27.町の入り口までやってきた
やっぱり、あんな絶景の中にある町、そりゃみんな、興味津々だろうさ。
というわけで、一応足元注意の周辺注意なまま、慎重……とも言い切れない足取りで、俺たちは町に近づいていく。
「道幅が広がったわけじゃないんだから、ちゃんと足元に注意しながら行くんだよ。万一滑落しても、救助隊なんかいないんだからね」
後ろから、早見さんが注意を飛ばす。
……適格な注意ではあるんだけど、もし本当に誰かが落ちたら、<念動>使うだろうな、とは思う。でも、どうしても不自然にならざるを得ないだろうから、その時は本性を現すだろうけど。
幸い、うっかり足を踏み外すヤツはいなかった。
それでも、町まではまだ少し距離があるところで、俺たちは一旦停止。
念のため、クリスに偵察に行ってもらうことにした。
例のごとく光学迷彩でカモフラージュした姿で、クリスは偵察に行き、しばらくして無事に帰ってきた。
身振り手振りを解析した結果、どうやら本当に結界は張られていないらしいことがわかった。……俺だけは、早見さんから事前情報をもらってたんだけど。
その町に近づくには、町を囲む深い谷にかけられた、どう見ても住民か何かのお手製のつり橋を渡るしかないようだった。橋の長さは大体30メートルぐらいかな。
1ヶ所だけ直接隣の山とつながっているところがあったんだけど、遠目に見る限りそこに川が流れているから、人が通れる場所がとても狭い。しかも、周囲は切り立っている。
「……地形的になんか不自然だから、あれは町に水を引き入れるための水路かもしれないね」
早見さんが、川の流れを見ながらそう言った。
あ、そうなの? あれ、人工的な流れ?
「古代ローマだって、はるか先から町まで水路を掘って、水道としていたんだ。わざわざ石積みで、水路を通しているところさえある。なら、町の人が水路を通していたって、不思議じゃないだろう?」
ですね。
全員が納得したところで、さて、どんな理由で町に入ろうかという話になった時、また早見さんが口を挟んだ。
「真っ正直に言えばいいんじゃないかな。『リーフ王国より選ばれた勇者だ』って」
下手に嘘をつくと、都合が悪くなった時に際限なく嘘をつき続けなければならなくなる。ならば初めから、明かせることは明かしてしまったほうが、こちらも気が楽なはずだ、と。
「言いたくないことは、言わなくていいんだ。僕たちが“異世界人”だということも、明かす必要はない。<幻術>で目元だけ誤魔化せれば、時間だってそれなりに持つだろう?」
「そうね。全身に<幻術>をかけたら、1時間ぐらいしか持たないと思うけど、目元だけならもっと持つと思う」
水谷さんがうなずく。
そういうことなら、町へ入っても何とかなりそうだ。
すでに夕暮れが近づいている感じがする。今からなら、明るいうちに町に入れるはずだ。
「……町に入れたら、久しぶりに宿に泊まれるかも」
土屋さんが、心持ち嬉しそうにつぶやく。
だよね~。ずっと野宿だったもん。
久しぶりに、まともなベッドで寝たいよ。
ただ……
俺はふっと気が付いた。
「……そういや気が付いたんだけど、あの町、宿ってあるのかな? 旅人も来ないようなところじゃ、商売で宿をやってるところなんて、ないかも……」
「「「あっ……」」」
「……その可能性、無きにしも非ずだねえ……」
早見さんが苦笑してる。
なんで気が付いちゃったんだろう、俺。
「でも、事前にその可能性に気が付いたのは、いいことだよ。現地に入って、『宿はありません』と言われるより、ずっとましだ。心構えが出来るんだから」
そう言ってもらえると、ありがたいです。ちょっと自分でへこんだんで。
それでも、交渉次第で泊めてくれる家もあるのではないか、ということで、ひとまずあの町へ行ってみることになった。
つり橋に近づいていくと、その華奢さがちょっとばかり気になった。
ロープをねじ合わせて少し太くし、それを対岸まで渡してつり橋にしているんだけど、踏板の部分が、間隔が開いてて広めの梯子みたい。
やろうと思えば、斧か何かでロープを叩き切れば、あっと言う間にこの橋落ちるよね。
「……四国にある、『祖谷のかずら橋』みたいだねえ。平家の落人の里と言われてるところで、追手がかかったらすぐさま橋を落とせるように、わざと植物のかずらを使ってつり橋を作ったのだそうだけど……」
早見さんの言葉に、みんなが納得する。
ここも、もしかしたらそういう考えで作られたものかもしれないってことか。
そういや、この橋を渡りきったところから町の入り口まで、少し距離がある。橋が落ちていたとしたら、仮に弓を撃ち込んでも、町の建物まで絶対に届かない距離だ。
この町、一種の要塞なのかもしれない。
でも、上空から攻撃されたらさすがにヤバいと思うので、やはり見つかってないんだろうな。
俺たちは、互いに顔を見合わせ、うなずきあって、ひとりずつ橋を渡りだす。
先頭は火村。次には土屋さん、早見さん、水谷さん、そして最後は俺。
風なのか歩いてるせいなのか、なんか揺れる。
高所恐怖症でなくても、何となく背中がスゥっとする。恐怖症持ってたら、絶対足がすくんでまともに動けなくなる。
だって、渡ってる最中ふと下を見たら、間隔が開いてる踏板の間から、ストーンと落ち込んでいる谷底が、遠くに見えるんだもん! 風だって、吹き上がってくるし!
みんな、おぼつかない足取りになり、さらには思わずワーキャー言いながら、何とか全員渡り切った。
約1名、平然と渡ってる人がいたけど。……いざとなったら空飛べる人だから、全然動じないんだろうけどな。あの人は、別格。
全員が渡り終わり、<幻術>で眼の印象をこちらの世界で目立たないものに変えたところで、町のほうから数人の人影がやってきた。
見ると、どう考えても武装してるんだ。手に手に武器を持ってるのがわかるんだから。
それを見た早見さんが、その集団と対峙するように前に出た。
「我々は、怪しい者ではありません。彼らは『リーフ王国より選ばれし勇者』なのです。この世界に平和を取り戻すために、旅をしているのです」
早見さんが、背筋を伸ばして堂々と言い切った。
まあ確かに、嘘は言ってない。
町からやってきたのは、5人ほどの集団だった。皆、上半身に金属の胸当てをつけ、剣と盾を持っている、守備兵みたいな感じの連中だ。
俺たちが橋を渡ってきたのを見て、駆けつけてきたんだろうな。
もしかしたら、魔法で警告が鳴るようにしてあったのかもしれない。
で、駆けつけてみたらいきなり『勇者一行だ』って言われたわけで、なんだか困惑してる様子が見て取れる。
「いきなりのことで、驚かせてしまったこと、申し訳なく思います。こちらから、“火の勇者” ティグラ・ヨーン、“土の勇者” トゥーリャ・アヴィ、“水の勇者” ミージィ・ウィズフォー、“風の勇者” キャズム・ショート。そして、私勇者の従者にして交渉役のハーマス・アフィーダと申します」
すげえ! 全員の偽名、すんなり言い切った! 俺なんか、自分の偽名さえ半分忘れてたのに。
それにしても、改まった場では、やっぱり“私”っていうんだな、早見さん。




