23.約1名、なんか無双してる……
「あ~そっちか。俺てっきり、キャタピラで進むあの戦車のことかと……」
「違う。それに、実は“キャタピラ”って商標登録されてて、アメリカに本社があるCATの製品にしか使えないから。一般的には“クローラー”だ。日本語で言えば、“無限軌道”か、自衛隊あたりなら“履帯”って呼んでるかもね」
……無駄知識ヲアリガトウゴザイマス。こっちの世界で、そんなこと聞かされてもな……
それはともかく、強行偵察の話だ。
戦車が届いたんで、強行偵察に行こうってことになったんだって話だったよね。
この世界の戦車は、“馬”2頭立てで、2人乗り。一対の車輪の上に、人が乗る箱がつけられて、“馬”に引かせるための棒が前方に伸びてるって感じのもの。
前方が高くなってて、御者がバランスを取りやすいようにはなってるそうだ。
しかし、戦車かぁ……
俺たちの世界だと、古代ローマとか古代エジプトなんかでは使われてたけど、割と早めに使われなくなってたような気がするんだけどな。
ほかの勇者たちの世界の話を聞いたら、世界史、特に古代史はほぼ変わらないようで、大体合ってた。やはり、騎馬隊が本格的に運用されるようになると、使われなくなっているみたい。
でも、こっちの世界では、まだまだ現役兵器なんだそうだ。
御者が高速で戦車を走らせ、後ろに乗る人が弓を使ったり、長柄の武器を振り回したりして、戦場を駆け巡るっていう、アレ。
ただ、以前の戦いで、大半が壊されて使い物にならなくなったので、部隊としての運用が停止されてたんだそうだ。
「でも、やっぱり“馬”なんだな。ザウードラじゃなくて。あれのほうが、スピード出るって聞いたけど」
火村の疑問に、早見さんがあっさり答える。
「ザウードラじゃ、尻尾が邪魔だろう? 戦車がつくのって、真後ろだからね」
「あ、そうか……」
ザウードラの尻尾って、体のバランスをとるためもあるそうで、結構長い。それが、地面に平行にすっと伸びている。
そりゃ、邪魔だわな。
騒がしい音がする方向を見てみれば、なんだか有名な洋画の1シーンのような光景が見える。
走らせてる動物がちょっと違うところが違和感があるけど、ほかは同じだ。
よく見ると、曲がるときにはなんだかドリフト走行してるように見えるんだけど……
「気のせいじゃないよ。ドリフトしないと、構造上曲がれないんだ、あれは」
早見さんが、仕方がないという顔でそれを見てる。
「直線なら、普通に走れるんだけどねえ。直線ばかりじゃないからな、ルートは」
それを見て、土屋さんが何となく生温かい目になりながら、ぼそっとつぶやく
「……ドリフトしないと曲がれないなんて、そりゃ廃れるよね……」
うん、テクニックいるってことだもんね。しかも、後ろに乗ってる人と息が合わなけりゃ、ひっくり返るかもしれないもんな。騎馬隊が主流になれば、それはねえ……
でも、この世界ではまだまだ現役ってことは、戦場での馬術が、まだ洗練されてないってことか?
「馬上槍による突撃がないというか、馬上槍がないみたいなんだよね……」
そういや、出撃していった部隊が持ってた武器って、長剣か普通の槍だったな、確か……。マジで、馬上槍、なかったわ。
そのうち、弓矢を持った5台ぐらいがまとまって外へと走り出ていった。あ~ほんとに行ったんだ、強行偵察……
その時、早見さんがぼそっと小声でつぶやいたのをに、俺だけが気づいたっぽい。ほかの人は、まったく反応してなかったから。
「……まあ、敵方も半分以上一時撤退してるから、一撃離脱に徹すれば、無事に帰ってこれるだろ……」
……早見さん、なんで敵が半分以上一時撤退してるってわかるの?
俺、早見さんを隅っこに引っ張っていって、聞いてみた。もちろん小声で。
「……ねえ早見さん、ほんとに敵は半分以上一時撤退してるの?」
「ああ、間違いない。この目で見てるからね」
「この目で見てるって、どういうこと?」
「昨夜、寝静まってから、ちょっと偵察に行ったんだ」
「!? 偵察って……」
「ん? ああ、簡単なことだよ。身体から抜け出して、本体だけで行ったんだ」
……そういやこの人、身体は依り代で、そこに宿ってる精神体が本体だったっけ。
いわば、“幽体”が偵察に行ったわけね。
「身体から離れれば、高速移動も可能だし」
「高速移動って……どのくらい高速?」
「そうだね、自由に制御出来る速度ということなら、秒速2キロかな。ただ突っ走るだけなら、秒速3キロぐらいか」
はい?! びょ、秒速!? ちょっと待って!?
ええ~っと、確かこの世界でも、物理法則はそのまま通用するらしいから……音速って空気中だと大体秒速340メートルだって聞いたことがあるから……秒速2キロって……約マッハ5.88……
秒速3キロなら、約マッハ8.82だぞ。え、ミサイルより速いの!?
「そんな速度で移動したら、衝撃波が……」
「実体のないものが、移動するんだぞ。そんなもの、発生するはずないだろ」
「あー……」
偵察の結果、例の陣地に駐屯する部隊の半数が、一時撤退したのが確認出来たんだそうな。
「ちょうど、君たちの襲撃のタイミングが、相手にとって最悪でね。補給部隊が補給した翌日に、予備物資も含めてダメになってしまったそうなんだ。それで、どうしようもなくなったらしい」
食料も燃えてしまい、今陣地にはとても全軍を支えられるだけの食料がないんだそうだ。なんでも、俺たちの空間収納と同じような機能を持つ魔道具鞄ごとやられたので、食糧なんかが本当に枯渇したらしい。
新しく補給部隊をやってこさせるにしても、物資を集めるところから始めないといけないため、多少は時間がかかるらしい。
それで、夜通し作戦会議に追われてたっぽいのだ。
「最悪、ごく少数の留守番部隊を除き、ほぼ全軍が一時撤退することになるかもしれない、という話までされていたな」
……幽体で、<認識阻害>や<隠蔽>が使えるからって、敵の作戦会議を傍聴してたんか、この人……
「ただね、襲撃者である君たちの後ろ姿は目撃されている。『見たこともない黒髪の者たちだった』という報告が、なされていたからね。ちゃんとフードをかぶってなかったんだね」
あ~そういえば、初めはかぶってたと思うんだけど、騎馬戦状態で走っていったとき、脱げたんだろうなぁ……
「砦周辺にいる分には構わないけど、離れて自分たちだけで行動するなら、“黒髪”はこれ以上ない特徴となる。染め粉か何かを手に入れて、髪色を誤魔化したほうがいいだろうね」
……この世界、“黒髪黒目”はいなかったんだっけ。それ自体が、異世界人である証拠みたいなもんだって、言われたっけな。
やっぱり、誤魔化したほうがいいか。




