てから海をまともに見ていなかったため、いい提案だと思い灯台の裏側にある防波堤へと歩み寄った。防波堤へと上ると、眼前に何処までも続く広々とした青が広がった。自然の偉大さを知らされるには十分なくらいの景色だった。目の前の景色に見とれていると少女が横に並んで、はじけるような笑顔で話しかけてきた。
「どこから来たんですか?」
その後、地平線に浮かぶ綿飴のような雲を眺めながら、二人で他愛もないことを語り合うのだった。