26.魔王にして半神の介入
先ほどまでの喧騒が嘘のように、静まり返る周囲に戸惑うが、身体が全く動かない。声も出せない。眼球だけが、かろうじて動かせたが、それでさえ見え方がおかしかった。
特に霧なども出てはいないのに、視界がきかない。奥のほうが、見えづらい。目には映っているのに、脳が処理しきれずに像を結ばなくなっているという感じ。
なんとか見える視界の片隅に、倒れている火村と固まったようになって立ち尽くしている切り付けた男の姿が見える。
『……勇者たちを、死なせるわけにはいかない……』
早見さんの声!? いや、声じゃない。どちらかといえば、念話に近いかもしれない。でも、俺以外の誰にも聞こえてないみたい……
そして、視界に入ってきたのは、髪を青く、眼を朱く光らせ、牙も爪も最大限に伸びた早見さんの姿だった。
うわ、本気モードだ!
早見さんは俺のほうに近づくと、俺のすぐそばにいるだろう有角族の男に向かって、何かしたようだ。ぼんやり感じていた気配が、消えた気がした。
次に火村のほうに近づくと、火村のそばに立つ男に向かって半透明の左腕をふるう。
その爪に切り裂かれるかと思ったその男は、一瞬にしてその姿が掻き消えた。
いや、違う!
あれは……喰らわれたんだ。早見さんの<存在の根源を喰らう力>に……
ってことは、俺のすぐそばにいたヤツも……気配消えたしな……
そして早見さんは、火村の傍らにかがみこむと、切り落とされた右腕を実体のある手で掴み、元の形になるように腕の傷口に押し当てる。
『……死んではいけない。帰ってきなさい……』
すでに土気色になっている火村の顔を覗き込むと、半透明の左手を胸に当てた。
すると、火村の体が淡い青色の光に包まれる。
光はたちまち傷口に集中し、傷口が青く光り出した。
しばらくすると、青い光は火村の体に溶け込むように消え、傷口からあふれていたはずの血もぴたりと止まった。
その間、ほんの数秒。
直後、早見さんの姿が見慣れたいつもの姿に戻る。
その途端、急に空気が緩んだ気がして、一気に動けるようになった。
ざわざわとした空気が戻ってくる。
それに紛れるように、早見さんは空間収納からポーションを取り出すと、口で栓を咥えて開け、火村の体に勢いよくかけた。
「火村くん、しっかりするんだ!」
早見さんがそう声をかけたときには、火村の顔色は多少血の気が失せてはいたものの、ほぼ元通りに戻っていた。
そこに、水谷さんと土屋さんが駆けつける。俺も、急いで続いた。
「……っ……。う、うぅん……」
火村が目を開け、切り落とされたはずの右腕を上げて、自分の顔を覆った。
……普通に、腕、動いてる……
前にポーションの説明受けたとき、この世界では完全に切断された場合、もう一度くっつけるのはポーションはおろか、神聖魔法でもほぼ無理って言われたんだけど……
この世界では、皮一枚でいいから繋がっていないと、くっつかないんだそうだ。
あれが早見さんの<神術>だっていうなら、マジで神の御業ってやつだぞ。
「火村さん、大丈夫? っていうか、早見さんいつの間に来たの!?」
土屋さんが、半ば唖然としながら声をかけてくる。
「なんだか胸騒ぎがしてね、“馬”で追いかけてきたんだ。ちょうど到着したら、火村くんが切られた瞬間でね、慌てて駆け寄ったら敵は急に姿を消した。魔法で転移でもしたのかも知れない」
「戦闘能力のない人が駆け寄るなんて、無茶しないでよ! 今回は、敵が勘違いかなんかしたんだと思うけど、早見さんが実は戦えない人だって気づいたら、逆にやられるわよ!」
水谷さんが、怒ったような声を上げてるが、こうしてみると、やっぱりあの時本当は何が起こったか、認識してないんだな。
火村の傷が、ポーションで何とかなる程度のものだったって、思い込んでる感じなんだもんな。
確かに俺たちがもらったポーションは、かなり質のいいもので、かなりの重傷でも治せるものだったけど、あの時の火村の傷はどう考えても致命傷で、ポーションで何とかなる傷じゃなかった。
それなのに、周囲はおろか、本人もその自覚がない。これってやっぱり、早見さんの<認識阻害>や<隠蔽>が強力に働いてたってことなんだろうなあ……
その時、俺たちから少し離れたところで、騒ぎが巻き起こった。
どうやら、放置されてたテントの陰から敵が数人飛び出してきて、戦いになったらしい。
ただ、さすがに多勢に無勢というか、数の暴力というか、本当の意味で串刺しになった人がいなかったせいで、結構<回復>が間に合い、敵はあっと言う間に打ち倒されていた。
そりゃ、いくら能力値が違っていても、ひとりに4~5人でかかっていったら、防御が間に合わない。
もし、土埃で視界が奪われたまま、多くの人が串刺しにされていたら、この人数であってもヤバかったかもしれない。
でも、実際はそうじゃなかった。なんとか罠を回避出来た。
……早見さんの指示なんだけど……
あとは、完全な掃討戦になってる感じだけど、どうやらもう伏兵はいないみたい。
それを横目に、俺たちは半身を起こした火村を囲んでいた。
火村は、切られたときに付いた血の跡と、切り裂かれた革鎧が痛々しいが、傷自体は完全に治っているらしい。それこそ、痕も何も残っていないくらいに。
「でもね、失われた血が戻りきっているわけじゃないから、しばらくは無理をしてはいけないよ。こんなことなら、無理にでも金属鎧を身につけたほうがよかったかな。あるいは、盾を持つとか……。斧槍の火村くんは無理だけど……」
早見さんにそう言われ、俺は考え込んだ。
確かに、鎖帷子を身に着けるという選択肢もあった。ただ、やはり重いのと、魔法を使うならガチガチの鎧を身に着けるのではなく、革鎧のほうが魔法を扱いやすいのだというアドバイスに従って、革鎧にしたんだけどな。
それに、俺が使ってる長剣も、いざという時には両手持ちにして、威力を増すことも出来る。だから、盾は持たなかったんだけど……
「……でも、今更だよね。今回は、ほとんど不意打ちされたようなものだもん」
土屋さんの言葉に、水谷さんもうなずいた。
「ちゃんと体勢が整っていれば、これほどひどいことにはならないと思う。私は、革鎧のままでいいわ」
「……そうだな。オレも、革鎧のほうがいい。鎖帷子は、やっぱりちょっと動きづらいところがあるし……」
火村まで、そんなこと言いだしたか。
でもまあ、火村の鎧は作り直す必要があるけどな。
ちなみに俺も、無理に鎖帷子は着たくない。
この世界、金属鎧を着ていると魔法が使えない、なんてことはないんだけど、魔法の威力が落ちたり、精度が落ちたりするんだって。
だから、魔術師と呼ばれる人たちは、そういう制限が一切かからないローブなんかを着ていることが多いんだそうだ。
「それにしても、いくら胸騒ぎがしたからって、おとなしく待っていられなかったの? そりゃ、そのおかげで火村さんに対してポーションが間に合ったともいえるから、その点はありがとうとしか言えないんだけど……」
水谷さんが、怒り半分心配半分の顔で、早見さんに対峙してる。
「そうだよ! 火村さんのことは、偶然間に合っただけで、実際は自分の身を危険にさらしてるんだもん。なんで出てきちゃったのよぉ」
土屋さんも、心配が裏返ったように怒った顔になっている。
「……まあ、いいじゃんかよ。オレ、おかげで助かったんだし。早見さん、ありがとな」
女の子2人をなだめるように、まあまあと火村が両手を上下に動かした。
実際、早見さんがいなかったら、火村は間違いなく死んでいた。だから、火村にとっては命の恩人には違いない。……周囲や本人の認識と、現実が少しずれていようとも。




