15.手に入った情報を検討してみた
それはともかく。
曰く、魔族は、元の領主がそのまま領地を治めることを許可する代わりに、税はきちんと収めること。年に一度、成人したばかりの女性をひとり、送り出すことなどを約束させられたという。
税が馬鹿みたいに上がったなどということはなく、暮らしぶりは占領前とほぼ変わらないが、結界のせいでそこは不自由していることなどなど……
「どうしても腑に落ちぬのが、人身御供を出させることだ。問うても答えが返ってきたことはない。少し前になるが、『純潔でなければ免れるのではないか』と考えた隣町のまとめ役が、そういう年ごろの娘をとにかく結婚させたことがあった。だが、やつらは結婚した娘たちの中からひとりを選び、連れ去った。それで、純潔であるかどうかは関係ないのだ、とわかった。それからは、夫婦が引き裂かれることになるので、そういうことは行われていないそうだ」
何それ。とにかく女が欲しいだけ?
でも、そうなると……何か特別な存在への生贄っていう線はなくなるのか?
そういうのって普通、純潔かどうかって結構重要なんじゃなかったっけ?
生贄って、誰でもいいっていうことはないよね、普通は……
そのほかにも、定期的に魔族の一団が見回りに来るが、本当に見回りするだけで、こちらが余計なことをしないかぎり特に手出しはしてこないこと。
魔族のもともとの国は、ここからずっと東のほうにあると聞いていること。
ただ、結界が張られて以降、隣の町でさえも最近の詳しい動向がわからないため、領主のバウアー伯爵様のほうが近隣の情報を知りたがっていることなど……
見回りの連中に関しては、そういう言い方をしたってことは、やらかした連中がいたな? で、すっごい面倒なことになったんだな、きっと。
……そりゃそうか。
結局、そこまで詳しいことがわかったわけじゃなかった。
でも、どうやら女性が連れていかれるのは、生贄ではなさそうということはわかった。
バウアー伯爵様から、もし、魔族に関して詳しいことがわかったら、出来れば知らせてほしい、と要請され、早見さんが『もし引き返すことがあったなら』という条件で、それを受けることになった。
まあ、実際はどんどん奥へ進んでいくことになるんだろうとは思うけど。
バウアー伯爵様との面会を終え、俺たちは町を離れた。
一旦、野営していた丘に戻って、そこで今後について、話し合うことになった。
「それにしても、毎年すっげえ数の女の人が連れていかれてるんだろ? それだけで、ヤバいじゃんか。オレたち勇者としては、絶対やめさせないといけないよな!」
火村が、憤りを顔に出しながら口を開く。占領地域に入って間もなくその話は聞いたけど、改めて聞いたせいで、相当ムカついてるらしい。
俺も、なんだそりゃって思うわ。
「……でもね、やめさせるといっても、どうするつもりかな? ひとつの町や村で、連れていかれるのを妨害して『ああ、よかったねえ』となったとしても、根本的解決には程遠いってわかるよね?」
早見さんが、冷静に、諭すように話しかける。
さすがにそれはわかっているのか、火村はむすっとしながらも、黙ったままうなずいた。
「いつも同じ時期に、あちらこちらでほぼ同時に行われるそれを、すべて阻止出来るほど手勢があるわけじゃないんだ、僕たちは。勇者は、君たちたった4人しかいないんだよ?」
早見さんは、連れ去りを止めたければ、なぜそれが行われているのかを突き止めなければ、どうしようもないと言った。
連れ去りの理由がわかれば、それに対処する手段が見つかるはずだから、と。
相変わらず、冷静だな、この人は。だからこそ、俺たちが変な勢いで突っ走らずに済んでるわけだけど。
「それに火村くん、すごい数って言ったけど、どのくらい連れ去られているか、考えたことはあるかい?」
「え!? 何十万とか、じゃないの?」
「そんな数連れ去られていたら、民族存亡の危機だよ。それに、大きな町のみそれを課してるって話だったけど、この世界の大きな町って、そういくつもないよ」
元の世界とは違って、こちらの世界は人口密度が低い。どんなに大きな町だって、元の世界の田舎町程度の人口しかないそうだ。
そういや、俺たちが出発したリーフ王国の王都だって、考えてみればお城から徒歩で15分も歩けば町の外に出ちゃうんだよな。
じゃあ東京はって考えたら、皇居から歩いて15分程度じゃ、東京を出るどころか隣の区に行けるか? という状態。
こっちの世界の人に、東京都の人口約1400万人とかいったら、びっくりして目を回すだろうな。
下手すりゃ、東京だけでこちらの大国の人口を超えかねないって話なんだから、東京がでかすぎなんだろうとは思うけど。
「こちらの世界では、王都や、それに匹敵するような規模の町でも、せいぜい2~3万人だ。しかも、それだけの人口規模の町なんて、国ひとつに付きひとつか、せいぜいふたつだ。有角族に占領された国や都市国家は全部で10ヶ国ちょっと。その中には都市国家もいくつかあるそうだから、平均を取るとして……」
早見さんは、俺たちの顔を順番に見まわしながら、さらに続ける。
「それぞれの大きめの町から、年に一度女性が連れ去られるといっても、差し出す義務のある町など、全て数えても多くて30~40くらいだろう。なら、連れ去られる女性の数もそのくらいで、それが10年続いたとして、トータルで300~400人というところかな。確かに見過ごすことなど出来ない数だけど、数十万なんて数はあり得ない」
早見さんの冷静すぎる分析で、火村がさっきあてずっぽうで言った数字が、大きすぎだということが全員に周知された。
「こちらの世界の人口規模を、元の世界同様に考えてはいけない。国そのものも、小さいんだ。向こうの“県”ぐらいのサイズが一国だと考えても、大きな間違いはない。そして、どこの国にも属していないような森や荒野が、国と国の間に横たわっている。それが、この世界のありようだ。国境なんて、正確には決まっていない。“どこそこの森の手前まで”とか、大きな河があれば、それが自然と国境になる。……向こうでも、それはたいして変わらない原則なんだけど」




