08.これって無茶ぶり……
年に一度、迎えの馬車がやってきて、選ばれた娘を連れて行くという。
小さな集落は免除されているらしいけど、それなりの人口があるところは、守らなければ、外から“魔族”の商人が品物を運び込むことをやめ、ここのような青空市場を黙認することも許さず、完全封鎖すると脅されたという。
いくらなんでも、完全な自給自足は難しい。農村ならともかく、大きな町なら逆に食料も外から運び込まなければならない。
近くに鉱山などがないところなら、鉱山からとれる鉱物資源を手に入れることも不可能となるということだ。
だから、ほぼ“人身御供”のような感覚で、娘たちを送り出しているらしい。
連れて行かれた娘が、今どうなっているのか、誰も知らない。
その生死さえもわからない。
だから、生贄にでもされたのだと諦めているのだそうだが、だからこそ不安に駆られるのだという。
生贄を捧げている存在は、なんなのか、と。
確かにな。
「なんかマジで、深刻そうな顔してたんだよな」
火村も、なんだか深刻そうな顔で言った。
そして報告を聞いた早見さんは、何か考え込んでいるようだった。
それも、わけがわからなくて頭をひねっているというよりは、何か思い当たることがあって、考え込んでいるような感じがするんだけど……
なんせこの人、2人の有角族の男を喰らっている。そして、そいつらの記憶を読んでいる。なら、俺たちには全く見えていないものでも、この人には何かが見えているのかもしれないんだよな……
「……やはり、いろいろ調べる必要が出てきたみたいだね。そもそも、なぜこの戦争が始まったのか、それを知る必要があると思う。理由もなく、戦争は始まらない。例え『優れた自分たちが、人族を支配するべきだ』というような、馬鹿げた理由だったとしても、何か理由があったはずだ。それを突き止めれば、何か見えるかもしれない」
早見さんが、真顔で告げた。
早見さんは、俺たちの最終目標が“停戦”だと言っている。今の言葉はその延長線上の話だって、すぐにわかった。
確かに、何の理由もなく戦争が始まったりはしないよな。傍から見たら、『そんなの理由になるか!』というようなものであっても、始めるほうは本気でそれを理由にして始めてしまうもんだ。
始まったきっかけ自体は偶発的なものであっても、そうなる背景が必ずあるはずだ、って早見さんは断言した。
元の世界でも、そういう事例って、いろいろあったような……
ほどなくして、市に参加していた人たちが、後片付けを始めた。みんな、手際よくてきぱきと荷物を片付け、背中に背負ったり荷車を引いたりして、その場を離れていく。
もうすぐ夕暮れ時だもんな。
日が暮れる前に、帰らないといけないからなあ。
やがて、すべての人がその場を離れ、人っ子ひとりいなくなった。
「……毎日開いてるわけじゃないらしいけど、結構な頻度で開いてるみたい。やっぱり、食べ物や日用品を売り買いしたり、物々交換したりしてるらしいよ」
土屋さんが、そう言って情報を締めくくる。
そうだろうね。そうじゃなかったら、回らないものも色々あるだろうし。
「あと、結界が張られたのは、有角族にいったん占領されてから間もなくで、結界が張られてからは、町の治安維持にという名目で、元は町の衛士が詰めていた詰め所に、有角族の兵士が配置されてるって話だったよ。人数は、それこそかつての衛士と変わらないくらいの人数なんだって」
街の治安は、ちゃんと守っているそうで、その点はほっとしてるということだった。
確かに、占領側なんだから、好き勝手やっててもおかしくはないからな。
よく、平気で略奪したり、女性に手を出したり、なんて話はよく聞くし。
それがないだけ、良心的というべきか。
でも、なんだかもやもやするんだよなあ。
街から少し離れて、焚火をしても気づかれないところに移ってから、俺たちは野宿の準備をする。
2人が得た情報を、検討するためでもあった。
一晩燃やせるように薪を組み、火を燃やすと、俺たちは空間収納に入れてあった材料を使い、夕食を作って食べる。
……出来れば、もっと調味料があればよかったんだろうけど、こればっかりはな……
「……さて、情報をもう一度整理しようか」
一通り食べ終わったところで、早見さんが口火を切った。
人に見つからないようにしながら、とりあえず報告したっていう感じだったから、もうちょっと詳しいことがわかれば、それに越したことはないだろうし。
というわけで、主に土屋さんから追加報告というか、あれから思い出したことも含め、話を始めた。
火村のヤツは、ほぼにぎやかし状態だったらしい。うん、何となく想像がつく。
付け加えられた情報は、ここからさらに奥へ行くと、領主が住む町があり、そこはさらに大きい街だということだった。
「おそらくそっちも結界に閉ざされてるんだろうけど、出来れば領主には会ってみたいね。領主だったら、もう少し詳しい事情を知っているかもしれないから」
早見さんの言葉に、皆うなずく。確かに、このあたりの領主なら、もっといろいろ聞けるかもしれない。
ただ……結界が問題なんだよな。
「……もし、領主の館が街の中心じゃなくて、町はずれにあるのなら、相手を警戒させる可能性もあるけど、一か八かやってみる価値はあるかもしれないね、“矢文”」
「「「「矢文!?」」」」
うわぁ~時代劇じゃん、それ。
もちろん、あくまでも矢が届くところに領主の館があった場合、という前提条件は付くんだけど。
この世界の弓矢の最大射程は、大体150メートル。
それで届くって言ったら、逆に街の規模がどうなんだって思うぞ。
「それなんだけど、風間くん、君の風魔法で到達距離を伸ばせないかい?」
「はいっ!?」
風魔法で、矢をさらに遠くまで飛ばせと?
……確かに、理屈で言えば、出来そうだけど……
でも、早見さんてこういうアイデア、よく湧き出てくるよね~
俺たちのほうが、ゲームとかラノベとかに親しんでると思うんだけどなあ。
とはいえ、試しにやってみるのは、かまわないと思う。
一応、空間収納には、弓矢もまだ結構残ってるから。
狩りでいくつか使ったけど、まだ残ってるもんな。
「でも、最大の問題は、ちゃんと具合のいいところに矢が刺さるかだと思う」
水谷さんの、やはりごもっともな意見。
変なところへ飛んでいったら、見つけてもらえずアウト。人が出入りするようなところに当たれば気づいてもらえる可能性は高いが、ちょうど人が出入りした瞬間に当たれば、人を殺傷する可能性がある。
なら、どこがいいか。
「結構きわどいけど、玄関脇とか、テラスの手すりとか、そういうところをピンポイントで狙うしかないだろうね」
……早見さん、自分が弓撃たないからって、無責任にハードル上げないで……




