03.やっぱりいろいろ直面する日々
直接関係ないけど、早見さんに言われたことがある。
「いつか帰るつもりがあるなら、向こうから持ち込んだものは、空間収納にすべてしまっておいた方がいいよ」
そう、俺たちは、早見さんも含めた全員が空間収納を持っていた。
中に物をしまっておけば、時間も停止していて、容量の許す限りいつまでも置いておけるというものだった。まあ、お約束。
つまり、そうやってしまっておけば、元の世界に戻るときに困らないからと。
その忠告は、全員素直に聞いて、下着も含めて全部しまった。……一応、下着は洗って乾かしてからだけど。
もっとも、俺は腕時計だけはそのまましていたけどね。だって、頑丈なことで有名なG-〇HOCKなんだぜ。 もちろん、袖でちゃんと隠したけどな。
こっちの1日の長さも、向こうとほぼ変わらないとわかったから、時間がわかったほうが、いろいろ便利だと思ったからね。
ちなみに、俺たち勇者の空間収納は、容量が大体教室より一回り大きいくらいありそうだった。
そりゃ、相当なものが入るね。
で、火村のヤツが早見さんに聞いたんだ。
「なあ、早見さんの空間収納って、どのくらいの大きさなんだ?」
ある意味、当然の疑問だと思う。で、早見さんの答えはこうだった。
「そうだね、物置くらいかな」
これを聞いて、他の3人は“その程度か”という表情になった。でも、俺は素直に信じられなかった。
だって“半神”だぞ。
そこで、2人だけになったところを見計らって、改めて聞いてみた。そうしたら……
「まあ、よく港湾地帯に建っている、大型倉庫があるだろう? あれくらいだと思うよ」
ちょっと待って、それって学校の体育館よりデカいじゃんか!?
「それでも、“物を置いておく場所”なんだから、間違いじゃないだろう、物置でも」
これは、わざと確信犯的にあの答えを返したな。……やっぱりそうか……
そうそう、こちらの世界の服に着替えて改めて感じたことがある。
どうにかならんかね、下着。
肌触りがよろしくないし、ゴムがないから、ウエスト部分に紐を通して結ぶタイプのパンツになるし。男の俺たちでもそうなんだから、女の子たちはいろいろあるんだろうな、とは思うけど、どうしようもない。
しかもこの世界、いわゆる“シルク”が存在しないらしい。木綿と麻と、ウールだけ。
道理で、ドレスとかが艶やかさがないと思ったよ。
『それだけあれば、たくさんでは?』と言ったのは早見さんだったけど。
そして俺たちは、その早見さんの着替えた姿を初めて見た時、全員がぎょっとした。
早見さん、左腕がなくなってた。左眼も、つぶったままだ。
聞けば、空間収納にしまったという。
確かにそうだな。早見さんの義手は電動義手だそうで、壊れたらこちらの世界では絶対に修理出来ないものだから。
こちらの世界にも、義手に当たるものはあるそうだが、肩からそっくり、というタイプはないそうで、肘から先のヤツだけ。
それも、よく漫画やアニメで“海賊船長”なんかがつけている鉤のついたヤツしかないんだと。
そりゃ、諦めるよねえ、義手つけるの……
義眼も、もしなくしたら大変だからってしまっちゃって、ハチマキみたいな布を使って、左眼を隠すことになったんだけど、色が黒なもんだから、それがまた妙にかっこいい。
これだから顔面偏差値の高い人は……
そのせいか、早見さんに付き添う世話係の侍女だっていう女の子が、いやに機嫌がいい。
俺たちにも、一人ずつ同じように侍女の女の子がついているんだけど、何だか事務的な対応なんだわ。
火村が俺のところにやってきて、ぼやいたもんだ。
「なあ、オレらの担当の娘、早見さんについてる娘に比べて、なんか仏頂面してね?」
それは、俺も思ってた。うん、絶対顔面偏差値の違いだと思う。
早見さん、異世界の人たちと比べても、一歩抜けてるんだもん、美形度が。
異世界の王族以上って、何なの……
水谷さんや土屋さんも、あっさりとこう言ってきた。
「あんなに“神”なイケメン、滅多にお目にかかれるもんじゃないわよ!」
「そうそう、眼福よねえ。空間収納にしまう前に、スマホで1枚写真撮らせてもらったもん♪」
なんか、すっごく負けた気分。
それから俺たちは、この世界のことをいろいろ教えてもらった。
まず、人族を脅かしている魔族のことについて。
魔族は、見た目は人族と似ている。でも、角が生えていることで、はっきりと見分けがつく。
角の生え方には2種類あって、向こうのヤギに似たゆるく湾曲して後部に伸びる角を持つ者と、向こうのヒツジに似た側頭部に渦を巻くように伸びる角を持つ者と。
前者は身体能力に優れ、後者は魔法を使う力に優れているのだそうだ。
髪や目の色なんかも、いわゆる“アニメカラー”のヤツがいるんだと。
で、質の悪いことに個人の能力は、魔族のほうがずっと上なのだそうだ。
魔族との戦争が始まってすでに10年以上になり、いくつかの国は魔族の支配下になり、今はこのリーフ王国が一番最前線に近い国として、戦いを続けているんだそうだ。
まだ魔族の支配下にはいっていない国はいくつかあって、それらの国は、リーフ王国の後方支援をしてくれているという。
そして今の俺たちの能力も、人族の成人の平均からすると飛び抜けているけれど、魔族からすると何とか少し上程度で、相手のほうが、武器にも魔法にも習熟していることを考えると、もっと力を付けないと太刀打ち出来ない可能性が高いというのだ。
種族としての絶対数が、人族のほうがずっと多いから、何とかここまで持ちこたえてきたようなものなんだそうだ。
うわぁ、タチ悪ぅ……
そして、その魔族たちを統べるのが魔王であり、打ち倒すべき存在なわけだ。
俺たちを召喚するくらいだから、切羽詰まって来てるんだろうな。
で、何だか城の文官の人たちと話してることが多い早見さんが、教えてくれたことだけど、この国では平民もいわゆる名字を持てるそうだが、ミドルネームを持てるのは貴族だけなんだそうだ。
俺たちも当然、平民だと思われているけど、異世界からやってきた勇者ということで、特別扱いらしい。
その他、長さとか重さの単位、そういうのも教えてもらった。
この世界の長さの単位は、成人男性の肩から肘までの長さの平均が基準で、それが1モル。それの10分の1に当たる長さが1ダル。
重さは、ある決められた大きさの袋に詰められた穀物の重さが基準で、1ファブ。
他にもう少し細かいこともあったけど、なんとなくわかればそれでいいか。早見さんも、『君たちが、詳しいことを覚える必要はないよ。必要なら、僕が覚えるから』と言っていたしね。
「なんだか、尺貫法のサイズ感に似てるなあ……。正確な基準がないから比較出来ないけど。しかし……ヤードポンド法じゃなくて、尺貫法か……」
早見さん、“尺貫法”って何? “ヤードポンド法”って何?
「昔使われていた、長さや重さの単位だよ。欧米で使われていたのが“ヤードポンド法”で、今でも、ゴルフなんかで距離を表す単位として使われてたりするのは、聞いたことがあるだろう? それで日本で使われていたのが“尺貫法”。これは公式には使用禁止だけど、日本家屋などは、大体この寸法で建てられているから、使ったりするけどね」
はあ、『日本で正式にメートル法に変わったのは、1959年で、完全にメートル法に統一されたのは1966年だった』ですか。
さすが弁護士。普通の人は、鞄の中にいくらポケット版とはいえ六法全書なんて入れてないよ……