11.町をいろいろ見てみた
翌朝、さりげなく廊下を覗いたら、ノートはもうなかった。きっと、持ち主が拾ったんだろうな。
あとはもう、普通に身支度を整えて、持ってきてもらった朝食を食べ、今後の旅に必要なものを買い出しに行こうということになった。
買う予定のものは、もちろん食料。主に野菜だね。
肉は、狩りで手に入るけど、食べられる野草って、そうポンポン見つかるわけじゃない。一応【鑑定】を使ってるから、間違って毒草を食べてしまったりすることはないけど。
でも、どうせ食べるなら、ちゃんと野菜として栽培されてるものを食べたいもんな。
というわけで、カプアさんに聞いた、市場に出かけてみることにした。
この市場、いわゆる朝市で、昼頃には店じまいしてしまう。その代わり、毎日のように開かれているんだそうだ。
俺たちも、さっそく市場に行った。
町の中央広場の一角に開かれていた朝市は、なかなかの人でにぎわっていた。
俺たちのことがいろいろ広まったせいか、俺たちのほうをチラチラ見る人はいても、露骨に避けたり睨んだりするような人はいない。
あちこちに野菜を売る露店が並んでるけど、そこに並んだ野菜は見たことがないような形や色をしていた。
……異世界だから、同じような野菜があるとは限らないとは思ってたけど、見事に全然違うんでやんの。
数は少ないのに目立つのは、例の“パンの実”。自分で好みの粉を作るために、“実”で買う人もいるんだそうだ。
他には、何となくホウレンソウに似てるけど色が赤っぽい紫な葉物野菜とか、サニーレタスみたいだけど色がオレンジなやつとか、いろいろ。
うっすらピンクのズッキーニっぽい見た目の野菜は、味が見事にかぼちゃだった。
生で食べても、割と甘みを感じる。
油でいためると、かなり甘くなるそうだ。
そんなこんなで、いくつか野菜を買ったんだけど、ここで早見さんが気を利かせて金貨をあらかじめ銀貨に両替しておいてくれなかったら、『おつりが出ない!』なんて騒ぎになってたかもしれない。
こんな、露天の市場では、金貨なんて大きなお金過ぎて、まず使われないんだそうだ。
銀貨でさえ、時々しか出回らないらしい。
それはともかく、お店の人においしい食べ方を聞いて、空間収納に買ったものをしまう。
その後も市場をぶらぶらして、露天の食べ物を買って食べたりして、異世界に来て初めて、観光っぽいことをやった。
串焼き屋の串焼き肉は、味は塩だけのはずなのに、かなりおいしかった。
パンの実の粉を溶いて鉄板の上で焼き、甘くないパンケーキもどきを作ってそこに木の実を絞ったオイルを塗ったものが、売られていたりした。
試しに買って食べてみたら、確かに甘くないんでパンケーキというより、具の入ってないお好み焼きみたいだったけど、ちょっと香ばしくてまあまあいけた。
それから、せっかくだから町はずれのほうまで足を延ばしてみようってことになった。
だったら、行ってみたいところがあった。町に流れ込んでいる水の流れを見てみたい。
あれ、この町に来た時から気になってたんだよね。
確かに、大勢が通れるような構造じゃないけど、こっそり少人数で通るなら、通れそうな感じだったからね。
そりゃ、町の人だってわかってるだろうから、防護策を講じてるはずだろうけど。
どんな感じなのか、確認したかった。
みんな、俺の希望を聞いて賛成してくれたんで、水路のほうへ行ってみる。
水路は、街中に入るといくつもの流れにわかれて上に平たく削った石を被せて蓋がされ、町の人たちが自由に利用出来るように、井戸の形の水汲み場がいくつもしつらえられていて、みんな大事な水源として決まりを守って使っている。
その流れを、逆にたどるわけ。
俺たち、井戸を使ってると思ってたけど、実はあれ、地下に引かれた水路からの水汲み場なんだって、今朝知った。いくつかあるんだけど、いわば水道として、こうやって水を引いてるわけだ。
早見さんの話では、江戸の町も同じような仕組みを使っていて、地下に木製の水道管を通して、井戸の形の水汲み場にしてたんだって。
時代劇で、長屋なんかによくある井戸は、実は水道なんだって。井戸もあるけど、それこそ江戸の人口を賄えるほど水を汲めるわけじゃないんで、水道を通してたんだって。
へえ、そうだったんだ。
それはともかく。
歩きながら、徐々に景色が変わっていくのを見ていた。
そう、この町は大きくない。町の中心から、10分かからずに郊外に出た。
この世界の町って、大体そこまで大きくないもんな。
そして、水路が街に入るところで、水路のすぐそばに石造りのがっちりとした小屋より大きめの建物が建てられてるのが見えた。
その周囲に、明らかに武装した衛兵っぽい人たちが何人も立っているのも目に入った。
ああ、やっぱりちゃんと見張りはいるんだね。
その人たちが詰めているところから先は、水路の両脇は思った以上の急斜面で、山歩きに慣れていない人ならとても通れそうもない感じだった。
水路の幅も、2メートルない感じ。深さはあまりなさそうで、それでも勢いはそこそこあった。
あれじゃ、水路をたどるのも無理だな。
「……あれ、オレだったらとてもじゃないけど、動けねーぞ。あんな急斜面」
火村が、渋い顔でつぶやく。だよね。
「まあ、あれだけ急なら、俊敏な動きはとても出来ないから、そう簡単には町に近づけないだろうね。空から偵察されたりして、本格的に見つかったならともかく、このまま事態が収まるまで、ひっそり隠れていることは充分可能だろうね」
早見さんも、ちょっと安心したようにつぶやく。
そして、さらにこう言った。
「ちなみに言うけど、事態を収めるのは君たち勇者の役目だ。それを忘れないように」
「「「「……」」」」
そうでした。
停戦に持っていくのが、俺たちの役目でした。
相手を倒すんじゃない。双方が納得する形で停戦に持ち込むのが、最終目標だった。
……話し合いの席では、早見さんの出番だろうけど。
とにかく、自分たちの役目を果たしてる衛兵さんたちに余計な気を使わせるのも何なので、さっさと町に戻ることにした俺たち。
「……でも、やっぱり町の周囲って絶景なのよね。ちょっとだけ、写真撮っとこうかしら」
水谷さんが、空間収納から自分のスマホを取り出すと、数枚パシャパシャと写真を撮り、また空間収納にしまった。
確かに絶景なんだわ。
周囲が、町より高い山に囲まれてるから、すっごいいい景色なんだ。
見ると、土屋さんや火村まで、同じようにして写真を撮っていた。
長時間出していると、バッテリーが消耗するから出来るだけ短時間で、さっと撮ってしまうって感じ。
俺も、ちょっとだけ撮って、さっさとしまった。
撮った写真、戻ってからも見られるといいな。
それから、“パンの実”の果樹園(?)を遠目に見学して、町に戻ってきた。
ちょうど昼頃だったんで、帰って間もなく昼食が届けられたんだけど、買い食いしたんで食べられるかな?
「君たちの胃袋なら、問題なく食べられるだろう?」
早見さんの言葉に、みんなとりあえず口をつけ、結局普通に完食してしまった。
早見さんはというと、パンを1枚残してしまい、火村に食べてもらっていた。
「僕は、昔から小食でね。普段なら食べられるんだけど、買い食いしてしまったから、どうしても食べきれなくなってしまって」
苦笑しながらそういう早見さんに、皆何となく納得した。
だって、やっぱり成人男性の割に、線が細いんだもん。
そりゃ、ヒョロヒョロだとは言わないけど、細身のモデルだと言われても、納得しちゃえる感じ。
中身がああじゃなきゃ、ほんとに体力的についてこれなかったんじゃないかって思うもん。




