18.みんなのちょっとした疑問
目が覚めた時には、もう夕方だった。俺が起き出すのとほぼ同時に、他の3人も起き出してきた。
起きる時間がこんなに揃ってるなんて、やっぱり術がかかってたんだろうなあ……
「お目覚めかな? おなかすいてないかい?」
そう言いながら、早見さんが俺たちの前に差し出したのは、そこそこの大きさの鍋だった。そういやこれ、野宿した時に煮炊き出来るようにって、用意した鍋じゃなかったっけ。
鍋の蓋を取ると、中には茶色っぽいおかゆのようなものが入っていた。
「料理番の人に頼んで、パン粥を作ってもらったんだ。これなら、食欲がなくても、啜り込めばいいからね」
早見さんは、人数分の深皿やスプーンも用意してくれていた。
「一応、もうすぐ夕飯なんだけど、いつものごとくの内容だからね。そちらの方がいいなら、無理に食べなくてもいいよ。残ったら僕が引き受けるし、余ったら空間収納にしまっておけばいいから」
正直、サバイバルキャンプの最中に、血肉に慣れてはいたんだけど、現実に“敵”の死体なんか見ちゃうと……
別なことに意識が向いてるときなら、まだ大丈夫なんだけど、ふと考える瞬間があると、思い出しちゃうんだよな……
思い出すと、肉があんまり食べたくなくなる。そりゃ、キャンプの時には食料も自力調達だったから、あの時は喉を通らないものを、無理に水で流し込んで食べたさ。
でも、今目の前にあるのは、パン粥。
俺は手を伸ばし、器によそうと、スプーンで食べ始めた。
パン粥は、思いがけず、優しい味がした。
俺が食べ始めたのを見て、他の3人もそれぞれ器によそい、食べ始める。
「……なんか、染みる味だな……」
「うん、わかる。なんか、おいしい……」
「わたし、この味好き……」
なんか、女の子たちなんか涙ぐんでるように見える。
火村も、いつになく味わって食べてる。
朝から全然食べてなかったはずなのに、寝て起きるまで空腹感は感じなかった。それだけ、精神的におかしくなってたんだろうな。
パン粥を食べて、なんか人心地着いたような気がする。
食べ終わったところで、火村が大きく息を吐いた。
「……なんか、これ食べたら、かえって腹減ってきたな」
そういやそうだな。
さっきまで、食欲なかったのに。
「ストレスで、胃がちゃんと働いてなかったんだろうね。お粥をおなかに入れて、それで胃腸がまともに動きだしたんだろう」
早見さんは空になった鍋を手に、『夕飯をもらってくる』と離れていった。
「……至れり尽くせりって感じね。なんだか、早見さんマネージャーみたい」
土屋さんの一言に、誰もが思わずうなずいた。
「それに、あの人最前線に出てきても、私たちよりずっとちゃんとしてた。っていうか、あの時の一喝はすごかった。早見さんって、何者なんだろうね……」
水谷さんが、しみじみとつぶやく。
確かに、本性がわかってない3人にとって、早見さんは謎の人だろうな。足手まといのはずなのに、一軍を指揮することさえ出来たんだから。
まあ、あの威圧のせいだろうとは思うんだけどね。
あの人が本当に本気になったら、今回攻めてきた一軍、たった一人で殲滅してると思うよ。そういう予感が、ひしひし感じるんだもん。
「ねえ風間さん、あなたは早見さんと過ごしてる時間が、わたしたちより長いよね。あの人、どんな人なの? 今更だけど」
土屋さんが、尋ねてくる。
「……時に厳しいことも言う人だけど、俺たちのことを本気で心配してくれてる人だよ。本人は、保護者のつもりみたいだけど……」
「保護者ねえ……」
火村が、なんとなく苦笑してるような感じでつぶやく。
確かに、戦闘に関しては足手まといだってことになってるからなあ……
「でも、あの時なんでわざわざ、私たちに死体の確認なんてさせたのか、それがわからない。さっきは何だかふっと眠れたけど、あれ、夢に出てきたっておかしくない。自分でも、よく気持ち悪くならなかったなって思ったもの」
水谷さんが、真顔で疑問を口にする。
まあ、それは俺も思う。さっきの眠りは、早見さんが術で眠らせてくれたから、悪夢を見ないでぐっすり眠れたんだけど……夢に出てきたって不思議じゃないよね。
そこへ、早見さんが鍋を持って戻ってきた。鍋の中には、例のポトフもどきが入っている。
それを俺たちの真ん中に置き、空間収納から黒パンを取り出し、配ってくれた。
「冷めないうちに、食べよう。体力を保たないと、すぐに体調を崩してしまうからね」
みんな、とりあえず夕飯にすることにして、鍋から中身を深皿によそい、パンを浸したりしながら食べ始める。
もちろん早見さんも、俺たちの側で食べ始めた。
それでも、さっき水谷さんが口にした疑問は、俺の胸のうちにくすぶっている。周りを見ると、他のメンツもそう思ってる感じで、ちょっと微妙な表情になっている。
ある程度食べたところで、水谷さんが口を開いた。
「ねえ早見さん、訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「構わないよ。何が訊きたいんだい?」
「……なんで私たちに、わざわざ死体を見せたの? 下手したら、トラウマものよ、あれ……」
「ああ、それか……」
早見さんは、俺たちひとりひとりの顔をじっと見ると、おもむろに言った。
「確かにあれは、トラウマものの行為だったかもしれない。でもね、いつか必ず、君たち自身が、己の手で誰かを殺す瞬間が来る。その時、それで心が折れてしまったら、次の瞬間命を落とすのは君たちだ。あれは、君たちが心を折ることがないように、“慣らす”と言ったらいい方は悪いが、自分たちが何をすることになるのか、自覚をしてもらうためにやったんだ。君たちは召喚されし勇者なんだから」
たとえゲリラ戦と言えど、まったく戦闘をしないで済むとは思えない。
その時に、相手を殺したと自覚した時のショックで隙が出来、それをつかれて自分が殺されてしまったら、元も子もないっていうこと。
早見さんがどれだけシビアに考えていたのか、よくわかる。
「……わかった。私たちがしなくちゃいけないことって、ああいうことだってことなのね……」
水谷さんが、どこかこわばったような表情でつぶやくように答える。
「君たちは、そのために召喚されたんだよ。それを自覚していたほうがいい。自分を守るためにも」
そう、ここでは自分の身は自分で守らなきゃならない。それが出来ないものは、生きてはいけない。
早見さんが突き付けてきたのは、そういうことだったんだな。




