22.またまた事態が動いた
「……まだ息があるぜ。とどめ刺した方がいいんじゃないか?」
火村にそう言われ、俺は相手の心臓があるだろう部分に剣を突き立てた。
一瞬体を震わせ、ホブゴブリンはピクリとも動かなくなった。
剣が肉を貫く感触が伝わる。
慣れなきゃ仕方がないんだけど……
「……火村、お前多少は慣れたか? 武器が相手の肉に食い込む感覚に……」
俺が思わずつぶやくと、火村が大きく息を吐く。
「……オレも、何とか慣れてきたところだ。魔獣ならまだ抵抗ないんだけどな」
あのサバイバルキャンプで、抵抗なく武器を振るえるようになったけど、だからといって人と似たような姿の魔物を殺すのに、心がまったく動かないかと言うと、そうでもないわけで。
ホントに、昨日は少し離れたところから魔法を撃ちまくったので、ほぼ抵抗はなかったけど、実際に有角族に向かって武器を振るう時が来たら、どうなるんだろうなって、思うことがある。
まあ、やらなきゃこっちがやられるのは間違いないから、やらざるを得ないんだけど。
「2人とも大丈夫? こんな森に入ったばかりのところで、魔物が出てくるなんてね」
土屋さんが、声をかけてくる。
水谷さんも、採取をやめて俺たちの側に来ていた。
「それなりの香草が取れたから、もう帰りましょ。深入りして、いい場所じゃなさそうだもの」
水谷さんの意見にみんな賛成して、ひとまずこれで帰ることにした。
でも、さっきからかすかに甘い匂いがするような気がするのは、気のせいだろうか。
そして、みんな匂いがする方向に歩いていこうとするのは、勘違いなんだろうか。
(いけない! そっちに行くな!!)
いきなり頭に響く、早見さんの念話。
(そっちには、魔樹木の群生地がある! 匂いに誘われてるぞ!!)
あ、そういうことか!!
俺は慌てて、嫌な予感がすると、みんなを止めた。
「待って! そっちは嫌な予感がするから、行っちゃだめだ。そもそも、森の外へ向かうのって、そっちだったっけ?」
俺の言葉に、皆はっとしたように足を止める。
3人が顔を見合わせ、同時に俺のほうを見た。
「……なんで、こっちへ行こうとしてたんだっけ……?」
「……わからない。そういえば、森を出るのって、こっちじゃないわね、確かに」
「やだ。なんでこっちへ行こうとしたんだろう?」
戸惑う3人に、俺は言った。
「なあ、なんかすごく微かなんだけど、甘い匂いがしないか?」
「「「……あれ、そういえば……」」」
他のメンツも、どうやら気付いたみたい。早見さんは、匂いに誘われてるって言ったけど。
「……私、【鑑定】してみる。もし私がおかしな行動を取り始めたら、止めてね」
水谷さんが、一旦目をつぶって精神統一したみたいな感じになり、もう一度目を開けると、じっと森の奥のほうを睨むように見つめる。
「……わかった。この微かな甘い匂いって、魔樹木の花の香り。花を付けた魔樹木は、花の香りで動物を呼び寄せ、襲って自分の栄養にするの。そして実をつけると、子孫を増やしていく。私たち、危うく魔樹木の群れの中に突っ込むところだったみたい」
……そういうことか……
魔樹木が実をならせるための、栄養分にされるところだったわけか
早見さんが警告してくれなかったら、どうなってただろうな……
「また、お前の“嫌な予感”に助けられたな。マジ、頼りになるな、お前の直感」
火村が、腕を組みながら感心したようにうんうんとうなずく。
水谷さんも土屋さんも、大きくうなずいている。
……いや、俺の直感じゃないんだ。早見さんが警告してくれたからなんだ……
(そこまで卑下しなくてもいい。君にだって、危険を察知する直感はあるんだ。ただ、もう少し近づかないと、働かなかっただけだよ)
早見さんの念話が聞こえる。でも、俺の直感なんて、大したことないじゃん、早見さんの力に比べると。
(君の場合、自分が危険な目に遭うかもしれない時に働くんだ。ほかの人が巻き込まれたところで、君に危険が及ばなければ、直感は働かない。でも、それでいいと思うよ)
なんでさ。自分だけ助かるみたいで、いやじゃん。
(僕の場合、自分が気に掛ける人たちすべてに対して、直感が働いた。でもそのおかげで、昔直感が働きながら、ほかの人に気をまわしてばかりいたら、実は自分に危険が迫っていたことに気付くのが遅れ、ひどい目に遭ったことがある。だから、自分だけしか働かないというほうが、わかりやすくていいんだよ。それより、余計なことに巻き込まれないうちに帰っておいで)
……そだな。
俺はみんなに声をかけ、改めて森の出口に向かって歩き出した。
今度こそ、何事もなく森を出ることが出来た。
それ以降は、何事もなく陣地に戻れたが、何となく陣地が騒がしい。
早見さんを見つけて尋ねてみると、どうやら俺たちが突き止めた敵の陣地に、強行偵察に行くという話が持ち上がったらしい。
おいおい、そんなことして大丈夫か?
確かに物資は俺たちが燃やしたけど、人はまだ残ってるだろ?!
そう考えたのは俺だけじゃなく、ほかの3人も同じ反応になった。
「……ほんとに大丈夫なの? この世界、そんなにすごい武器があるわけじゃないでしょ」
水谷さんが、ちょっと不安げにつぶやく。
「ああ。君たちが砦に届けた物資の中に、“戦車”があってね、組み立てられたそれが、君たちが出かけている間に届いたんだ」
「「「「戦車!?」」」」
戦車と聞いて頭に浮かぶのは、鋼鉄の塊が、キュルキュルと音を立てて進む、アレ。
「言っておくけど、近代戦の“戦車”じゃないよ。戦車のほうだからね」
「「「「あ、そっち……」」」」
そりゃそうだよな。あの戦車が出てくるわけないもんな。出せるなら、それこそ無双出来るわ。




