07.さあ、出発! 狩りに出かけよう
狩猟に出発する朝に、俺たちは城の裏庭に集合していた。
もちろん、目立たないように、旅人風の姿で。
もっとも、この世界の人族に、俺たちみたいな黒髪黒目はいない。
ラノベでよくある“アニメカラーの髪や目”という人もいない。
こちらで黒髪と言うと黒褐色止まりで、真っ黒な髪っていないんだそうだ。
だから、黒髪の集団がいるだけで、目立つ。
特に早見さんは、カラスの濡れ羽色と呼ばれる艶やかな漆黒の髪。こんな髪色の人、絶対にこの世界にはいないんだって。
よって、全員踝まで長さのフード付きマントを身につけ、さらにフードをしっかりと被った状態で出かけることになった。
俺たちがまだ、勇者としての実力を完全に身に着けていないということで、民衆に発表するにはまだ早いと、こういうことになったのだそうだ。
……すると、俺たちが初めから勇者としてふさわしい力を持っていたら、大々的に発表していた可能性もあったってことか?
「その予定だったと思うよ。だって、戦線が膠着状態か、こちらが押されている状態なら、一般市民の不安を払拭するためにも、新たな戦力である“勇者”の存在を印象付けたかったはずだからね」
あっさり言ってくれたな、早見さん。
でも召喚してみたら全員1レベルだった。それで、鍛えなくちゃいけないということになったわけなのね。
それなら、存在を隠すわな。
城の裏門からそっと城下町に出て、一番近い門を目指す。
裏門だと、お堀に跳ね橋とかいう派手なヤツじゃなくて、簡単に壊せるような構造の仮設橋みたいなのを渡って、城の敷地の外へ。
こちらの世界も中世ヨーロッパと同じく、町の周囲は城壁に囲まれていて、何ヶ所かある門からしか町への出入りが出来ないようになっている。
目立たない服装に着替えた城の若手の男性騎士様の案内で、俺たちは街中を進んでいく。
街の様子は、ちょうど童話の絵本か何かで描かれるような、いかにもファンタジーって感じの街並み。思ったより、人の行き来が多い気がするが、何だか活気はない感じがする。
そこで俺は、ふっと思いついたことがあった。
この世界、異種族っているのかな。エルフとか、ドワーフといった、人族以外の種族。
一足先に城下町に出ていた早見さんに、ちょっと尋ねてみた。
「……ねえ、この世界、人族以外の異種族っているの?」
「ああ、いるよ。自動翻訳になるけど、エルフ、ドワーフ、獣人とされる種族が」
あ、やっぱりいるんだ。でも、パッと見、それらしい種族、見かけないんだけど。
「人族の街中では、数が多くないからね。でも……ほら、今向こうを歩いていくのは、エルフだよ」
言われた俺、慌ててそちらを見てみた。
金髪で緑色の目、ちょっとつり目気味のイケメンお兄さんが、歩いていくのが見えた。でも……
耳が長くないじゃん。あれ、本当にエルフぅ?
「よく見てごらん。耳の先が尖っているから」
そう言われ、改めてちゃんと見てみると、確かに耳の先が尖ってる。でも、耳の大きさ自体は、人族と変わらない。
そのお兄さんは、そのうちに角を曲がり、見えなくなった。
……そうか、あれがこの世界のエルフなのか……
俺たちの会話を聞いていた他の勇者3人も、その姿を確認して複雑な表情になっている。
「……確かにイケメンだったけど、きつそうなつり目だし、耳、長くないし……」
火村が口をとがらせ、水谷さんや土屋さんも同じような感想を持ったらしい。
「確かにそうよねえ。なんかイメージ違うっていうか……」
「なんでつり目なんだろ。なんかきつそうに見えちゃう……」
「何も、向こうの漫画やアニメの姿が正解ってわけじゃないぞ。この世界のエルフはああだっていうことだよ」
早見さんが、なだめるように話しかけてくる。
俺も含めた勇者4人組は、しぶしぶ納得した。
そのまま街を抜け、門を出たところで、あらかじめ人数分用意されていた“馬”にそれぞれまたがると、馬を進めていく。
小一時間ほど行くと、街道の近くにこんもりとした森が見えてきた。
あれが、このあたりの村人が、獲物を狩るためによく行くという森であり、魔獣はともかく魔物はほとんど出てこないので、比較的安全なんだそうだ。
その森の入り口に、森の案内人だという人が待っていた。
案内人だというおじさんとお兄さんの中間ぐらいの年齢の男性で、褐色の髪に、灰青色の眼をしたその人は、ダニードと名乗った。
「おれは、丁寧な言葉遣いは出来ない。だから、こういう言い方になっちまうが、悪く思わないでくれ」
俺たちだって、向こうじゃ庶民だもん。悪くなんて思わないさ。
“馬”に乗ったまま森の中に入ると、乗りこなすための技量が跳ね上がり、なおかつ狩りにはあまり向かないということで、森の入り口で“馬”を降り、俺たちとダニードさんだけで森に入ることになった。
乗ってきた“馬”たちは、騎士様に見ていてもらい、取り合えず夕方まで狩りをし、獲物をさばいて肉にして、それを持ち帰るところまでやることになった。
ダニードさんの案内で、俺たちは森の中に踏み入った。
そこは、獣道と見分けがつかない細い道が森の中に続いており、案内の人がいなければ、あっという間に道に迷いそうだ。
ダニードさんは弓を持っているが、俺たちは『魔法で狙ってみる』ことになっている。
要は、魔法でちゃんと標的を狙えるかどうかの練習も兼ねているわけだ。
火村の火魔法は、威力を上げて使うと獲物が丸焦げになってしまう可能性大なので、如何に威力を抑え気味にしてピンポイントで頭などの急所を狙えるか。
土屋さんの土魔法は、石礫などをいかに正確にぶつけられるか。
俺は、風魔法で作った風の刃をちゃんと命中させられるか。
水谷さんは、水魔法で作った水の弾丸をきちんと当てられるか、という攻撃系の使い方以外に、水魔法には回復系のものもあるので、万一誰かが怪我をした場合、回復魔法を使ってみる、というのも課題として挙がっているそうだ。
……結局、これって訓練の一環なんだよな。
ダニードさんとともに、森の中を歩くことしばし、突然ダニードさんが“静かに”という感じのジェスチャーをし、動きを止めた。
俺たちも、それに従う。
「……向こうに、ケラドがいる。誰か狙ってみるか? ヤツは鱗が硬くて少し仕留めにくいが、肉はうまいぞ」
小声でそう言うと、ダニードさんは前方を指さす。
そこには、体長50センチくらいの“毛むくじゃらのアルマジロ”みたいな動物が、のそのそ歩いていた。
俺たち4人は、互いに顔を見合わせ、誰が行くか目線で相談し合った。
そして、その場のノリというか雰囲気で、土屋さんが魔法を撃ってみることになった。
火村の火魔法では、全部丸焦げになるかも知れないということで、もっと大きな獲物が出たときに試そうということになったのだ。
あと、水や風ではあいつ相手では威力が半減しかねない、という感じでもあったので。
「……石礫」
つぶやくような声で、土屋さんが魔法を使う。
その直後、地面から握りこぶし大の石の塊が数個飛び出すと、あっという間に獲物に向かって飛んでいく。
狙いは過たず、石はすごい勢いで毛むくじゃらのアルマジロの頭や背中に命中、背中は少し血が出た程度だったが、頭のほうは“グシャッ”という感じで半分潰れ、そいつはそのまま動かなくなった。
……ちょっとグロいけど、仕留めたことは間違いなかった。