07.いろいろ誤魔化しながらの聞き込み
そして、見ている間に馬車は門に到着し、どう見ても顔パス扱いで通してもらうのを確認した。
今のって、隊商だよね?
ホントに馬車だけで、護衛とかの姿も見えなかったけど、それってあり?
そりゃ、人族から見ると、ほとんど全員スー〇ーマンみたいなもんだけどさ。
「でも、ああやって有角族が商売をして、いろいろな品物を運んでるってことなのかしらね」
水谷さんが、ちょっと首をかしげながらつぶやく。
まあ……そうだろうねえ……
人族が、住んでいる町や村に縛られて遠出が出来ないんだから、それを補う何らかのものは必要だよなあ。
でも本当に、なんでそんなことしてるんだろうなあ。
「とにかく、青空市場に顔を出すなら、ちゃんとストーリーを考えないとね」
「「「「ストーリー!?」」」」
「そう。だって、見たこともない余所者が、いきなり話しかけてきたら、誰だって不審に思うだろう? なら、不審を抱かれないようなスト-リーを考えておかないとね」
「「「「あぁ~……」」」」
確かにその通りだ。こういうところだと、市場に来る人なんて、まず間違いなく顔見知りばっかりだろう。
そんな中に、俺たちが顔を出したら……不審に思われても不思議じゃないよな。それこそ、『どこから来たんだ、あんたら?』という質問が、まず間違いなく飛んでくる。
普通に旅人が行き来しているなら、余所者だって目立たないんだけど……
というわけで、早見さんも含めて全員で、どうしたら納得してもらえる言い訳になるかを、一所懸命考えた。
結果、正直にぶっちゃけるという、身も蓋もない結論に至った。
髪色と目の色を偽った状態なら、顔を見られてもあとから誤魔化せるんじゃないか、ということになったのだ。
それに、全員で行くわけじゃない。行くのは、予定通り火村と土屋さんの2人だけ。
なら、人数的にも、誤魔化せるんじゃないかなって話で。
「ただし、自分たちが“異世界から召喚された存在”だとは、絶対に言ってはいけないよ。あくまでも、『リーフ王国によって選ばれた勇者だ』とだけ言うんだ。君たちの正確な情報を、相手に渡してはいけない」
これから行こうという2人に向かって、早見さんが真顔でこう言った。
能力の高さは、精霊神の加護の賜物ということにして、異世界人であることを、徹底的に隠せというのだ。
「『黒髪の集団の襲撃』という情報を、相手は持っている。この世界ではありえないとされる、黒髪だ。ならば相手だって、『もしかしたら……?』と考えても不思議じゃないんだ。そんな中で、“異世界人がいる”という情報が流れたら、それを結び付けても不思議じゃない」
そして、自分たちに加護を授けた存在がどの神なのかは明かしてもいいが、今のところ勇者はここにいる2人だけで、残りの勇者を探している途中だということにしろ、と付け加えた。さらに、本名は名乗るな、とも。
相手に、正確な情報を掴ませるな、と。
「万が一にも、リスクは減らすべきだ。本名を知られて、その名前に呪いをかけられる可能性も否定は出来ない」
元の世界でも、名前に術をかけて呪うという方法は、昔から行われていた。この世界に、そういう術式があるかどうかはわからないが、あると考えて行動したほうがいい。
だから、子供の頃のあだ名のようなものもだめだ、と早見さんは続けた。
そういうものは、無意識に“自分だ”と認識してしまうから。
「元の名前の音を残して、なおかつ偽名だと自分で意識出来る名前を名乗るべきだ。咄嗟に考えるのが難しいなら、出発前に考えておいたほうがいい」
なんで元の名前の音を残すのかというと、まったく結びつかない名前にしちゃうと、咄嗟に呼びかけられたとき、ちゃんと反応出来なくなるため、なんだとか。
……なんでそういうのがポンポン出てくるのかなぁ、この人……
それはともかく、2人の名前を考えてみた。もちろん、全員で。
結果、火村のほうは“ティグラ・ヨーン”、土屋さんのほうは“トゥーリャ・アヴィ”になった。本来の姓と名前を敢えて逆にもじってる。
俺たちの名前は、まず姓が来て、名前だけど、わざと姓のほうを名前に感じるようにもじったわけだ。
ついでに、俺たち全員の名前も考えておいたほうがいいんじゃないか、ということになったのはある意味当然だった。
結果、昼食をはさんで考えた偽名が、水谷さんは“ミージィ・ウィズフォー”、俺が“キャズム・ショート”、早見さんが“ハーマス・アフィーダ”になった。
何となく、音は残ってる感じ。
もちろん、普段はいつものようにお互いの名前を呼んでるけど、この世界の人と接している間はこちらの偽名を名乗ることになった。
「……名前、覚えらんねー……」
火村が、遠い目になって空を仰いでるが、みんなまだいっぱいいっぱいだ。すんなり覚えたのは、早見さんぐらいだよ。
お前はとりあえず、自分のと土屋さんの偽名を覚えろ。
そして、ちゃんと時間が守れるように、火村が腕時計を空間収納から取り出し、時刻を合わせて自分の手首につけていった。
すったもんだがあったものの、そろそろ終わりそうな気配の青空市場に向かって、火村と土屋さんが急いで出発していった。何せ、制限時間10分だからね。
遠目に、2人が数人の現地の人と話をしている様子が見える。
やがて、時間にして大体7~8分で、2人は現地の人から離れていった。
その後の行動としては、打ち合わせ通りに来た時とは違う方向へ去り、後で迂回して戻ってきた。俺たちが潜んでいる場所を、気づかれないようにするためだ。
戻ってくる頃には、2人の顔は白い仮面を張り付けている状態になっていた。
戻ってくるなり、2人とも仮面を剥がしてクリスに渡す。クリスは当然のようにそれを食べ尽くした。
「様子を聞いてきたよ!」
土屋さんが、ちょっと興奮気味に話し始める。
土屋さんによると、早見さんの予想通り、街(街の名前は『オロール』だそうだ)の人たちと、近隣の村人とが、物品を持ち寄って売買をしているんだとか。
自分たちのことを打ち明けたら、驚くとともに、“魔族”に見つからないように、と案じてくれたという。
表立って支配されているわけではないが、息苦しさを感じるのだといい、その最たるものが例の結界で、それさえなければまだましなのだが、という話だった。
何せ、大きな流通はすべて“魔族”の商人に握られており、自分たちはこういう小さな市を開くので精一杯。商売もまともに出来ない、という嘆きも聞かれた。
そして、人々が不安に思うことがもうひとつあって、それは1年に一度、主だった町から、成人したばかりの年頃の娘をひとり、“魔族”の元に送り届けなければならないと定められていることなんだそうだ。




