03.何事も、準備は大事
「なあなあ、看板に感心してないで、入ろーぜ!」
能天気な声を張り上げて、火村が店の入り口を指さす。
女の子2人が溜め息をつき、早見さんが右手でこめかみを押さえてたりしたが、店に入るのは決定事項なんで、みんなで店に入っていく。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、こげ茶の髪や髭のドワーフの男性。この人が店主で、間違いないだろうね。何となく不愛想なのは、この人自身がこういう道具を作る職人なのかもしれない。
そういう設定のファンタジー、結構あるもんな。
そして店の中には、いろいろな道具が所狭しと置かれている。
「話は聞いとるよ。坑道に入るなら、こいつがおすすめだ」
店主が、近くの棚からごそごそといくつかの品物を出して、カウンターに見える台の上に並べてくれた。
その中には、どう見ても“ヘッドランプ付きヘルメット”に見えるものがあったり。
形は、鉄製のシンプルな丸い兜。そこに、皮ベルトで括り付けられている、大人のこぶし大の丸いお椀状の金属の中に、白い魔石みたいなものがはめられている。
この魔石に魔力を充填すると、前方に光を発するんだそうだ。
「目いっぱい充填すれば、たっぷり丸1日は明かりが持つ。これは、坑道に入る者たちの必需品じゃ」
店主の説明に、思わずうなずく俺たち。
「確かに、この灯りなら手が自由になるから、坑道内での作業にはうってつけですね」
早見さんが、感心した様子で何度もうなずいている。
しかもこの魔石、大変燃費がいいらしく、満タンまで充填するのに、早見さんクラスの魔力しかなくてもOKらしい。
店主曰く、『時間を余分にかければ、子供でも充填出来る』そうだ。
当然、買いだ。
でも、ここでまたもめることになった。
早見さんが、自分の分も含めて5個買うと言い出したからだ。
「ちょっと!! 迷宮に潜るのに、なんでついてくる気になってんのよ!! 早見さん、戦えないじゃん!!」
土屋さんが、当然のように噛みついた。
「そうよ! 今度という今度は、留守番しててもらうわよ!!」
水谷さんも、怒ったような顔で早見さんに文句をつけている。
……まあ、気持ちはわかるんだけど……いざとなったらその人、俺たち全員より強いんだぜ。言っても、信じてもらえないだろうけど。
「なんでついてくる気になってんだよ! オレたち、あんたまで守れないからな。案内人を守らなきゃいけねえんだぞ!!」
火村まで、当然とばかりに腕を組んでふんと胸をそらせる。
「……君たちの気持ちはわかるんだけどね……。嫌な予感というか、胸騒ぎがしてしょうがないんだ。いつぞやの、敵の陣地を襲撃しようとして、危うい目に遭ったときみたいにね。今度は、“馬”で駆けつけるわけにもいかないだろう?」
あ~あの時か。
あの時、早見さんが介入してくれなかったら、火村は死んでたもんな。俺だって、ヤバかったし。
ということは、早見さんがいないとヤバい事態に陥る可能性が高いってこと?
霊能者の直感ってやつか?
とはいえ、他の3人が納得するはずがない。
だって、あの時は不意打ち喰らったけど、今回は充分準備を整えてから行くんだから、足手まといの早見さんが付いてくる必要なんか、ないってわけだ。
……俺が思うに、早見さんがいないと、まず間違いなくえらい目に遭うと思うけどな。
しばらくすったもんだしてたけど、結局折れたのは3人のほうだった。
交渉の専門家とただの高校生が口でやり合って、勝てるわけがないんよな。
「けどね、私たちは案内人守るんで手一杯になってしまうと思うから、早見さんは風間さん、あなたが専任で守ってよね。あなただけ、なんだか反対してなかったみたいだし」
「そーそー。もともと風間さんて、早見さんと同郷なんでしょ? ちょうどいいよね」
「まーお前ひとりで頑張ることになるけど、何とかなるよな。同郷同士、頑張れよ!」
以上、水谷さん、土屋さん、火村のセリフ。
そりゃまあ、そうなるよなぁ……
でも、早見さんのすました顔を見てると、そうなるように誘導してたんじゃないかって勘繰りたくなるぐらいだ。
それから、坑道内で役に立ちそうな道具をいくつか見繕ってもらって、俺たちは代金を払うつもりだったが、事前にある程度の前金をオズヴァルドさんから渡されているので、俺たちが払う必要はないって言われた。
「前金から足が出たら、オズヴァルドのヤツに請求するだけだ、あんたたちは、金の心配する必要はない」
そう言われた俺たち、これも前渡しの報酬の一種だろうって話になって、店を出ることになった。
ただ、渡そうとしたコインを見て、店主から『リーフ王国のコインは、久しぶりに見た』とのセリフをいただいた。確かに、リーフ王国が最前線の国になってから、もう10年くらい経つらしいから、そのくらいからコインなんか入ってないんだろうなって思う。
以前は、重さや貴金属の含有量に大きな違いが出ないようにして、あちこちの国のコインが使えるようにしてたらしいけど、今ではいわゆる流通在庫しか残ってないみたい。
とはいっても、この町自体がほかの町と連絡を絶って隠れていたようなもんだから、自国のコインさえ町の中でしか使われてなかったみたいだからね。
一応、準備は整ったってことで、再度元の建物に戻ると、昼頃になって、オズヴァルドさんが昼食を持ってきた人たちとともにやってきた。
昼食を食べたら、出発しようというわけだ。
そして、オズヴァルドさんとともに、もうひとりドワーフの男性がやってきていた。
髪も髭も赤茶色で、目の色が灰色。俺たちが買ったのと同じヘッドランプ付きヘルメットを持っていたから、この人が案内人なんだな、って思う。
「こやつが、案内人のバルトロ・キアーラじゃ。副鉱山長でな、坑道のことなら、誰より詳しいんじゃ」
「そういうわけでの、よろしく頼む」
「「「「「はいっ」」」」」
副鉱山長とは、かなりな大物を連れてきたっぽいね。
バルトロさんの話によると、入口から例の穴まで、まっすぐ行けば小半刻ぐらいなんだって。
まあ、本来仕事場なんだから、ある程度交代制だって言っても、何日にもわたって堀続けるようなものではないらしい。
どんなに深いところでも、夜明けとともに潜って仕事をはじめ、夜までには家に帰れるようなスケジュールは組まれてたそうだ。
案外、坑道って深くないのかな。
そう思っていたら、横から早見さんが小声で告げる。
「現代の鉱山を、思い浮かべてはいけないよ。機械で鉱石を掘り、坑内を走るトロッコで大量に運び出すなんて言うのは、近代に入ってからだ。この世界なら、全部手掘りで手運びだ。そこまで、深くは掘れないよ」
なるほど~。
「それに、酸欠の問題や、地下水の湧出などの問題が出ることもある。そういうのだって、こちらの世界の対処法は、僕らの世界に比べれば、どうしても前近代的方法になってしまうだろうね」
……鉱山って結構大変なんだねえ……
リスクのある仕事だからね、とは早見さんの弁。




