31.やらかし交渉
「実はね、僕たちには、一定の間隔をおいてずっとついてくる人間がいたんだ。以前、本体だけで偵察に行ったら、どうもリーフ王国の密偵だったらしくてね。今まで、交代しながら何とか僕たちについてきていたらしいんだけど、山に入ったところで、完全に諦めたみたいでね、離れていったよ」
「えー……。今までずっと、後をつけられてたの?」
「つけていたというよりは、何かあったら、例えば冒険者とか旅人のふりをして、介入するつもりだったんじゃないかな。……僕たちが、あまりにも人と接触しなかったんで、空振りしてたんだと思う」
で、山に入ったところで、いい加減区切りをつけて帰ったってことか。
一応、旅立った後でも、気にしてくれてはいたんだね。俺たちのほうが、その配慮をぶっ飛ばしちゃったわけだけど。
でも、人が住む集落が結界で閉ざされてたら、立ち寄りたくても立ち寄れないよ。
……いくら、俺たちなら魔力の高さで結界を突き抜けられるとしたってだ。
そうなったら、密偵の人が結界の中に取り残されることになるから、立ち寄らなくて正解だったんだよな。
それはそれとして、ベッドがなぁ……
目の前にあるベッド、せいぜいセミダブルくらいの幅しかない。2人で寝られなくはないけど、ちょっとキツい。
それにそもそも、男同士でひとつのベッドになんか、寝られるか!!
「だよねえ。僕も、そういうのはお断りだ。ベッドは君が使えばいい。僕は、床にでも寝るよ」
「え、そういうわけにも……」
俺が戸惑っている間に、早見さんはさっさとマントにくるまって、ベッドの近くの床にごろんと寝そべる。
そして、早見さんのそばには、まるで寄り添うようにクリスがちょこんと丸くなる。
「あ、あのぅ……」
「大丈夫だよ。野宿と違って床は平らだし、雨風も防がれているんだからね」
……そういう問題じゃないと思うんだけど……
でも、早見さんは起き上がろうとしなかった。俺は諦めて、ベッドに横になった。
うん、久しぶりにベッドに寝ると、その寝心地の良さにびっくりした。
王城時代のベッドとは別物なくらい質は落ちるんだろうけど、それでも野宿とは比べ物にならなかった。
早見さんには悪かったけど、俺、そのまますぐに眠っちゃたらしい。あとで聞いたら、あっと言う間に爆睡状態だったらしい。
気が付いたら、朝になっていた。
「早見さん、ごめーん。俺、寝ちゃった」
「気にする必要はないよ。僕が自分で床で寝たんだ。それより、朝食とともにまた事情を聴きに来ると思うよ」
「え~」
早見さん曰く、朝食の時間に、雑談の形で事情を聴けば、昨夜飲んだ薬の効果もあって、もっと突っ込んだ事情が聴けるんじゃないかって考えたらしい。
「昨夜、君が寝入ってから、本体で偵察に行って耳にしてるから、まず間違いないよ」
ああ、そうですか。……としか言えない。
しかも早見さん、すでにクリスによって例のたれ目に見える光学迷彩済み。うん、準備万端だなぁ。クリスは、そうだとわかってればわかる状態で、背中に光学迷彩済みでくっついている。
とにかく、朝の身支度をして、全員が最初の集会所みたいな広めの部屋に集合する。
集会所の裏に井戸があったんで、そこで顔を洗ったり出来たから、みんな割とさっぱりとした顔をしてる。
「……ねえ、部屋にベッドって1つだけでしょ? どうやって寝てたの?」
妙に興味津々という顔で、土屋さんが訊いてくる。
「僕が床に寝たけど、それが何か?」
早見さんが普通に答えると、土屋さん何となく不満そうな微妙な顔になるけど、それ以上何も言わなかった。
その時、ドアがノックされる。
「朝食を持ってきた。入るぞ」
どっかで聞いたような声だと思ったら、昨夜夕食を持ってきたお兄さんたちと一緒に入って来たのは、ラウロさんだった。
幸い、クリスによって誤魔化し済みだった早見さんが開いたドアの真正面に立っていて、時間稼ぎのやり取りをしてくれていたから、その間に全員慌てて、昨日と同じように目のあたりに<幻術>をかけ、見た目が昨日と変わらないように調整した。
昨日もかけた時にちょっと慌て気味だったんで、全員同じようなくすんだ青にしたのが幸いしたなあ。
俺たちがバタバタと段取りを終えた直後、ドアの真ん前に陣取っていた早見さんが、身体をずらしてドアの前を開け、外の人たちが中に入ってくる。
俺たちの様子を見ても、特に何も言われなかったから、<幻術>には気づかれていないっぽい。
いくつかあるテーブルの上に、昨夜と同じような籠が次々と乗せられ、そこにラウロさんも陣取った。
料理を運んできたお兄さんは、すぐ後ろに立って、何かあった時にすぐに動けるようにスタンバイしてるように見える。
「さて、せっかくだ。ちょっとした朝食会としゃれこもうじゃないか。こちらとしても、お前さんたちのことは知りたいからな」
妙ににこやかに、ラウロさんが話しかけてくる。
……話し合いという名の尋問する気、満々なわけですな。
まあ、初めは実際、割と和やかだったんだ。
でも、ラウロさんがある質問をした途端、例の薬の効果が出ちゃったんだ。
「……そういえば、話はもっぱら、ちょいと年上のあんたがやってるが、あんた、どう考えても勇者ってヤツじゃないな。従者か何かか?」
早見さんが答えようとした途端、火村のヤツが、独り言にしてはちょいとでかい声でつぶやいたんだ。
「……従者っていうより、リーダーっていうか、軍師だよなぁ……」
「……ほぅ……」
あ、火村のヤツ、口滑らせやがった。
女の子2人が、あちゃーっていう顔になる。早見さんも、やっちゃったなっていう表情だ。一応<幻術>や光学迷彩で目元を誤魔化していても、全体の雰囲気でそうだとわかる。
……今更、もうどうしようもないよな。
俺以外、一服盛られてること、知らないんだから。
火村自身はなんでそういう反応なのかピンと来てないらしく、きょとんとしている。
女の子たちは、何かに気付いたのか、火村のヤツを引っ張って、その場から離れようとしたんだけど……ここで火村がまたやった。
「なんだよ。せっかく朝飯食ってんじゃん。ちゃんと誤魔化せてるんだから、食っちまおうぜ」
それもまた、独り言にしては大きい声だった。
「ほう、“誤魔化す”とは、どういうことかな?」
あ、早見さんがうつむいて、右手で額を押さえた。ありゃ、頭痛をこらえてるな……
早見さんが何にも言ってないのに、どんどん墓穴を掘る形になってる俺たち。




