12.矢文を撃つぞ、ってその準備
「今日はひとまずここに野宿して、明日の明け方にでも、矢文を撃ってみようか。文面は、考えてあるから」
早見さんはそういうと、空間収納から自分のバッグを取り出すと、ちょっとだけごそごそしてたかと思うと、その中からなんだかちょっと質の悪い感じの紙を出してきた。大きさは、A4ぐらい。
「これ、再生紙の無地のメモ用紙なんだけど、ちょうどいいと思ってね」
この世界に、紙はなかったんじゃなかったっけ?
「だから再生紙なんだよ。コピー用紙じゃ、上質すぎてそれこそ異質だ。このくらいの質なら、昔交易で入ってきていた最上級紙とそう変わらない。保管しておいたとっておきと思ってくれるさ」
一応、文章は羽ペンで書くそうだが。ペンとインクは持ってきているそうだ。
「だから、誰が弓矢を使うにしても、風間くんが風魔法で矢を運べば何とか届くんじゃないかな」
わざわざ明け方を狙うのは、それからほどなく人々が動き出す時間帯で、撃ち込んですぐに気づかれるだろうということからだそう。
夜中に撃ち込もうとしても、暗いと余計に狙えないからね。
この世界、街灯なんて気の利いたものはない。
夜は、大きな町だってほぼ真っ暗だ。
それこそ、町を巡回する警備隊の持つ明かりぐらいしか、町を照らすものはない。
月はあるから、月光は照らしてくれるんだけど、向こうとは違ってこちらの世界の月は、小さくて暗い。
満ち欠けもするんだが、満月になっても補助の明かりが必要なほど薄暗いのだ。
向こうの満月は、町明かりがなければ、実は足元に影が出来るほど明るく照らしてくれるという。
俺の父さんが、爺ちゃん(俺から見れば、曽爺ちゃん)から聞いた話じゃ、満月の夜は“影踏み”が出来たという。
……俺はさすがに、そんなすごい満月は知らんのだけど。
俺がそんなことを考えていると、早見さんが、羽ペンを使って文章を書き始めた……んだが、これがまた、ド直球の文章だった。
『我らは魔族と戦うために、リーフ王国により選ばれし勇者なり。されど我ら、魔族の内情を知らず。敵を知ることにより、勝機を見出したく、協力を願う。その意志あらば、翌日の昼、東の城門まで来られたし』
……何もここまで直球を投げなくても……
ほかの3人も、あまりのど真ん中のストレートさにぽかんとしている。
「……もうちょっとそれらしくぼかすのかと思ってた……」
微妙な表情になりながら、水谷さんがつぶやく。
まあ、誰もそう思うよね。
「下手に回りくどいことを書いて、真意を誤解されてもまずいからね。こういうのは、わかりやすいほうがいいんだよ。……わかりづらいのは、お役所文章だけでたくさんだ」
早見さん、最後のは、仕事の愚痴では……?
俺がじろっと見ると、どうやら自覚があったらしく、早見さんふいっと目をそらす。
……きっと向こうでは、お役所との交渉があったんだろうなぁ……
それはともかく、文章を書き終えると、片手で器用に細長く折りたたみ、それを俺に差し出した。
「これを、選んだ矢に結び付けてくれないかな」
あ~はいはい。確かに、結び付けるのって、結構面倒だよね。<念動>を使えばなんてことはないだろうけど、ほかの人の目があるところじゃ、絶対に使わないもんな、それ。
俺は、残っている矢の中で、一番まっすぐできれいに飛びそうな矢を選び、それの軸に結び付けた。破らないように気を付けながら。
まあ、予備の紙はまだあるだろうけど、破らないに越したことはないからね。
それが終わったところで、ひとまず夕食にすることになった。
一応、町の側から煮炊きの煙が見えないように、丘の頂上から少し下った向こう側に移ってから、野宿の用意。
そして、ほとんど定番となった夕食の準備。
夕食を食べて少し雑談をしつつ、夜明け前に起きることにして、交代で眠りにつく。
夜明けに間に合うように、後半の見張り番が寝てる人を起こすことにして。
適当に焚火の周りにタープを張り、眠りにつくんだけど……いつも俺の隣で寝てる早見さんが、念話で話しかけてきた。
(明日、誰が矢を射るにしろ、君が風魔法を使うだけじゃ、思ったところには当たらないだろう。僕が、<念動>で誘導するよ)
(う~ん。でも、早見さんの超感覚でも、500メートルが限度でしょ? それとも、本性を現すの?)
(もっと手っ取り早く、身体を抜けだせば、それこそ矢を見ながら思い通りに誘導出来るから)
(うわっ! それ、やるの? っていうか、出来るの?)
(出来るさ。僕が本体だけの状態になった時、制御出来る移動速度が秒速2キロだって、話しただろう?)
(あ、そうだった。矢の速度なんて、目じゃないんだ……)
アフターバーナー吹かした戦闘機をぶっちぎる速度で移動出来るんだった、この人。
そりゃ目視で、飛んでる矢を追尾出来るわな。
追尾出来るんなら、余裕で誘導も出来るわ、そりゃ。
それに、いわゆる霊感がないと、依り代を出て幽体となった早見さんに気付けない。そりゃ、なんか異様な気配がするとは感じるだろうけど、“視る”ことは出来ないから。
もっとも、霊感があったって早見さんが<認識阻害>や<隠蔽>なんかを使えば、認識出来なくなるんだから、大きな違いはないよな。
そういや、『夢に介入する』って言ってたな。今夜これから、それをやるのかな?
(そういうこと。とりあえず、領主だけに干渉するつもりだ。大々的にやると、変に勘繰られる可能性があるからね)
明日の作戦決行に備えて、ゆっくり休むように言われ、俺は寝ることにした。
とはいえ、気持ちが高ぶってるのか、なかなか寝付けない。
「……寝付けないかい?」
小声で、早見さんが声をかけてくる。
俺がうなずくと、早見さんが右手を伸ばしてくる。
「おやすみ。明日には、いい目覚めがあるよ……」
早見さんの手が俺の顔の上に来たと思ったら、ふっと眠気が差してきた。あ、これ前にも……




