19.もらえるものはもらっておこう
誰もが黙りこくっていると、ひとりの騎士が、俺たちにが休んでいるタープに近づいてきた。
「エッシェンバッハ隊長がお呼びだ。急ぎではないので、食事が終わってからでいい、隊長の元へ来るように」
言い方が割と柔らかかったので、おそらく褒賞のことだろうな、と思った。
それだけ告げると、その騎士はまた去っていった。
「褒賞のことかな?」
土屋さんのつぶやきに、皆がうなずく。
「だろうな。でも、褒賞って、どんなのだろうな」
「うーん。ちょっと見当つかないわね。でも、私たちがどういう立場でここに来たか、わかってるとは思うから、あまり変なものは出されないんじゃない?」
俺も、そう思う。
とにかく食べ終えてしまおうと、俺たちは食べることに専念した。
それでも、いつもよりは食事の量が入らなかった。
やっぱり、ストレスなのかなあ……
「……やっぱり、いつもより食欲がないみたいだね。さっきパン粥を食べたとはいえ、食べ盛りと言っていい君たちが、鍋の中身を残すのは、今までなかったからね」
早見さんが、まだ中身が残っている鍋の蓋を閉め、空間収納にしまい込む。
「この鍋は僕たちの持ち物だから、こうやってしまい込んでも文句は言われない。あとで、小腹が空いたときにでも食べればいいと思う」
そういや時間停止機能付きだったっけ。温かいものは、温かいまましまっておけるんだよな。
「一息ついたら、隊長のところへ行こう。呼ばれているんだからね」
穏やかに告げる早見さんの声に、俺たちは腰を上げた。
この陣地の中で、隊長がいる場所は大体わかってる。そこに向かって歩き出す俺たち。一番後ろから、早見さんもくっついてくる。
やがて、何人かの騎士たちに囲まれた、エッシェンバッハ隊長の姿が見えた。
「おお、勇者たち、来たか」
隊長のほうが、先に声をかけてきた。
「はい、ただいま参上しました」
少しだけかっこつけた言い方で、火村が答える。
「お前たちのおかげで、敵は退却していった。犠牲になった者も、ずっと少なかった。よって、その功績をたたえて、これをつかわす」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
早見さんも含めた5人に渡されたのは、ずっしりとした重量感のある小ぶりな皮袋。どう考えても、コインが入ってるだろうとわかる。
所謂、金一封ってやつか。
……下手なものもらっても始末に困るだけだし、よく『お金は邪魔にならない』っていうしね。
周辺にいる人たちにも、はっきり聞こえる声だったから、かなりの人にやり取りが聞こえたと思う。
全員を集めて、っていうわけじゃないけど、俺たちが何かやった結果、相手が退却したんだとわかるように。
そうじゃなかったら、戦いの間、勇者は何やってたんだってことになりかねなかったもんな。
俺たちは頭を下げて、自分たちのタープに戻ってきた。
でもなんであんな中途半端な告知の仕方したんだろ。
疑問に思って早見さんに聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。
「バランスを取ったのかもしれないね」
どういうこと?
「この陣地にいる人たちの中にも、『勇者召喚反対派』や『勇者は使い倒せ派』がいる。反対派には『勇者はちゃんと役に立ってる』と知らせ、使い倒せ派には『勇者はこちらの思い通りには動かない』と理解させる必要があった。よって、こういう形になったんだと思う。みんなを集めて大々的にやったら、インパクトが大きすぎて、これ以降の君たちの自由行動が制限される可能性もあったからね。それに、やっかむヤツが出てこないとも限らないし」
そう。俺たちがここに来たのは、ドープ砦陥落を防ぐため。
それが達成されたら、俺たちは自由行動が出来ることになっていた。
でも、俺たちが有用だとここに縛り付けられるようなことがあったら……
陣地の隊長までは、俺たちに関する通達が行っていたようだけど、その下の人たちまでちゃんと理解してたかどうか、わからんもんな。
で、受け取った金一封、改めて中身を確認したら、全員同じく金貨3枚が入っていた。
考えてみると、俺たちこの世界ではほぼ買い物とかしたことないから、お金に疎いんだよな。
もちろん俺たちだって、無一文ってわけじゃない。王都を出発するときに、餞別としてお金ももらってる。
でも、財布のひもは早見さんがきっちり握ってるんで、俺たちはタッチ出来てない。
「私たち、一応説明されたけど、ちょっとうろ覚えなのよ。これ、どのくらいの価値があるのか、教えてほしいんだけど」
水谷さんの問いかけに、早見さんが答える。
「そうだね、ここで改めて説明しておくか」
早見さんは、1枚1枚コインを取り出すと、説明してくれた。
それによると、一番安いのは銅貨で、敢えて日本円に換算すると、大体10円くらいだそうだ。
銅貨の上が大銅貨で、銅貨10枚で大銅貨1枚。つまり、約100円ってこと。
次が銀貨で、1枚が大銅貨10枚。約1000円なわけだ。
一般市民が、普段使うのはこのくらいまでだそう。
次が金貨で、1枚が銀貨10枚。約1万円。今回もらった金一封は、3万円ということになる。
高いんだか安いんだかわからんねえ……
ちなみに、この場にはないけど金貨の上のコインもあり、白金貨は1枚で金貨10枚。約10万円。
その上に、滅多に出回らないけどミスリル貨っていうのもあって、1枚で白金貨10枚。つまり、1枚で約100万円ってことになる。
「でもこの世界、生活必需品の物価は安いから、今回もらった金貨3枚でも、贅沢しなければ2~3ヶ月暮らせるそうだよ」
へぇ、そんな感じなんだ。
「こんな戦争状態でも、物価は上がったりしないの?」
水谷さんが尋ねる。
「この世界の戦争って、前線では戦っても、均衡が破られない限り、後方には戦火は及ばない。だから、食糧生産も出来るし、生活に必要な物も作られる。政がきちんと行われていれば、極端に物価は上がったりしない。そりゃ、少しは上がるだろうけど、極端に上げたところで、買う人がいなければ意味がないだろう? この世界の平民と呼ばれる人たちは、一部の富裕層を除いて余裕のない生活だったりするから、高くなったら買えないんだ。そうなったら、下手すると治安の悪化を招くから、上の人たちが配慮するさ」
だから、割と街中は平穏な状態だったんだな。




