29.旅立つ勇者とリーフ王国
で、この世界で目立たないようにするための、髪を染める染め粉は、本来なら町まで戻らなければ手に入れることは難しいんだけど、俺たちには、強い味方の【鑑定】があった。
近くの森から、染料代わりに使える草の根や木の皮なんかを見つけたんだ。
とにかく、余計な思惑に巻き込まれるのが嫌なんで、さっさと出発してから、染料に使えるものを探した。
その結果、いくつか染料になるものが見つかり、それを混ぜ合わせて使うことによって、全員が少しずつ違う色の髪になることに成功したんだ。
もともと黒髪なんで、明るい色に染めることは難しい。『向こうだって、金髪なんかは染色じゃなくて脱色じゃなかったかな』とは早見さんの弁だけど。
おまけに、元の世界の専用ヘアカラーと違って、石鹸で洗えば簡単に落ちてしまう。ちょっと濡れたくらいなら、何とか大丈夫なんだけどな。
ただ、濡れた状態で布かなんかでこすると、当然落ちる。雨に濡れたり、大汗をかいたりしても、うかつに髪を拭くことも出来ないわけだ。それは気を付けないと。
それはともかくそれぞれの髪色は、火村は灰色がかった茶色。水谷さんは割と明るめの茶色。土屋さんは暗めの茶色。俺は赤みがかった茶色。そして早見さんは……なんとグレーヘア。
……本当に、あまり艶のない灰色の髪になってた。珍しい色だけど、いないわけじゃない色って感じなんだそうだ。
もともと黒っぽい髪だった人に、稀に起こることで、いわゆる若白髪の一種らしい。中途半端に色が抜け、グレーに見える色になってしまうんだと。
「僕が目立てば、君たちの印象が薄くなるだろう?」
早見さんはそう言ってたけど、いいのかね、マジで。
「何せ、目の印象はどうしようもない。黒目は共通なんだ。だから、だれか一人が強く印象に残るなら、誤魔化しやすいと思ったんだけどね。出来れば、だれか光魔法が使えるようになると、結構安全だとは思うんだけど」
早見さんの言葉に、俺も含めてみんな首をひねった。
そういやこの世界の光魔法って、どんなんだろう。よくある設定だと、光魔法って優れた治癒系の魔法が使えたりするんだけど……
「ああ、この世界の光魔法は、本当に光学系なんだ。光を操る魔法。だから、明かりをともしたり、一瞬の閃光で目つぶししたり、という使い方をされるらしい。でも、君たちならレーザー光線を飛ばせるんじゃないかな。レーザーの性質も、見た目も、わかってるだろう?」
確かにな。でも、それが使えることで安全ってどういうこと?
「気づかないかな。光を操れるなら、幻を操れるはずだよ」
「「「「!?」」」」
あ、そうか! 幻覚系だ!!
クリスの光学迷彩なんて、それの最たるものじゃないか!!
ちなみに、闇魔法は精神操作系だそうだ。<魅了>もそこに含まれるから、充分注意するように、と言われた。
でも、精神操作系なんて、俺たちが覚えても色々使えるのは間違いないと思うけどな。
「確かに、うまくはまれば精神操作系は、絶大な威力を発揮するのは間違いないけどね。破られたり外されたりしたら、一気にこっちが不利になる。それだけは、頭に入れておこうね」
早見さんの心配はもっともだけど、でも誰かが光魔法と闇魔法を習得出来れば、俺たちが取れる作戦というか、出来ることがすごく増えると思う。
俺たち4人は、何とか両系統の魔法を使えるように頑張ろう、とお互い気合を入れたんだ。
「風間 翔太」
異世界の勇者(4→5Lv)
――――――――^
STR(筋力) 175→184
DEX(敏捷) 195→205
INT(知力) 91→94
VIT(体力) 168→177
MAG(魔力) 168→173
PER(知覚) 190→198
――――――――
HP 220→230
MP 225→235
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<風の精霊神の加護>
<神聖魔法>
<武器:長剣4→5Lv>
<風魔法:風の刃3→4LV>
<武器:短剣3→4Lv>
<風魔法:つむじ風2→3Lv>
[New]<風魔法:消音1Lv>
<水魔法:回復2→3Lv>
<火魔法:加熱2→3Lv>
<無属性:身体強化2→3Lv>
* * * * *
―リーフ王国Side―
「……そうですか。勇者たちは旅立ちましたか……」
その日の午後、執務室で報告を聞いたエルザが、静かにそう言った。
「はい、ラミラ砦には戻らず、ドープ砦からそのまま、魔族の占領地域に向かったそうでございます」
宰相ヨハンが言葉を続ける。
「下手にラミラ砦に戻れば、アルムンド殿の思惑に巻き込まれかねないと、判断したのでしょうな。彼の者は、地元の伯爵家の出。地元の負担を考え、勇者の力を最大限に使おうと画策しておったようですから」
「その判断をしたのは、あの文官の青年でしょうね」
「はい、間違いなくそうであろうと」
エルザは、勇者たちの顔を思い浮かべる。同じ年頃の者たちと比べて、どこかふわふわと頼りない印象があった彼ら。
しかし、文官の青年だけは、一本芯が通った印象だった。
彼が付き添っている限り、勇者たちのことは心配しなくてもいいのかもしれない。
「それにしても、勇者たちは確かにドープ砦の陥落を防ぎ、逆に敵の陣地を占領するという、今までなかった戦果を残してくれました。さらに、様々な戦術や陣地の防御施設を授けてくれたとか。頭が下がります」
エルザがそう言うと、ヨハンが苦笑いを浮かべる。
「いや、それが。確かに勇者たちは戦ったのですが、戦術や防御施設の知識は、文官の青年のほうの知恵だとか。彼も、もしかしたら只者ではないのかもしれませんぞ」
何せ、いくらハモンドが許可を出したといっても、それはあくまでも口約束。それを覆される可能性は決して低くなかった。
だからこそ、彼らはドープ砦から旅立ったのだろう。
ただ、魔族が占領する地域に向かったというのが、よくわからない。
確かに、魔族に占領された地域とは、事実上音信不通であり、ごくわずかに漏れてくる噂のようなものしか聞こえてはこないのだ。
だからこそ、内情を探ろうと考えたのだろうが……
「……しかし、彼らは全員、この世界にはありえない黒髪黒目。そのような者たちが入り込んで、無事に旅を続けることが出来るものか……」
「そうですな。しかも、5人で固まっていれば、それは確実に目立ちますゆえ」
もちろん、彼らとて、それは充分承知の上の行動だろうとは思う。
勇者たちだけなら、うっかり行動しかねない気もするが、あの文官青年が付き添っているのだ。彼が、そういうことに気付かないとは思えない。
何らかの手を打ってから、行動を開始するだろうとは思うのだが、すでに旅立ってしまった今となっては、こちらとしては何も出来ない。
ただ、旅の無事を祈るのみであった。
「王妃陛下、ラジュム王国の使者の方がお見えになりました。ただ今、控えの間にてお待ちいただいているそうです」
近衛騎士とともに、マーシャが執務室にやってきた。
部屋の外で、先ぶれとしてやってきた相手の従者と話をしたという近衛騎士に、出くわしたのだそうだ。
「ラジュム王国ですか。そうですね。午後から会見の予定がありましたね」
エルザはうなずくと、書類をヨハンに任せ、謁見の間に移動するため、執務室を後にする。すぐ後ろにマーシャが続き、王妃専任の護衛騎士がそれを守るように付き従う。
廊下を歩いて、王族専用の入り口から謁見の間に入った。
その後、控えの間から使者たちが謁見の間に移動してきた。
「王妃陛下と側妃殿下にあらせられましては、ご機嫌麗しゅう」
挨拶をしてきたのは、何度か顔を合わせたことのある少々脂ぎった印象の中年男性で、名をバーソロミューといった。
ラジュム王国の外交官であり、これで油断ならない人物であると、リーフ王国内では認識されていた。
「久しいですね。わざわざ出向かれるとは、此度は一体何用ですか?」
エルザの言葉に、バーソロミューはにやりとした。
「はい、貴国が異世界より勇者を召喚したと、小耳にはさんだものですから。それで、勇者殿たちは、今どちらにおられますかな? 出来れば、一目会って、会談を行いたいと思いましてな」
やはり嗅ぎ付けたか、とエルザもマーシャも思った。
ラジュム王国には、後方支援で食糧援助や物資援助を受けている。それはありがたいのだが、それとこれとは話が別だ。
「勇者たちですが、すでに旅立ちました。今どこにいるか、私も把握はしておりませんわ。彼らは、彼らの意志のままに、魔族を討ってくれるでしょう」
エルザは、あっさりとそう返答する。
「……そうでしたか。いや、実に残念です。異世界人を、一目見てみたかったものですが」
まったく残念そうな顔もせず、バーソロミューはそう言った。
どうせこの場で行うのは、互いの腹の探り合い。決定的な言質さえとられなければ、なんとでも出来る。
これから始まる面倒な話し合いを前に、エルザは勇者たちの無事な旅を祈っていた。
このエピソードで、この章も一区切りです。
次の更新から、新章に入ります。
私のある意味悪い癖で、のたのたとしか進んでいきませんが、気長にお付き合いしていただけると幸いです。




