10.勇者女子2人が、あっちの世界の住人だった件
その夜のこと、風呂の使い方をちゃんと教わって、それなりに湯につかってさっぱりした後、自分の部屋に戻る途中で早見さんと出くわした。
早見さんは、俺より先に風呂に入ってたんだけど、ちょっと涼もうと部屋を出てきたんだそうだ。
それで、部屋に戻るところだっていう早見さんと一緒に廊下を歩いていたら、そこになんだか見覚えがあるようなピンク色のノートが落ちていた。
うん、ノート。
俺たちの世界で使われてるのとそっくりな、いわゆる“大学ノート”だ。俺たちの世界だとCa〇pusって表紙にあるんだけど、それがNOTE BOOKになってる。
表紙には、何も書かれてないけど、明らかに使った形跡がある。ページがきれいにピタッとなってないからね。
「……これ、土屋くんのものみたいだね。彼女の気配がたっぷり残ってる。でも、ちょっと水谷くんの気配も残ってるかな」
……そういや、土屋さんと水谷さんが、顔突き合わせてなんかノートに書き付けてたな。
そうか、見覚えがある気がしたのは、そのせいか、
けど……あのノートに残ってる気配まで“視える”んですか? そうですか……
でも、何書いてあるんだろうな。
ちょっと気になったんで、何の気なしにぺらぺらとめくってみた。
なんか、字がびっしりと書いてある。それも、日本語で。これ、こちらの人たちが見たって、絶対に読めないな。
それで、ちょっと読んでみたら……何これ!?
小説。それも、主人公は俺と早見さん!?
内容は……いわゆる男同士で××なヤツで……
シチュエーションとしては、俺たちが油断したすきに早見さんが野盗にさらわれて、あわや貞操の危機っていうところで、気づいて追いかけてきた俺が救い出し、それで互いの想いに気が付いて……っていうもので……
一応書きかけな感じで、すごい中途半端なシーンで止まってたけど、これ、18禁展開にするつもりだったんだろうか?
だとしたら……すっごい嫌……
横からのぞき込んでた早見さんも、生温かい表情になる。
「……土屋くん、腐ってたんだねえ……」
「……ですね」
「しかも、水谷くんの気配もあったから……腐教したのかもね」
「……」
女の子が2人とも、あっちの世界の住人だったとは……
ところで……この小説と同じようなことになったら、早見さんどうするんだろう。
ちょっと怖かったけど、聞いてみた。そしたら……
「もちろん、火の粉は払うさ」
あっさり言い切った。
「君以外の勇者の目がなくなったら、実力行使する。そのあと、現場に踏み込まれたらということを考えたら、体の表面に傷はつけられないから、脳の血管を狙うか、大動脈を狙うか、だろうけどね……」
なんか、恐ろしいことを言われた。それってもう、殺る気満々じゃないですか!!
人体をほんの1~2秒見れば、気の流れの関係で、太い血管の位置とかわかっちゃうんだそうだ。
デスヨネ……
「言っておくけど、僕はこの世界の法に従っているだけだ。この世界では、降りかかる火の粉は自力で払っていいんだ。場合によっては、“首”が金に変わるときもある。何せ、『生死を問わず』の賞金首というのも、本当に存在するからね」
アハハハハハ……ハァ……
もう、笑うしかないっていうか、なんていうか……
それで、うっかり拾ってしまったノートだけど、元通りに廊下に置いておくことにした。
そのうち、持ち主が拾いに来るだろうからって、早見さんが言うもんで。
だよね。それに、持っていたくないもん、内容的に。
ノートを廊下に置き、部屋に戻ったところで、何となく気になったことを聞いてみた。
「ねえ、早見さん。なんか……そっちのほうの知識、意外とあるみたいだけど……?」
早見さん、遠い目になって答える。
「……義妹の知り合いにね、コ〇ケの常連の娘がいてねえ。その娘が、そっち系の同人作家で……」
「あぁ……。ワカリマシタ……」
みなまで言わないで。
でも、早見さんはさらに付け加える。
なんでも、以前実際に顔を合わせたことがあったんだそうだ。その時、相手の女性が目を輝かせながら、小声で『逸材』とつぶやいたのが聞こえたんだって。
それからしばらくして、義妹から『ごめん』と申し訳なさそうに同人誌の新刊を差し出されたんだそうだ。
「……どう考えても、僕がモデルだとしか思えない登場人物が出てくるそっち系の小説だった。もちろん、名前も職業も違うんだけど、左目と左腕に障碍がある美青年って、どう見ても僕なんだよねえ……」
……ご愁傷さまです、ハイ。
おまけに、その同人誌小説本なんだけど、表紙のイラストがまあ、かなりハイレベルな人が描いたらしく、商業誌顔負けの出来だったんだそうだ。
2人の美青年が背中合わせで、それでもお互い背後の相手のほうを見ているって感じのイラスト。どっちが自分がモデルの人物か、すぐにわかってしまったところも、自分で自分の勘の良さに落ち込んだそうだ。
「……もう、話題を変えようか……」
「そうっすね、はい」
続けたのは自分のはずなのに、早見さん妙にへこんでる。
まあ、たまには自分で口滑らせることもあるか。
それがきっかけだったのか何なのか、お互いの家族の話になった。
俺は、両親と姉貴の4人家族。姉貴は女子大生で、両親は洋品店を営む自営業。
昔からある商店街の一角に、父方の爺ちゃん婆ちゃんが始めた店を継いだ。
同居はしてないけど、すぐ隣に爺ちゃん婆ちゃんも暮らしてる。
ぜいたくは出来ないけど、普通に暮らせてる。
一方早見さんはというと、所属していた弁護士事務所から独立し、自分の個人事務所を立ち上げたばかりで、自分が戻らないと、その事務所、間違いなくつぶれるそうだ。
うわぁ、『必ず帰る』って、そういう理由もあったんだ。
家族は、奥さんと1歳になる娘さんの3人家族。奥さんは目が不自由な人で、夫婦でお互いに補い合って暮らしてるんだって。
ただ……自分の実家はどちらかというと疎遠で、奥さんの実家のほうに割としょっちゅう顔を出してるんだそうだ。
そうやって話しているうちに、夜も更けてきた。
明日以降のこともあるし、眠りにつくことにした俺たち。
……こうやって話をすると、早見さん普通の人なんだよな。
半神の面もあるけど、確かに“人”として生きてる人なんだなあ……




