06.馬に乗ってみよう……って馬!?
訓練も一区切りつき、いよいよ魔物討伐に出かけるぞっとなった時、問題が発覚した。
早見さんも含めた俺たち全員が、キャンプなどの本格的なアウトドア経験が皆無だ、とわかったのだった。
この先、魔族討伐の旅に出かけなくちゃいけないのに?
宿が取れる日ばかりじゃないはずだよね?
そうすると、野宿だよね?
どーすんだ、俺たち……
で、急遽野宿をするための特訓が、早見さんも含めて行われることになった。
テントなんて上等なものはなくて、油を塗りこんで防水性を増した厚手の布を、向こうでいうタープのように張り、その下で毛布の代わりになる厚手ウールのフード付きマントに包まり、夜を過ごす。
幸い、今のこちらの気候は初夏で、暑くもなく寒くもない気候らしい。もっとも、夏であっても現代日本ほど暑くはならないらしいけど。
向こうじゃちょうど、夏服から冬服へ衣替え終わったばかりで、冬服だと日中はまだ少し暑いかも、くらいの気候だったし、ちょうどいいんじゃないかなあ。
そんなことより、火起こしが大騒ぎだった。
誰も、火打石ですんなり火をつけることが出来ない。
やったことがないから。
両手を使えない早見さんは、もちろん論外。
ただし、俺しか見ていないところで<念動>で火打石を使ったら、一発で火をつけたけどな、この人。
それこそ、透明人間が作業しているように見えたさ。
火がついた後は、つけたのは俺ってことにされました、はい。
そういや、何で火魔法を使わないかって疑問がわいたんだけど、あれはうっかり制御をしくじると、火事を起こす可能性があるのと、何らかの理由で魔法が使えない事態になっても対処出来るように、ということなんだそうだ。なるほど。
さらにもう一つ、俺たちが見落としてたものがあった。気付いたのは、早見さん。
「ところで、空間収納にはちゃんと保存食は入れていくんだよね?」
ここで言う保存食とは、固く焼きしめたパンと、塩辛い干し肉、乾燥野菜をさす。
間違いなく保存は効くけど、おいしいかと言ったら、誰もが黙りこくる代物で。
それで火村が言ったんだ。
「保存食なんかに頼らないで、料理を作ってもらって、それを持っていけばいいんじゃね? オレたちの空間収納って、時間停止機能がついてるんだから、入れておけば腐ったりしないんだし」
それに対し、早見さんが突っ込んだ。
「旅立ったとして、任務を全うするまで何日かかるか、わからないんだよ? すべての食事を調理済みのものとして持っていくのは、事前に計算が出来ないから無理だ。悪天候で、何日も足止めされることだって、考えられるんだからね」
「なら、出先で新鮮な食材とか手に入れればいいんじゃね? 動物捕まえたり、木の実とか拾ったりさ」
「動物を捕まえるって言っても、ちゃんと捕まえられるのかい? 捕まえられたとして、肉として食べられるように捌けるのかい? そりゃ、肉になっていれば火で炙って塩を振ってでも食べられるだろうけど。木の実だって、元の世界の栗みたいに、火を通せば食べられる、なんてものばかりじゃないだろう?」
ごもっとも。
言われた火村も、“あ~”って顔してたから、動物は解体しないと食べられないと気が付いたらしい。
そして当然、動物の捌き方なんて、全員知らないし、出来ない。
木の実だって、食べられるようにするには、加工しないとだめなもののほうが多いはずだ。
木の実は、【鑑定】すれば食べ方はわかるだろうって話になったが、新鮮な肉が食べたかったら解体を覚えろってことなわけで。
「“血”に慣れるためにも、一度動物の解体はやっておいた方がいいんじゃないかな」
早見さんのこの一言で、実際に狩りをして、捕まえた獲物を解体するところまでやってみよう、ということになった。
この時はまだ、俺たち勇者4人組は、早見さんの言葉の本当の意味に、気が付いていなかった。
魔物が出現する森に行く前に、狩りを体験して、捕まえた獲物を捌いて肉を食べる、というイベントの開催が決定し、さっそく実施されることになった。
そのために、“馬”に乗っていくことになったんだが……
馬なんか乗ったことない、というこちらの訴えに、シャルロッテさん―この呼び方は、本人の了解済み。堅苦しいのは嫌いらしい―はあっさり言った。
「案ずるな。騎士が乗る乗騎ならともかく、“馬”はおとなしいし、よく言うことを聞くから、すぐに乗れるようになるぞ」
で、練習のために朝食後にみんなで厩舎に言ったんだが……
その“馬”を見て、誰もがあ然となった。
「……あれ、本当に“馬”?」
「……馬並みの大きさのニホンカモシカにしか見えないね……」
早見さんまで、遠い目になっている。
他の勇者3人の反応も、推して知るべし。
「……マジで、あれが“馬”!?」
「……異世界だと、それに相当する動物も、違うものになるのかしら……」
「……一応、背中に鞍乗せてるから、乗れるんだろうけど……」
俺たちが、何とも言えない表情になっていると、いつの間にか奥へ行っていたシャルロッテさんが、乗騎に乗って姿を現した。
それを見た俺たちは、全員が思わず口に出していた。
「「「「「恐竜に乗ってる!」」」」」
それは誰がどう見ても、二足歩行恐竜だった。頭がそんなに大きくなくて、歯が目立たないから、草食恐竜だろうけど。
肩までの高さが約1.5メートルぐらい。背中側がモスグリーン、腹側がクリーム色の鱗に全身を覆われ、 背中から尻尾まで地面に平行になっていて、その背中、腰に近いところに鞍を置き、シャルロッテさんがまたがっていた。
「こいつは、ザウードラという生き物だ。名前は『ハーヴィー』だ。騎士はこれに乗る場合がほとんどだ。“馬”より早いし、戦場の雰囲気にも臆することなく進んでくれる。力は、正直“馬”のほうがあるが」
乗りこなすのに、少々力量が必要だそうで、だからこいつに乗れて初めて騎士としては一人前、という暗黙の了解があるらしい。
その代わり、“馬”は子供でも半日も練習すれば自由自在に乗りこなせるそうだ。
ホントかね。
馬丁の人が、俺たちの人数分の“馬”を用意してくれ、さっそく乗馬体験が始まった。
まず、立ったままの“馬”の背中に乗らなきゃならないんだけど、意外なことに(?)一発で乗れたのは早見さんだった。
これは、身長の差もあったのかもしれない。
早見さん、俺たちより背が高い。
こっちの世界の人たち、案外背が高くない―平均身長が俺たちとほとんど変わらない―ので、実は早見さん、こっちでも高身長のほうだった。
あと、気づかれないようにこっそり〈念動〉使った可能性もあるけどな。
俺も何とか鞍の上にまたがることに成功し、他の面子も落ちたりこけたりすることなく、全員乗ることが出来た。
それから、しばらくは手綱を引いてもらって歩き、様子を見ながらひとりで“馬”を歩かせる。
驚いたことに、最初に合格をもらったのも早見さんだった。
早見さんが乗ったヤツは、本当におとなしく早見さんの言うことを聞き、ほんの1時間ほどで合格が出てしまった。
次に合格をもらったのは水谷さんだった。
それから土屋さんが合格。俺が合格。最後まで悪戦苦闘していたのが火村だった。
どうやら、元々動物があまり得意ではなかったのが災いしたらしく、“馬”に馬鹿にされたらしい。
馬丁のおじさん曰く、『時々そういう人がいる』とのこと。
とにかく、夕方までに全員が何とか“馬”に乗れるようになり、明後日には狩猟イベントが行われることが決まった。
解散後、俺は先に部屋に戻った早見さんに、疑問をぶつけてみた。
乗るときに、<念動>を使ったんじゃないかって。
そしたらまあ、あっさり認めた。姿勢制御に使ったんだそうだ。勢いをつけてもこけたりしないように。まあ確かに、こちらの世界の成人と変わらないくらいの体力はあるんだし。
それどころか、さらにとんでもない事実をぶっちゃけてくれた。
「向こうでもそうなんだけど、動物って本能的に僕の本性を察知するみたいなんだよね。だから、僕が近づくと両極端の反応をする場合がほとんどなんだ」
早見さん曰く、『ダッシュで逃げるか、絶対服従になるかのどちらか』だそうだ。
……つまりあの“馬”は、早見さんに絶対服従する方だったってわけか……
そりゃ、言うこと聞きまくるわけだよな……
「一応言っておくけど、怯えさせた覚えはないし、怯えてはいなかったよ。ただ、淡々ということを聞いていただけで」
そりゃそうだろうけどさ、“馬”にとっては心臓に悪い時間だったと思うぞ。
何だか、いろいろ悪い予感しかしないんだけどなぁ……
それでも、予定は予定通りにやってくる。